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ネットの仲間たち
現金支給
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2010年 2月14日日曜日。
オフ会の疲れも出たのか、翌日目を覚ましたのは11時も過ぎた頃だった。
「やっと起きてきたか、タロウ。」
妹と一緒に遅い朝食、早めの昼を食べ終え、部屋に戻ってログインをするとそこにはコージが既に居た。
どうやらパリの街角に座り込んで、ニアさんと話し込んでいたらしい。
「昨日はありがとうな。あの後、急にシフトの入れ替えがあってな。ログインできなかったわ。」
夜勤を努めてきたという事は、夜中か、早朝辺りまで働いていたのだろうか。
「徹夜かい、コージ。寝ないと身体壊すぞ。」
「ボルドーに置いてけぼりを食らってたからな。ニアさんがパリに居たから移動してきたんだよ。ついさっきまでたぬ婆さんもそこに居たが、ログアウトした所だ。また夕方来るってよ。」
「そうなんだ。少しゆっくりし過ぎたかな。サウザンドさんは?」
「今日はまだ見てねぇな。ニアさん、聞いてるか?」
「夕方頃にログインされるそうですよ。」
コミュ中毒なニアさんは、全員のログイン予定を聞き回っている事が既に解っている。その上で、ニアさん自身がログインしていないのを見たことがない。つまり、尋ねれば、各々のログイン予定がおおよそ分かる。
「オレも少し寝てくるわ。夕方、荷を詰めて、夜にマルセイユ方面に発つってよ。馬車出しときな。」
そう言って、背伸びの仕草をすると、コージはログアウトしていった。
馬車は運用コストがかかる。荷台を所有しても馬を借りて、旅中は餌や雇用費も計上しなければならない。
日数通りに目的地に到着できればいいが、野党の襲撃などもあると、更に支出は増えていく。
だから、長距離、大量輸送、荷の利ざや計算でその支出を相殺する必要がある。勿論、食品なども保存食などその積み荷が限られる。目的地までの道中先々で積荷を計画的にかさ増していく計画を立てる時もある。
近距離の運送をするのなら小回りが利き、支出も少ないリアカーを使った方がいい。もっぱらログイン時間が限られる平日はリアカーが主流になり、土曜や日曜といった長時間のログインが確保出来る日に馬車を使う。
ただ、今週はオレとコージのオフ会があったので、その長距離運送予定を立てられなかった。
パリの街角に座り込んで、のんびりという構図も、オフ会の名残と言えるのかもしれない。
「荷車、出してきますね。たぬきグランマさんの方は準備終わってるのかな?」
「終わっていましたよ。鉱石と鉄加工品の配送依頼を受けると言っていました。」
妹からもらったチョコを一粒、口に放り込む。
バレンタインデーだといっても、ゲームのバレンタインイベントはもうクリアしてあるので、とくべつ触れることもない。当日だと言っても、MMOプレイヤーにとって、一喜一憂するような事は何もない。
リアカーを返却し、馬車の荷車を倉庫から引き出して戻ると、14時を回った頃だった。
ニアさんと、ログインしてきたサウザンドさんが話し込んでいた。
「こんにちは、タロウさん。」
護衛担当のサウザンドさんは積載まで特にする事がない。だからその行動に少し余裕がある。
ただ、サウザンドさんという着地点の見え方が変わると、印象も変わってくる。
こうやって一緒に遊ぶようになって、護衛というロールプレイを専業に行っているのではなく
多分、「護衛」という計算のし易い職業しか選べなかったのかな、という可能性が見えてくる。
「こんにちは、サウザンドさん。少し早いですけど、積荷、始めますか。」
「わかりました。」
ニアさんにその場を任せて、サウザンドさんと交易所の店主の元へと連れ立って歩く。
多分、プレイ時間というのが大きいのだ。
小学生、中学生ぐらいまでは家族の目もあるし、学校や友人関係等で画面の前にいられる時間はそれほど多くない。
規則的な生活も、家族のルーティンワークや、就寝時間、起床時間などに大きく取られるし、学校の宿題などもあるはずだ。そうした中で、ゲームの時間を捻出してきたのだろう。
