富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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重ね重ねて

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 一方、広間では、

 おタネとおクキが床を延べるのをサギと実之介とお枝が邪魔していた。

 三人は一組が二枚重ねの敷き布団をどんどん重ね重ねて、

「えいやっ」

 十二枚の布団すべて重ねて上に飛び乗った。

「うひゃひゃ」
「ひゃひゃ」

 サギも実之介もお枝も布団の上で飛び跳ねる。

「これ、およしなされまし」

 おタネとおクキが布団の脇で手を出したり引っ込めたりして止めても三人はどこ吹く風と飛び跳ねる。

 実之介もお枝もすっかりサギに感化されて猿踊りで小猿のごとく身軽にウッキッキーだ。

「なあ、もっと高くないとつまらんぞっ」
「うんっ」
「それっ、あっちぢゃっ」

 布団から飛び下りるとサギと実之介とお枝は縁側を一目散に走って奉公人の大部屋を奇襲した。


「みんな、布団を積めいっ」

 手代三人が湯屋へ行っているのをいいことに小僧、若衆、菓子職人見習いの甘太に手伝わせて二枚重ねで二十二枚の敷き布団をどんどん重ねていく。

 奉公人の敷き布団は薄っぺたいが二十二枚もあればまずまずの高さに積み上がった。

「そりゃ、一番乗りぢゃっ」

 サギは軽くヒョイと飛び乗った。

 実之介とお枝には飛び乗るのは無理な高さで若衆が四つん這いで馬になって二人を布団の上に乗せてやる。

「なあ、みんな飛び乗れるかやってみせとくれっ」

 布団の上に座った実之介が偉そうに命じ、一番年長の小僧の一吉から「へえっ」と力強く返事し、タタッと助走を付けて布団の真ん中へ飛び乗った。

 ボスンッ。

 勢いで積み重なった布団がグラグラと揺れる。

「うひゃひゃ」

 サギは布団の上で跳ねて、

「ひゃあっ」
「おちるぅ」

 実之介とお枝は落ちぬよう布団にしがみつく。

「ほれ、次ぢゃっ」

 二番目の十吉までは飛び乗れたが、ややポッチャリの八十吉が飛び込んだとたん積み重なった敷き布団は横倒しに崩れた。

「おっと」

 サギは八十吉の下敷きにならぬようお枝だけ素早く抱えてヒョイと飛び下りる。

 ドサドサッ、

「うひゃあっ」

 実之介と八十吉は崩れた布団の上をゴロンゴロンと上手く転がって大笑いした。

「まあまあ、危なっかしいこと」

 心配性のおタネは縁側からハラハラして見ている。

「ほほ、サギはちゃんとミノ坊やお枝坊に怪我させんよう気を付けて遊んでおるわな」

 自分の寝間から様子を見ていたお葉が縁側へ出てきて朗らかに笑った。

「わしは一人娘だったからの、小さい時分は小僧等が遊び相手でずいぶんとお転婆したんだえ」

 お葉はそう言うと縁側を小走りして奉公人の大部屋へ向かう。

 自分も童心に返って一緒に遊びたくなったのだ。


「なあ?崩れ難いよう積み重ねた布団を敷布で覆ったらどうだえ?」

 お葉はそんな提案まで出す。

「へ、へえっ」

 てっきり叱られると思いきや奥様のお許しが出たので、小僧と若衆は張り切って崩れた布団を重ね直していく。

「あれ、みんなして何か面白いことしとるっ」

 お花がようよう湯殿から上がってきた。

「おや、この布団はいったい?」

 湯屋から戻ってきた手代三人も加わった。

 家族と奉公人が一丸となって遊ぶことなど桔梗屋が始まって以来だ。

「キチッと順に重ねたほうが崩れにくいだろう」

 手代等も口を挟んで、手代と若衆の少し厚い黄色の布団、小僧と見習いの少し薄い茶色の布団と交互に重ねていく。

 そうして黄色の布団と茶色の布団がシマシマに積み重なった。

 白い敷布を上に被せる。

「――あっ」

 サギはピンと閃いた。

「カスティラ布団ぢゃっ」

 それも厚いカスティラでなく薄いカスティラだ。

「カスティラの耳二枚でアンコを挟んでもつまらん。こんな風にカスティラの耳を薄く薄く切ってアンコを挟んで何枚も何枚もシマシマに重ね合わせるんぢゃっ」

 サギの頭の中で積み重なった布団とカスティラの餡入り菓子がピタッと重なったのだ。


「そうか。黄色の布団がカスティラで茶色の布団がアンコだなっ」

「そいで、白い敷布が上に覆い被せるものだわなっ」

 実之介とお花はすぐにカスティラの耳の餡入り菓子の見た目を想像した。

「ほんに、外側が白いものに覆い隠されて切ると何枚も何枚も重なったカスティラと餡がシマシマに表れたら意表を突いてええわなあ」

 お葉も菓子の見た目を想像して頷く。

「しかし、薄く薄く切って何枚も何枚も重ねるって、柔っこいカスティラがそんな薄く切れるわきゃねえだろうが?」

 菓子職人見習いの甘太はサギの考案を軽く一蹴した。

 熟練の菓子職人の腕をもってしても今のカスティラの耳がギリギリの薄さなのだ。

 だが、

「斬れるっ」

 サギは断言した。

 なにもカスティラ斬りのために三歳から厳しい剣術の習練を積んできた訳ではあるまいが今まで何の役にも立たなかった剣術がようやく日の目を見る時が来たのだ。

 そもそも忍びの者が日の目を見るなどと思うことが大きな間違いなのだが、サギは自分の腕前を見せびらかしたい。

 見せびらかしたくて見せびらかしたくてたまらないのだ。

「わしがカスティラをちり紙ほどにも薄く薄く斬ってみせようぞっ」

 サギは高く積み重なった布団の上にヒョイと飛び乗ると不敵にカンラカラと笑った。

「――おお~っ」

 みなはサギの迫力に思わず感動の声を漏らした。


 こうして、

 どさくさ紛れのうちによそゆきの菓子のおめかしの意匠は出来上がった。

 あとは菓子の上に被せる白いものに何の食材を使うかが課題だが、それは熟練の菓子職人が考えてやると請け合ったので玄人くろうとに任せることにした。
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