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馬車の中でのすれ違い
ニヤニヤと下品に笑うシェリーを嫡男は理解不能な化け物を見るような目で眺めた。
心の中で「この女は何を言っているんだ?」と疑問が湧き、理解が追いつかず頭が真っ白になる。
「公爵になる、だと……? レオナルドがそう言っていたのか?」
「ええ、そうよ。それで、今すぐには無理だけど、何年後かには私を公爵夫人として迎えてくれるって約束してくれたの!」
「なん……だと……」
若干興奮気味で嬉しそうに語るシェリーとは対照的に、嫡男の顔色は青を通り越して白くなっていた。
「レオナルドが……そんなことを」
「ええ、そうよ! だからお兄さんもいつまでも偉そうなことを言っていたら駄目よ。将来はレオの方が偉くなるんだからね!」
この発言が決定打となり、嫡男の頭にはひとつの仮説が浮かび上がった。家督を継ぐ自分より、弟の方が身分が上となる。つまりそれは──『レオナルドが兄を排除し、次期当主の座を狙っている』ということ。
まさか弟がそんなことを企んでいたとは露知らず、彼はショックで茫然とした。
(そんな……まさか、レオナルドがリンデン公爵の座を狙っていただなんて……)
仲は悪くないと思っていた弟が裏ではそんな大それたことを企んでいただなんて、と嫡男はにわかには信じられなかった。王侯貴族の間では世継ぎ争いは当たり前とはいえ、自分と弟の間でそんなことが発生するとは思っていなかった。次期当主の座など興味もない、とばかりの態度で兄である自分を嘲笑っていたのかと思うと胸の奥が締めつけられる。
嫡男がこんな盛大な勘違いをしているなんていうことを、シェリーは気づくはずもなかった。
彼女は自分が相手を論破してやったというこれまた勘違いで悦に浸り、目の前の男の様子が目に入らない。
いや、たとえ目に入ったとしてもこんな勘違いをしているなどと思うはずもない。シェリーは一言も”リンデン公爵”になるとは口にしていないのだから。
彼女はレオナルドがクロエと結婚した後、カレンデュラ公爵になるという意味で「公爵になる」言ったのだ。決してリンデン公爵になるという意味で言ったわけではない。婿入り後にクロエが亡くなり、レオナルドが公爵となった暁には自分を公爵夫人として迎えてくれるという計画だからそう言っただけ。
だが、そんなことを嫡男が知る由もない。ただの入り婿でしかないレオナルドが将来カレンデュラ公爵を名乗ることは不可能だと知っているからこそ、思いつくこともない。だからこそこんな話の食い違いが起きてしまった。
「それにね、私とレオの子は将来王太子様に見初められるのよ? 王太子様の運命の相手、それが私達の娘なの! だから私のことをあんまり馬鹿にしない方がいいわよ?」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすシェリーを前に嫡男は言葉を失った。
(なんだと……? レオナルドはリンデン公爵家の家督を奪うだけでは飽き足らず、平民との間に生まれた娘を畏れ多くも王太子殿下の妃にしようと企てているのか……!?)
よく聞けばシェリーの発言はかなりおかしいものなのだが、脳裏に誰も想像していない筋書きが形を成している嫡男はそれに気づかない。
ちなみにその筋書きはこうだ。まず、レオナルドが兄から家督を奪い、リンデン公爵となる。
次に、この平民の娘を公爵夫人として取り立て、生まれた娘を王太子の妃に据えようと目論む。
その流れを想像し、嫡男は目を吊り上げて怒り出した。
「なんたる非常識……。なんたる不敬……。我が弟は、そこまでの愚者へと成り果てたか……!!」
「え!? は? え、え……何、いきなり?」
怒りをあらわにした嫡男を前にシェリーは思わず身をすくませた。両者の間には深いすれ違いが生じていたが、そのことに本人たちは微塵も気づいていない。
(実の兄から家督を奪うだけでは飽き足らず……自分が選んだ女との間に生まれた娘を国母にまで押し上げようなどとは、あまりに強欲すぎる。無欲な顔をして、中身は史上稀に見るほどの欲深さ。レオナルド……お前は、そんなにも強欲な男だったのか……)
もうすっかりと彼の中でレオナルドは膨大な権力を求める強欲な男と化してしまっていた。
強欲なことは間違っていないのだが、方向性は間違っている。レオナルド本人は兄を排除して自分がリンデン家の当主の座におさまろうなどとは微塵も考えていない。
しかし、そのすれ違いを修正する者は誰もいない。事態が思いもよらぬ方向へと転がり始めていることに、ここにいないレオナルドが気づくはずもなかった。
