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ネットの仲間たち
よくある三倍返し
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2010年 3月14日
「タロウさん。」
ゲームにログインをするとサウザンドさんが待っていた。
話の内容はなんとなく想像がついている。昨晩、IMで送っておいた、アレについてだろう。
「困ります。あんなのいただけません。」
『タロウ:ホワイトデーのお返しですよ。』
念のため、組んでいる商隊機能会話ではなく、個人対話機能で返信をしておく。
『サウザンド:あの。私の方がお礼する立場だったので。貰えないです。多すぎます。』
こういう風に言ってくるのではないかと、ある程度予想していた。
先日の500円の返金の際、オレはサウザンドさんに陸運コイン払いで500円分、多く貰っている。
題目はバレンタインデーの贈り物という扱いで、彼女から貰ってしまった500円に対して、オレは暫く、どうしたらいいか悩んでいた。
妹から貰ったチョコのお返しを考えるついでに、飴やクッキーのようなお礼は返すことはできない。
その500円は、彼女にとっては家に帰るための大事なお金であったわけだし、元を正せば、彼女はそのお財布を握りしめて、遠出をして、オフ会に参加してくれようとしていたのだ。
あの駅の改札で待っていた時、頑張って声をかけてくれれば、あのお蕎麦屋で食べた「お蕎麦」だって、オレなり、コージがご馳走してあげることができただろう。
それができなかった。そこまではいい。
けれどその後でアクシデントが起こったとはいえ、彼女は勇気を振り絞って、オレに声をかけた。
オフ会に来た事を明かすのには勇気が必要だったろうし、その勇気が必要だった原因はといえば、自分の事を明かすことへの恐怖や、お金を借りるという事に対しての恐怖でもあったろう。
彼女が感じる、原因を作ったのが自分自身の失敗であるという負い目。
そこを乗り越えて、無事に駅に帰り着いた時の安堵の中にも、返金という不安があっただろう。
更に、勇気を振り絞って、或いは自分のお小遣いを使って、必死に返金の方法を考えて実行したこと。
きっと、たくさんの事を一人で考え、単にオフ会に参加する以上に、心理的な負担があったはずだ。
同じような事を、例えば自分の妹ができるかといえば、まだできないだろうと思う。
だから、せめてあの場で勇気を出してオフ会に参加してくれたのと同じ様に、できる事をしてあげたいと思った。
『タロウ:オレもサウザンドさんからバレンタイン貰っちゃったからね。オフ会にも来てくれたし、お蕎麦代。お金も返してもらったから、その御礼だよ。』
『タロウ:それによく言うでしょ。バレンタインデーのお返しは三倍返し。』
彼女が送ってくれた様に、コンビニでプリント購入してきた1500円分の陸運コインのシリアルコードが、IMの添付写真でちゃんと手元に届いたはずだ。
暫く待ってみたけれど、返事はなかった。きっと返答に悩んでいることだけは分かる。オレも悩んでしまったから。その点だけはちょっとした意地悪である。
ただ、大事な事はもっと沢山ある。
例えば、困った時に勇気を出して誰かを頼ること。
例えば、お金を借りた時、ちゃんと借りた相手にお金を返すこと。
これを嫌な形で終わらせたくなかった。これができる人は、大人でも、残念ながら全員ではない。
それに、オフ会というものに嫌な思い出を持って欲しくなかったのもある。
勿論、オフ会が全て「いいもの」とは限らない。取り返しのつかない大きな事件や、心の傷を残すこともある。
けれど、それを大人ぶって「教えてやった」みたいな態度は取りたくなかった。
結局あの場では声をかけられなかったけれど、オフ会に来てくれたのは、オレやコージを信頼してくれたという事だろうから、嬉しいに決まっているのだ。
