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アフター
136 お前の話は聞いてないっ!
しおりを挟むタクシーが止まって、黒ずくめの男と一緒に降りる。
俺は、知らないマンションの一室に連れて行かれた。
その部屋の玄関ドアを開けたら、廊下の先に見知った顔がある。
「こんばんは。チヒロ君」
「……アキラさん?」
ギイィッ……とドアが音を立てて閉まった。
玄関で立ち止まったままの俺の背中を、黒ずくめの男がトンッと押す。
「イオリ、ありがとー」
「……ん」
「イオリ……?」
知ってる名前が出てきて、俺は後ろを振り返る。
男はフードを外して、黒いマスクも外した。
そこでようやく、全身真っ黒な男の正体が、イオリさんだったと知る。
全く分からなかった。
芸能人なら、変装はお手の物ってこと……か?
知ってる相手で一瞬ほっとしたが、イオリさんは俺にスタンガンあててきたんだぞ!?
初対面で手錠をかけてきたし、コイツはやっぱりおかしい。
気を抜いちゃダメだと小さく頭を振った。
「そんなところで立ってないで、中に入ったら?」
そう言われて、「おじゃましまーす」とホイホイ上がっていくヤツがいるのだろうか。
俺は黙ったまま、動かなかった。
すると、向こうからこっちに近づいて来る。
アキラさんは俺に目を合わせると、満面の笑みを浮かべた。頬も少し赤い。
「あの……さ、オレの印象って、たぶん悪いと思うんだけど、ちょっと最初からやり直しさせてくれない? ずっと考えてたんだよ? もし、もしも初めて会ったときにはって……」
「……は?」
「はじめまして。オレの名前はアキラといいます。よろしくお願いします。チヒロ様──オレの神様」
「──ッ!!」
それまで少しずれた形で見えていた雪森の姿が、アキラさんと完全に重なった。
身体がビクリと跳ねて、後ずさる。
俺の背中がイオリさんにぶつかった。
後ろを振り返ると、イオリさんが俺を睨んでいる。
その瞳の中に映る炎は──嫉妬。
俺を見るその目は、にゃる美を思い出させた。
『アンタのせいで、あたしは──』
ガクガクと膝が震える。
急に視界が狭くなった気がした。
俺はその場にしゃがみ込んで、丸くなる。
両耳を手で押さえ、目を閉じた。
いやだ、近づくな。
俺に触るな。
にゃる美も、雪森も、アキラも、イオリも、
皆、皆、俺に近づくな。
あの時も、またあの時も、助けてくれたヤツの名前を心で叫ぶ。
(────レンッ!)
**
ソファーの上で、膝を抱えるように丸くなる。
小さくなっている俺の隣に、アキラさんが座っていた。
イオリさんは、タバコを吸いにベランダに出ている。
「ああ……こんなに震えて……やっぱりおかしいよ」
おかしいのはお前だ。お前らだ。
俺の信者だというお前らだろ。
震える俺をアキラさんはそっと抱きしめて、頭を撫でる。
アキラさんはさっきから、俺になにかする度に、「ああ……チヒロ様にこんなことしちゃった」と声を漏らした。
「大丈夫、大丈夫だから。オレはチヒロ様の味方だよ?」
「……っ」
だったら、俺を解放しろ。
なんでここに連れて来たんだ。
俺を心配していると言う口は、自分がいかに「チヒロ様を好きか」を語り出した。
なかなか勝てないボス討伐で、攻略法を探していたときに、<暁>のボス討伐動画に出会い、そこで俺を知ったんだ。と、初めて知った経緯から順に話をしていく。
「そんな風に、ずっと貴方を見ていたオレだから、気づいたんだ。レンは……チヒロ君のことを『チヒロ様』って知ってるんでしょ? それで、アイツは脅して、恋人になれって言ったんじゃないの? ね? 正解でしょ?」
「……ははっ」
「チヒロ様……?」
バカか。レンがそんなことするかよ。
アイツがどれだけ俺のことを、俺の気持ちを、優先しているか知らないだろう?
レンとセックスした事あるくせに、そんなことするヤツなのか、しないヤツなのか、そんなことも分からないのか。
(そりゃ、ゲームでフレンドになったときは、脅されもしたけど……って、あれ?)
アキラさんと同じように、以前、チロがチヒロであるとバラすぞと言われたことを思い出す。
あのときの俺はレンを受け入れてフレンドになった。
でも、同じように言ってきたアキラさんは拒否した。
(なんで、レンは良かったんだっけ?)
レンもチヒロ信者だ。
アイツ自身がそう語ったことがあるし、アイツを分類するのであれば、三種類に分けられた内の三番目。
俺のことが好きで、トモヤを疎ましく思っているタイプになり、一番厄介な部類だ。
だけど、お前らとは決定的に違うところがある。
(そうだ。アイツは……お前らみたいに、俺が、俺が、と押し付けてこないんだよ!)
──チヒロ、好きだ。
レンを思い出して、胸がきゅっとなる。
会いたい。
こんなふざけたヤツらから早く離れて会いたい。
怖いよ、レン。
アキラさんがなにを望んでいるのか分からない。
気持ちが挫けそうになる度に、レンのことを考えた。
考えを止めたら、カラオケ屋の時と同じように、パニックになりそうな気がして、必死になってそれにしがみつく。
「オレのほうが……先にチヒロ様に出会っていれば……」
そんなことを言い出したアキラさんをチラッと見れば、彼は何度も確かめるように、手を握ったり広げたりを繰り返していた。
すると突然、アキラさんの方から音が聞こえてきた。
電話がかかってきたらしい。
彼はポケットから取り出して、画面を確認し、通話ボタンを押したようだ。
スマホを耳に押し当て、口を開いた。
「もしもし? レン?」
「──っ!」
レンからの電話!?
俺はバッと顔を上げた。
アキラさんは俺を見て、人差し指をシーッと口にあてる。
彼がレンと通話をし始めたとき、俺のポケットが震えた。
それをそっと確認すると、そこにはトモヤからのメッセージが届いていたのだった。
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