最上恋愛

ヒャク

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第6話「ハルの彼女」

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「ハル」

彼をその名前で呼ぶ人間は数少ない。

「友梨、ごめん待った?」

晴也の彼女・栄友梨はその数少ない人間の内の1人である。
月曜日はハンドボール部が休みだ。
週一回だけのその休みを晴也は彼女である友梨と過ごすようにしていた。

「待ってないよ。今日はどこ行く?」

ふわりと軽やかに笑う彼女を見て、晴也は思わず顔を綻ばせる。
友梨は穏やかでのんびりとした性格をした、ストレートのサラサラな黒髪を肩より長く伸ばした美しい少女だ。
晴也はハンドボール部であり、彼女はダンス部に所属している。
ダンス部は日曜と月曜が練習のない日であり、2人の都合の合う月曜日を一緒に過ごす事は付き合い始めてから2人で欠かした事がなかった。

「公園散歩でもする?」
「あ、いいね!こないだあの公園でシャボン玉してる人見て羨ましかったんだ~!コンビニで買おうよ!」
「うん」

友梨は猪田達と同じように晴也と同じクラスではい。隣のクラスだ。
中学からの友人がたまたま友梨と同じクラスにおり、その子繋がりで話すようになったのがきっかけで付き合い始めた。

(彼女とゆっくりできるのって良いなあ)

晴也はぼんやりとそんな事を考えた。
繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら。

(それもこれも、アイツがいないからか)

そしてぼんやりと、人生最大に智幸と喧嘩したあの日の事をまた、思い出すのだった。





「トーモー」
「あ?」

智幸の放課後は大体女の子といるか、光瑠、青木、山中とその他でファストフード店で暇を潰している事が多い。
話す内容はその時々だが、主に女の子の話が多かった。
光瑠は大概智幸と行動を共にするようにしていた。他校との喧嘩も率先して加わり、他校の女の子を街中でナンパする事にも協力的だった。

「コーラでいいんだっけ?」
「ん」

光瑠から渡されたカップを受け取り、ストローをさしてジルっと吸う。
今日は梅若を抱くのはやめておいた。松添が放課後の見回りの教員を増やしてうろついているのが目に入ったのだ。

「ねえトモ。トモの家じゃダメなの?今日」

光瑠が座った方とは反対の智幸の隣にいる桑田由依(くわたゆい)は彼らと同じ高校に通う1年生で、見た目も男遊びも派手なギャルだった。巻かれた明るい茶色の髪を指に巻き付けて遊び、通知の入った携帯電話の画面をスクロールしている。

「無理」

智幸は自分の家に高校の友人を連れ込む事がなかった。
自分以外の家族が今はおらず、言ってしまえば誰彼構わず入れてヤリたい放題にできる条件が揃っているのにも関わらず。

「え~。今日うちは親いるのー!ヒカの家は?」
「うちは兄妹めっちゃいるからダメ」
「ええー、どーすんのよ」

光瑠は5人兄弟の長男だ。まだ幼稚園の年少になったばかりの弟がいる。
ところ構わずヤる癖のある彼らは高校の周りのカラオケやネカフェは全て出禁になっていて、セックスする場所は大体お互いの家や学校、たまに公園の茂みの中など様々だ。

(マツゾンがいなけりゃ)
「はー、、」

智幸は盛大にため息を吐き、ぼんやりと考えた。松添の存在が、どこかの誰かに似ているな、と。

『お前が悪い』

「、、、」

思い出された緑色の目に、右の瞼がピクッと痙攣したように反応する。
無意識に左手が耳元に伸びて、緑色の小さな石がはめ込まれたピアスに触れた。

(やっとお前がいなくなって、好き勝手できるのによお)

だがいくら考えても、あのきめ細かい白く美しい肌を持った男と、後頭部の禿げ上がり始めた黒髪オカッパ頭の眼鏡男の影が重なる事はない。

「どうすっかなあ」
「ねえケイちゃんの家は?アンタのとこお兄さんと2人暮らしでしょ。今ならいないんじゃない?」
「エッ、」

名前を呼ばれたのは原田桂子(はらだけいこ)と言う女子だ。
先程から黙って光瑠が買ってきたジュースを音を立てないように飲んでいる。

「わ、私の家は、あの、」

原田は智幸、光瑠、由依と違い見た目が落ち着いている。中身も伴うように落ち着いていて、彼らと違って本来なら真面目で頭の良い生徒である。
本番に弱いところがあり、受験に失敗した結果、彼らと同じ高校に通う事になった気弱な委員長タイプの黒縁の眼鏡をかけた女子だった。

「そ、それって、うちにきて、その、」
「セックスするの。だってケイちゃんヤった事ないんでしょ?トモなら慣れてるし優しいよ?」
「なっ、ないけどでも、し、したいって訳じゃなくて、」
「え?ヤってみようよー!ハマるよ?ね?」

由依は桂子を虐めている訳ではない。
どちらかと言えば、自分と違って小さくて可愛らしく、真っ黒な髪が似合う彼女を気に入って他の女子達から守るように関わって来た。
だからこそ、自分も覚えたてでハマっているセックスを桂子と共有したいのだ。
基本的に頭の中がお花畑で自分が楽しい!と思った事を友達に教えたくてたまらないタイプである。

「あの、私、」
「原田とはシない」
「え?」

どこを見ているのか。
カウンター席に1列に並んだ彼らは一斉に智幸の方を向く。光瑠は黙ってずっとアイスコーヒーをストローで吸っていた。

「イヤなんだろ?」

(やーさしーい)

智幸のこう言うところが光瑠は気に入っていた。

「え、あの、、ご、ごめん、なさ、」
「無理してする事でもねえよ」

唖然とする由依をよそに、智幸は原田の方を見ずにそう言った。
目の前にあるガラス張りの壁。そこから外を眺め、行き交う通りの人間達を智幸はじっと見ていた。
別段、今日はナンパをする気もない。セックスがしたいならすぐそこにいる由依と公園にでも行けば良いのだから。

「、、、」

原田はチラッと智幸を見つめて、照れたように微笑む。
対して由依は光瑠が飲んでいるストローをチラリと眺め、それから智幸と同じように目の前の通りを眺めた。

「あ。イチコーだ」

ピク、と耳が反応して、反射的に智幸は由依の見ている方向を向いた。
ちょうど、彼らがいるファストフード店に入ろうとしている男女は、私立壱沿江南高等学校のハイブランドがデザインした制服を着ている。

ピポポン ピポポン

ドアが開くと同時に、入店があったと言う音楽が出入り口付近にだけ遠慮気味に鳴り響く。

「あ?」

見覚えしかない身長と、肌の白さと、目。
自動ドアが開いて中に入って来た壱沿江南高校、通称イチコーの生徒に、智幸は不機嫌な声を上げた。

「あれ。ユキ?」

美しい緑色の目がこちらを向いている。

「お前何してんだ」

智幸はそう言いながらも、店に入って来た晴也の隣にいる女に視線を移した。
サラリとした肩より伸ばされた黒髪に、柔らかそうな白い肌が見える。

「、、、」
「知り合い?」

いかにも晴也が好きそうな女を目の前に、智幸は奥歯を噛んだ。

(あーあ。そっくりだな)

脳裏に蘇ったお互いにとって苦い記憶に、彼女の姿がよく重なったからだ。

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