それを知らないコージは別にして、オレだけ嬉しい気持ちで、彼女だけが苦い思い出で終わるのは、どうしても許せなかった。
気持ちよく一緒に遊べない。
それが一番大きかった気がする。貸し借りも負い目も、両方にあるんだから精算しておきたいのだ。
「またおいでよ。気が向けば、でいいからさ。」
ほんの少しだけ意地悪に、画面上で馬車に並走するサウザンドさんに、通常会話で呼びかける。
「どこへ、行くんですか?」
会話の脈絡をつかめないだろうニアさんが、ぽつりとそれを聞いた。
「よっしゃ!大暴騰しておる!大儲けじゃ!」
ヴェネツィアで買い付けた胡椒は、オレたちの商隊で遠路パリまで運ばれ、かなりの利益になった。
たぬきグランマさんが交易商人から大量の利益を受け取っている。
胡椒を始めとした香辛料の積み込みには結構な苦労と原価が掛かっている。
商利益を目的にしたため、各地の売り抜け金額を睨みながら、輸送路もかなり長くなってしまった。
金曜日に積み込みを始めた作業から、昨日今日と丸三日の大仕事になったが、利益も膨大だ。
「これで荷車も大きいものに新調できるし、取引スキルも上がって万々歳じゃな!」
「おいおい、たぬ婆さん、こっちにも共有財産分をちゃんと回してくれよ。オレとサウザンドさん、ニアさんの装備の更新のほうが先だ。」
「貴族にも付け届けしなきゃならん。そんな余裕あるかい!分配金でなんとかせい!」
コージとたぬきグランマさんがいがみ合っている。実際、道中で山賊に数回襲われている。積荷を守り通し、その結果装備が傷んだのは事実だ。だからきっと、ああいいながらも分配金の分け前から多くなるだろう。
「サウザンドさんも、甲冑と槍、買い換えないとですね、そろそろ。一緒に選びますか?」
「そうですね。」
ゲーム画面からは、いつも通りに見える。
「新しいボウガンと追加のボルトが欲しいです。双眼鏡ももっと倍率がいいのを買ってください。」
口数の少ないサウザンドさんの代わりに、ニアさんが明確な要求を提示する。
オレたちの足の向く先には他のプレイヤーのバザールが広がっている。
残りの楽しいログイン時間はそこの散策に費やされる事になった。
「タロウさん。」
ゲームにログインをするとサウザンドさんが待っていた。
話の内容はなんとなく想像がついている。昨晩、IMで送っておいた、アレについてだろう。
「困ります。あんなのいただけません。」
『タロウ:ホワイトデーのお返しですよ。』
念のため、組んでいる商隊機能会話ではなく、個人対話機能で返信をしておく。
『サウザンド:あの。私の方がお礼する立場だったので。貰えないです。多すぎます。』
こういう風に言ってくるのではないかと、ある程度予想していた。
先日の500円の返金の際、オレはサウザンドさんに陸運コイン払いで500円分、多く貰っている。
題目はバレンタインデーの贈り物という扱いで、彼女から貰ってしまった500円に対して、オレは暫く、どうしたらいいか悩んでいた。
妹から貰ったチョコのお返しを考えるついでに、飴やクッキーのようなお礼は返すことはできない。
その500円は、彼女にとっては家に帰るための大事なお金であったわけだし、元を正せば、彼女はそのお財布を握りしめて、遠出をして、オフ会に参加してくれようとしていたのだ。
あの駅の改札で待っていた時、頑張って声をかけてくれれば、あのお蕎麦屋で食べた「お蕎麦」だって、オレなり、コージがご馳走してあげることができただろう。
それができなかった。そこまではいい。
けれどその後でアクシデントが起こったとはいえ、彼女は勇気を振り絞って、オレに声をかけた。
オフ会に来た事を明かすのには勇気が必要だったろうし、その勇気が必要だった原因はといえば、自分の事を明かすことへの恐怖や、お金を借りるという事に対しての恐怖でもあったろう。
彼女が感じる、原因を作ったのが自分自身の失敗であるという負い目。
そこを乗り越えて、無事に駅に帰り着いた時の安堵の中にも、返金という不安があっただろう。
更に、勇気を振り絞って、或いは自分のお小遣いを使って、必死に返金の方法を考えて実行したこと。
