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梟の宵だくみ
しおりを挟む「ほえぇ、銀次郎どんは怒るとおっかないのう」
サギが四つん這いのまま縁側へ出てきた。
忍びの習いで地獄耳のサギは井戸端での手代三人の会話が丸聞こえだったのだ。
「ああ、銀次郎は明和の大火で両親と弟と妹いっぺんに亡くしとるからな。銀次郎がまだ十四歳の小僧の頃だった」
「それで、お桐さんの身の上が他人事とは思えんのでござりまするなぁ」
金太郎と銅三郎がしんみりとして言った。
「そうぢゃったか――」
どうりで能天気な桔梗屋の中で銀次郎だけはやけに落ち着いてしっかりしていると思った。
銀次郎が誰よりも火の用心に真剣に取り組んでいるのもそういう事情があったためなのか。
「そいぢゃ、おやすみ」
金太郎と銅三郎も縁側に上がって寝間へ入っていく。
「おやすみぢゃあ」
サギは寝間着のまま縁側に一人残った。
それにしても金太郎と話したのは今が初めてであるが、まったく、ごくごく普通の男ではないか。
本当に密偵なのであろうか?
(いや、ごくごく普通が怪しいんぢゃっ)
サギはバッと立ち上がり、拳を握り締めて気合いを入れる。
グウ~、
気合いを入れたせいか腹が鳴った。
(そうぢゃ。今日は八木のメエさんのオヤツが来んかったから食べ足らんのぢゃっ)
腹が減っては眠れない。
(茶漬けでも食べさせて貰うとするかの)
サギは長い縁側をパタパタと台所へ向かった。
台所では今日も茶屋遊びに出掛けた若旦那の草之介が帰るまでは不寝番の下女中三人が起きて待っている。
廊下までペチャクチャと下女中のおしゃべりの声が聞こえてきた。
「やっぱしぃ?二人もそう思ったんだね?」
「ああ、はにかんだような?困ったような?あれはさ、恋する乙女の顔だったよ」
「わしゃ、ピーンと来たね。お桐さんは貸本屋の文次さんにホの字なんだわさ」
暗い台所の板間で下女中三人は蝋燭一本を真ん中に灯し、まるで百物語でもするかのように顔を付き合わせてペチャクチャとしゃべっている。
(――へっ?お桐さんが文次に?何ぢゃと?)
サギは興味津々に廊下から台所へ入っていったが、下女中三人はおしゃべりに夢中で背後のサギに気付きもしない。
カパッ、
コポコポ、
サギは勝手にお櫃の冷や飯を丼鉢に大盛りによそい、火鉢に掛かった鉄瓶のお茶を注ぐ。
「たしか、文次さんって三十歳くらいだったかねえ?お桐さんとは年廻りもちょうど良いぢゃないか」
「ああ、一緒に縁側にいたところなんざ、そりゃあ似合いの二人に見えたよ」
カチャ、
チャカ、
サギは勝手に棚を物色し、梅干しやら佃煮やらを取っていく。
「お桐さんはまだ十五歳の時に二十歳も年上の森田屋の一番番頭さんに親の言いなりに嫁入りさせられてさ、きっと文次さんが初恋なんぢゃないかねえ」
「そうに違いないわさ。ああ、お桐さんを文次さんと添わせてやりたいねえ」
下女中三人はお桐と文次をくっ付ける気満々のようだ。
(ほほぉ、お桐さんと文次ぢゃと?そんなの考えてもみんかったのう)
サギは茶漬けをザバザバと三膳も食べながら下女中三人のおしゃべりに聞き入っていた。
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