サウザンドさんがどうしてこのゲームを始めたのかは、聞いた事も聞く機会もなかったが、「やらない」のではなく、「できない」事や、「まだ解らない」事も決して少なくなかったのかもしれない。
「サウザンドさん、買い入れ交渉、やってみます?」
配送依頼の予定で進んでいるのなら、売却価格ではなく、配送そのものに対する成功報酬が発生する。
商品の仕入れは持ち出しになるが、酒類や嗜好品の様な仕入れ値と卸値の差額を重視する交易よりは、交渉の成否や原価を意識しなくていい。
サウザンドさん自身が「できない」のではなく、「やってみたい」と思ったのなら、それはきっと、率先してやってみた方がいいと思った。
「いいんですか?」
「いいんですよ。不安なら、教えます。」
夕方、戻ってきたコージと、たぬきグランマさんと一緒に、マルセイユ方面へ発つ準備を終えると、夕飯の頃居合ということで一旦休憩となった。
ログアウトをしてゲームの画面を閉じると、IMアプリに着信が来ていたのに気づく。
『サウザンド:』
メッセージの代わりに、画像が添付されているメールが一通
『サウザンド:少し多いですけれど、バレンタインデーの贈り物含めてということにさせてください。』
その直後にコメントが一通、送られてきていた。
時間的に見て彼女がログインする直前辺りに送ったものだろう。
電子通貨の「陸運コイン」の1000円分、そのシリアルコードが書かれたプリントが、それを持つ小さい手と共に写真で送られてきていた。
ログイン前にコンビニエンスストアのプリント機で買ってきたものだろう。「2010年2月14日」と、購入日が記載されている。
500円を貸して、1000円が帰ってきた事情は、何となく分かる。
「陸運コイン」の最小購入額は500円分からではなく、1000円分からなのだ。
だから500円だけ返したくても、それが出来なかったのだろう。
それで、500円分を「バレンタインデーの現金支給」という、体裁を取らざる得なかったのだ。
その追加の500円も、彼女にとっては、はした金ではないという事も想像がつく。
旅費と蕎麦の代金で、お財布が空になってしまう。まだそういう年齢のはずだ。
その彼女の一大決心と行動に、オレがどう返すべきかの答えは、結局、夕飯後も出る事はなかった。
オフ会の疲れも出たのか、翌日目を覚ましたのは11時も過ぎた頃だった。
「やっと起きてきたか、タロウ。」
妹と一緒に遅い朝食、早めの昼を食べ終え、部屋に戻ってログインをするとそこにはコージが既に居た。
どうやらパリの街角に座り込んで、ニアさんと話し込んでいたらしい。
「昨日はありがとうな。あの後、急にシフトの入れ替えがあってな。ログインできなかったわ。」
夜勤を努めてきたという事は、夜中か、早朝辺りまで働いていたのだろうか。
「徹夜かい、コージ。寝ないと身体壊すぞ。」
「ボルドーに置いてけぼりを食らってたからな。ニアさんがパリに居たから移動してきたんだよ。ついさっきまでたぬ婆さんもそこに居たが、ログアウトした所だ。また夕方来るってよ。」
「そうなんだ。少しゆっくりし過ぎたかな。サウザンドさんは?」
「今日はまだ見てねぇな。ニアさん、聞いてるか?」
「夕方頃にログインされるそうですよ。」
コミュ中毒なニアさんは、全員のログイン予定を聞き回っている事が既に解っている。その上で、ニアさん自身がログインしていないのを見たことがない。つまり、尋ねれば、各々のログイン予定がおおよそ分かる。
「オレも少し寝てくるわ。夕方、荷を詰めて、夜にマルセイユ方面に発つってよ。馬車出しときな。」
そう言って、背伸びの仕草をすると、コージはログアウトしていった。
馬車は運用コストがかかる。荷台を所有しても馬を借りて、旅中は餌や雇用費も計上しなければならない。
日数通りに目的地に到着できればいいが、野党の襲撃などもあると、更に支出は増えていく。
だから、長距離、大量輸送、荷の利ざや計算でその支出を相殺する必要がある。勿論、食品なども保存食などその積み荷が限られる。目的地までの道中先々で積荷を計画的にかさ増していく計画を立てる時もある。
近距離の運送をするのなら小回りが利き、支出も少ないリアカーを使った方がいい。もっぱらログイン時間が限られる平日はリアカーが主流になり、土曜や日曜といった長時間のログインが確保出来る日に馬車を使う。