心の中で「この女は何を言っているんだ?」と疑問が湧き、理解が追いつかず頭が真っ白になる。
「公爵になる、だと……? レオナルドがそう言っていたのか?」
「ええ、そうよ。それで、今すぐには無理だけど、何年後かには私を公爵夫人として迎えてくれるって約束してくれたの!」
「なん……だと……」
若干興奮気味で嬉しそうに語るシェリーとは対照的に、嫡男の顔色は青を通り越して白くなっていた。
「レオナルドが……そんなことを」
「ええ、そうよ! だからお兄さんもいつまでも偉そうなことを言っていたら駄目よ。将来はレオの方が偉くなるんだからね!」
この発言が決定打となり、嫡男の頭にはひとつの仮説が浮かび上がった。家督を継ぐ自分より、弟の方が身分が上となる。つまりそれは──『レオナルドが兄を排除し、次期当主の座を狙っている』ということ。
まさか弟がそんなことを企んでいたとは露知らず、彼はショックで茫然とした。
(そんな……まさか、レオナルドがリンデン公爵の座を狙っていただなんて……)
仲は悪くないと思っていた弟が裏ではそんな大それたことを企んでいただなんて、と嫡男はにわかには信じられなかった。王侯貴族の間では世継ぎ争いは当たり前とはいえ、自分と弟の間でそんなことが発生するとは思っていなかった。次期当主の座など興味もない、とばかりの態度で兄である自分を嘲笑っていたのかと思うと胸の奥が締めつけられる。
嫡男がこんな盛大な勘違いをしているなんていうことを、シェリーは気づくはずもなかった。
彼女は自分が相手を論破してやったというこれまた勘違いで悦に浸り、目の前の男の様子が目に入らない。
いや、たとえ目に入ったとしてもこんな勘違いをしているなどと思うはずもない。シェリーは一言も”リンデン公爵”になるとは口にしていないのだから。
彼女はレオナルドがクロエと結婚した後、カレンデュラ公爵になるという意味で「公爵になる」言ったのだ。決してリンデン公爵になるという意味で言ったわけではない。婿入り後にクロエが亡くなり、レオナルドが公爵となった暁には自分を公爵夫人として迎えてくれるという計画だからそう言っただけ。
だが、そんなことを嫡男が知る由もない。ただの入り婿でしかないレオナルドが将来カレンデュラ公爵を名乗ることは不可能だと知っているからこそ、思いつくこともない。だからこそこんな話の食い違いが起きてしまった。
「それにね、私とレオの子は将来王太子様に見初められるのよ? 王太子様の運命の相手、それが私達の娘なの! だから私のことをあんまり馬鹿にしない方がいいわよ?」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすシェリーを前に嫡男は言葉を失った。
(なんだと……? レオナルドはリンデン公爵家の家督を奪うだけでは飽き足らず、平民との間に生まれた娘を畏れ多くも王太子殿下の妃にしようと企てているのか……!?)
よく聞けばシェリーの発言はかなりおかしいものなのだが、脳裏に誰も想像していない筋書きが形を成している嫡男はそれに気づかない。
ちなみにその筋書きはこうだ。まず、レオナルドが兄から家督を奪い、リンデン公爵となる。
次に、この平民の娘を公爵夫人として取り立て、生まれた娘を王太子の妃に据えようと目論む。
その流れを想像し、嫡男は目を吊り上げて怒り出した。
「なんたる非常識……。なんたる不敬……。我が弟は、そこまでの愚者へと成り果てたか……!!」
「え!? は? え、え……何、いきなり?」
怒りをあらわにした嫡男を前にシェリーは思わず身をすくませた。両者の間には深いすれ違いが生じていたが、そのことに本人たちは微塵も気づいていない。
(実の兄から家督を奪うだけでは飽き足らず……自分が選んだ女との間に生まれた娘を国母にまで押し上げようなどとは、あまりに強欲すぎる。無欲な顔をして、中身は史上稀に見るほどの欲深さ。レオナルド……お前は、そんなにも強欲な男だったのか……)
もうすっかりと彼の中でレオナルドは膨大な権力を求める強欲な男と化してしまっていた。
強欲なことは間違っていないのだが、方向性は間違っている。レオナルド本人は兄を排除して自分がリンデン家の当主の座におさまろうなどとは微塵も考えていない。
しかし、そのすれ違いを修正する者は誰もいない。事態が思いもよらぬ方向へと転がり始めていることに、ここにいないレオナルドが気づくはずもなかった。
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