きっと、たくさんの事を一人で考え、単にオフ会に参加する以上に、心理的な負担があったはずだ。
同じような事を、例えば自分の妹ができるかといえば、まだできないだろうと思う。
だから、せめてあの場で勇気を出してオフ会に参加してくれたのと同じ様に、できる事をしてあげたいと思った。
『タロウ:オレもサウザンドさんからバレンタイン貰っちゃったからね。オフ会にも来てくれたし、お蕎麦代。お金も返してもらったから、その御礼だよ。』
『タロウ:それによく言うでしょ。バレンタインデーのお返しは三倍返し。』
彼女が送ってくれた様に、コンビニでプリント購入してきた1500円分の陸運コインのシリアルコードが、IMの添付写真でちゃんと手元に届いたはずだ。
暫く待ってみたけれど、返事はなかった。きっと返答に悩んでいることだけは分かる。オレも悩んでしまったから。その点だけはちょっとした意地悪である。
ただ、大事な事はもっと沢山ある。
例えば、困った時に勇気を出して誰かを頼ること。
例えば、お金を借りた時、ちゃんと借りた相手にお金を返すこと。
これを嫌な形で終わらせたくなかった。これができる人は、大人でも、残念ながら全員ではない。
それに、オフ会というものに嫌な思い出を持って欲しくなかったのもある。
勿論、オフ会が全て「いいもの」とは限らない。取り返しのつかない大きな事件や、心の傷を残すこともある。
けれど、それを大人ぶって「教えてやった」みたいな態度は取りたくなかった。
結局あの場では声をかけられなかったけれど、オフ会に来てくれたのは、オレやコージを信頼してくれたという事だろうから、嬉しいに決まっているのだ。
それを知らないコージは別にして、オレだけ嬉しい気持ちで、彼女だけが苦い思い出で終わるのは、どうしても許せなかった。
気持ちよく一緒に遊べない。
それが一番大きかった気がする。貸し借りも負い目も、両方にあるんだから精算しておきたいのだ。
「またおいでよ。気が向けば、でいいからさ。」
ほんの少しだけ意地悪に、画面上で馬車に並走するサウザンドさんに、通常会話で呼びかける。
「どこへ、行くんですか?」
会話の脈絡をつかめないだろうニアさんが、ぽつりとそれを聞いた。
「よっしゃ!大暴騰しておる!大儲けじゃ!」
ヴェネツィアで買い付けた胡椒は、オレたちの商隊で遠路パリまで運ばれ、かなりの利益になった。
たぬきグランマさんが交易商人から大量の利益を受け取っている。
胡椒を始めとした香辛料の積み込みには結構な苦労と原価が掛かっている。
商利益を目的にしたため、各地の売り抜け金額を睨みながら、輸送路もかなり長くなってしまった。
金曜日に積み込みを始めた作業から、昨日今日と丸三日の大仕事になったが、利益も膨大だ。
「これで荷車も大きいものに新調できるし、取引スキルも上がって万々歳じゃな!」
「おいおい、たぬ婆さん、こっちにも共有財産分をちゃんと回してくれよ。オレとサウザンドさん、ニアさんの装備の更新のほうが先だ。」
「貴族にも付け届けしなきゃならん。そんな余裕あるかい!分配金でなんとかせい!」
コージとたぬきグランマさんがいがみ合っている。実際、道中で山賊に数回襲われている。積荷を守り通し、その結果装備が傷んだのは事実だ。だからきっと、ああいいながらも分配金の分け前から多くなるだろう。
「サウザンドさんも、甲冑と槍、買い換えないとですね、そろそろ。一緒に選びますか?」
「そうですね。」
ゲーム画面からは、いつも通りに見える。
「新しいボウガンと追加のボルトが欲しいです。双眼鏡ももっと倍率がいいのを買ってください。」
口数の少ないサウザンドさんの代わりに、ニアさんが明確な要求を提示する。
オレたちの足の向く先には他のプレイヤーのバザールが広がっている。
残りの楽しいログイン時間はそこの散策に費やされる事になった。
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