ただ、今週はオレとコージのオフ会があったので、その長距離運送予定を立てられなかった。
パリの街角に座り込んで、のんびりという構図も、オフ会の名残と言えるのかもしれない。
「荷車、出してきますね。たぬきグランマさんの方は準備終わってるのかな?」
「終わっていましたよ。鉱石と鉄加工品の配送依頼を受けると言っていました。」
妹からもらったチョコを一粒、口に放り込む。
バレンタインデーだといっても、ゲームのバレンタインイベントはもうクリアしてあるので、とくべつ触れることもない。当日だと言っても、MMOプレイヤーにとって、一喜一憂するような事は何もない。
リアカーを返却し、馬車の荷車を倉庫から引き出して戻ると、14時を回った頃だった。
ニアさんと、ログインしてきたサウザンドさんが話し込んでいた。
「こんにちは、タロウさん。」
護衛担当のサウザンドさんは積載まで特にする事がない。だからその行動に少し余裕がある。
ただ、サウザンドさんという着地点の見え方が変わると、印象も変わってくる。
こうやって一緒に遊ぶようになって、護衛というロールプレイを専業に行っているのではなく
多分、「護衛」という計算のし易い職業しか選べなかったのかな、という可能性が見えてくる。
「こんにちは、サウザンドさん。少し早いですけど、積荷、始めますか。」
「わかりました。」
ニアさんにその場を任せて、サウザンドさんと交易所の店主の元へと連れ立って歩く。
多分、プレイ時間というのが大きいのだ。
小学生、中学生ぐらいまでは家族の目もあるし、学校や友人関係等で画面の前にいられる時間はそれほど多くない。
規則的な生活も、家族のルーティンワークや、就寝時間、起床時間などに大きく取られるし、学校の宿題などもあるはずだ。そうした中で、ゲームの時間を捻出してきたのだろう。
サウザンドさんがどうしてこのゲームを始めたのかは、聞いた事も聞く機会もなかったが、「やらない」のではなく、「できない」事や、「まだ解らない」事も決して少なくなかったのかもしれない。
「サウザンドさん、買い入れ交渉、やってみます?」
配送依頼の予定で進んでいるのなら、売却価格ではなく、配送そのものに対する成功報酬が発生する。
商品の仕入れは持ち出しになるが、酒類や嗜好品の様な仕入れ値と卸値の差額を重視する交易よりは、交渉の成否や原価を意識しなくていい。
サウザンドさん自身が「できない」のではなく、「やってみたい」と思ったのなら、それはきっと、率先してやってみた方がいいと思った。
「いいんですか?」
「いいんですよ。不安なら、教えます。」
夕方、戻ってきたコージと、たぬきグランマさんと一緒に、マルセイユ方面へ発つ準備を終えると、夕飯の頃居合ということで一旦休憩となった。
ログアウトをしてゲームの画面を閉じると、IMアプリに着信が来ていたのに気づく。
『サウザンド:』
メッセージの代わりに、画像が添付されているメールが一通
『サウザンド:少し多いですけれど、バレンタインデーの贈り物含めてということにさせてください。』
その直後にコメントが一通、送られてきていた。
時間的に見て彼女がログインする直前辺りに送ったものだろう。
電子通貨の「陸運コイン」の1000円分、そのシリアルコードが書かれたプリントが、それを持つ小さい手と共に写真で送られてきていた。
ログイン前にコンビニエンスストアのプリント機で買ってきたものだろう。「2010年2月14日」と、購入日が記載されている。
500円を貸して、1000円が帰ってきた事情は、何となく分かる。
「陸運コイン」の最小購入額は500円分からではなく、1000円分からなのだ。
だから500円だけ返したくても、それが出来なかったのだろう。
それで、500円分を「バレンタインデーの現金支給」という、体裁を取らざる得なかったのだ。
その追加の500円も、彼女にとっては、はした金ではないという事も想像がつく。
旅費と蕎麦の代金で、お財布が空になってしまう。まだそういう年齢のはずだ。
その彼女の一大決心と行動に、オレがどう返すべきかの答えは、結局、夕飯後も出る事はなかった。
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