AI Near PG Null

うっさこ

文字の大きさ
7 / 8
ネットの仲間たち

よくある三倍返し

しおりを挟む
2010年 3月14日

「タロウさん。」
ゲームにログインをするとサウザンドさんが待っていた。

話の内容はなんとなく想像がついている。昨晩、IMで送っておいた、アレについてだろう。

「困ります。あんなのいただけません。」

『タロウ:ホワイトデーのお返しですよ。』
念のため、組んでいる商隊機能会話ではなく、個人対話機能で返信をしておく。

『サウザンド:あの。私の方がお礼する立場だったので。貰えないです。多すぎます。』
こういう風に言ってくるのではないかと、ある程度予想していた。

先日の500円の返金の際、オレはサウザンドさんに陸運コイン払いで500円分、多く貰っている。
題目はバレンタインデーの贈り物という扱いで、彼女から貰ってしまった500円に対して、オレは暫く、どうしたらいいか悩んでいた。

妹から貰ったチョコのお返しを考えるついでに、飴やクッキーのようなお礼は返すことはできない。
その500円は、彼女にとっては家に帰るための大事なお金であったわけだし、元を正せば、彼女はそのお財布を握りしめて、遠出をして、オフ会に参加してくれようとしていたのだ。

あの駅の改札で待っていた時、頑張って声をかけてくれれば、あのお蕎麦屋で食べた「お蕎麦」だって、オレなり、コージがご馳走してあげることができただろう。

それができなかった。そこまではいい。

けれどその後でアクシデントが起こったとはいえ、彼女は勇気を振り絞って、オレに声をかけた。
オフ会に来た事を明かすのには勇気が必要だったろうし、その勇気が必要だった原因はといえば、自分の事を明かすことへの恐怖や、お金を借りるという事に対しての恐怖でもあったろう。

彼女が感じる、原因を作ったのが自分自身の失敗であるという負い目。

そこを乗り越えて、無事に駅に帰り着いた時の安堵の中にも、返金という不安があっただろう。
更に、勇気を振り絞って、或いは自分のお小遣いを使って、必死に返金の方法を考えて実行したこと。

きっと、たくさんの事を一人で考え、単にオフ会に参加する以上に、心理的な負担があったはずだ。
同じような事を、例えば自分の妹ができるかといえば、まだできないだろうと思う。

だから、せめてあの場で勇気を出してオフ会に参加してくれたのと同じ様に、できる事をしてあげたいと思った。

『タロウ:オレもサウザンドさんからバレンタイン貰っちゃったからね。オフ会にも来てくれたし、お蕎麦代。お金も返してもらったから、その御礼だよ。』

『タロウ:それによく言うでしょ。バレンタインデーのお返しは三倍返し。』

彼女が送ってくれた様に、コンビニでプリント購入してきた1500円分の陸運コインのシリアルコードが、IMの添付写真でちゃんと手元に届いたはずだ。
暫く待ってみたけれど、返事はなかった。きっと返答に悩んでいることだけは分かる。オレも悩んでしまったから。その点だけはちょっとした意地悪である。

ただ、大事な事はもっと沢山ある。
例えば、困った時に勇気を出して誰かを頼ること。
例えば、お金を借りた時、ちゃんと借りた相手にお金を返すこと。

これを嫌な形で終わらせたくなかった。これができる人は、大人でも、残念ながら全員ではない。
それに、オフ会というものに嫌な思い出を持って欲しくなかったのもある。

勿論、オフ会が全て「いいもの」とは限らない。取り返しのつかない大きな事件や、心の傷を残すこともある。
けれど、それを大人ぶって「教えてやった」みたいな態度は取りたくなかった。

結局あの場では声をかけられなかったけれど、オフ会に来てくれたのは、オレやコージを信頼してくれたという事だろうから、嬉しいに決まっているのだ。
それを知らないコージは別にして、オレだけ嬉しい気持ちで、彼女だけが苦い思い出で終わるのは、どうしても許せなかった。

気持ちよく一緒に遊べない。

それが一番大きかった気がする。貸し借りも負い目も、両方にあるんだから精算しておきたいのだ。

「またおいでよ。気が向けば、でいいからさ。」

ほんの少しだけ意地悪に、画面上で馬車に並走するサウザンドさんに、通常会話で呼びかける。


「どこへ、行くんですか?」
会話の脈絡をつかめないだろうニアさんが、ぽつりとそれを聞いた。



「よっしゃ!大暴騰しておる!大儲けじゃ!」
ヴェネツィアで買い付けた胡椒は、オレたちの商隊で遠路パリまで運ばれ、かなりの利益になった。
たぬきグランマさんが交易商人から大量の利益を受け取っている。

胡椒を始めとした香辛料の積み込みには結構な苦労と原価が掛かっている。
商利益を目的にしたため、各地の売り抜け金額を睨みながら、輸送路もかなり長くなってしまった。

金曜日に積み込みを始めた作業から、昨日今日と丸三日の大仕事になったが、利益も膨大だ。

「これで荷車も大きいものに新調できるし、取引スキルも上がって万々歳じゃな!」

「おいおい、たぬ婆さん、こっちにも共有財産分をちゃんと回してくれよ。オレとサウザンドさん、ニアさんの装備の更新のほうが先だ。」

「貴族にも付け届けしなきゃならん。そんな余裕あるかい!分配金でなんとかせい!」

コージとたぬきグランマさんがいがみ合っている。実際、道中で山賊に数回襲われている。積荷を守り通し、その結果装備が傷んだのは事実だ。だからきっと、ああいいながらも分配金の分け前から多くなるだろう。

「サウザンドさんも、甲冑と槍、買い換えないとですね、そろそろ。一緒に選びますか?」

「そうですね。」
ゲーム画面からは、いつも通りに見える。

「新しいボウガンと追加のボルトが欲しいです。双眼鏡ももっと倍率がいいのを買ってください。」
口数の少ないサウザンドさんの代わりに、ニアさんが明確な要求を提示する。


オレたちの足の向く先には他のプレイヤーのバザールが広がっている。
残りの楽しいログイン時間はそこの散策に費やされる事になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...