物語の幕は上がらない(本編完結 番外編更新中)

わらびもち

文字の大きさ
95 / 99

謁見

 あれから、皇女は気を悪くする様子もなく祭りを存分に楽しんで帰って行った。
 赤の他人から突然理解しがたい侮辱を受けたことよりも、彼女にとっては好きでたまらない婚約者に抱きしめられた喜びの方がはるかに大きかったらしい。急に訪れた甘い展開に皇女は王子たちから向けられた侮辱の言葉の内容すら忘れてしまったほどだ。むしろ、密かに彼等を「よくやったわ」と褒めていたことをクロエは聞き逃さなかった。

 しかしながら、皇女が怒っていないからといって事態を不問に付すわけにはいかない。
 一国の王子が帝国の皇女を侮辱したのだ。これは立派な国際問題であり、対応を間違えると戦の引き金にもなりかねない。王家も事態を十分に理解していたのだろう。あの件の翌日早朝、王宮の使者が屋敷にやって来た。空がわずかに白み、朝靄が立ち込める中、王家の紋章が刻まれた書状を持って。

「夜明けを待たずの非礼、どうかお許しを。陛下のご意向により、ただちにお届けせよとの仰せです」

 事の重大さに国王もよほど焦ったのだろう。使者の言動からはわずかな焦りがにじみ出ていたが、それとは対照的にクロエは終始落ち着いた物腰で応じていた。

「申し訳ございませんが、当事者であられる皇女殿下が現在当家にご滞在中でございます。招待主の立場としては、いかに陛下のお召しとはいえ、大切なお客人を残して屋敷を空けるわけには参りませんの」

 断られるとは想定していなかった使者は驚愕に目を見開いた。「陛下のご命令ですよ!?」と反論したものの、次の瞬間、クロエの鋭い視線に射抜かれ息を呑む。

「何も拒否しているわけではございませんの。ただ、今は大切なお客人を優先したいと申しているだけでございます。おもてなしが終わりましたらこちらから改めて出向きますゆえ、陛下にはそのようにお伝えくださいませ」

 柔らかい口調だが、有無を言わせぬ威厳を漂わせるクロエに使者はそれ以上は口を噤んだ。
 使者も知らないわけではない。いかに王家の命令であれ、カレンデュラ家には従わせることなど到底できないということを――。

「……かしこまりました。陛下にはそのようにお取り次ぎ申し上げます。このような朝早くにお時間を賜り、誠に恐れ入る次第にございます」

 ただでさえ王子が無礼を働いた直後だ。ここで使者までもがクロエの機嫌を損ねれば、カレンデュラ家が王家を見限る可能性すらある。その危険性を理解していた使者はクロエの言葉に頷くしかなかった。

 そうして皇女が帰還した翌日、クロエとエーリヒは揃って王宮へ赴いた。彼女の来訪を今かと待ち続けていた国王は王太子を傍らに立たせ、二人を迎え入れた。玉座に座す国王も、その傍らに立つ王太子も、見るからに疲れを帯びていた。無理もない。第一王子があのような意味不明な言動によって皇女とカレンデュラ家に無礼を働いたのだから、彼等の心労はよほどのものだろう。

 国王はゆっくりと立ち上がり、重々しく口を開き、謝罪の言葉を口にした。

「カレンデュラ女公爵、そしてエーリヒ卿。我が孫の非礼、統治者として、そして祖父として、深く詫びる」

 そう言って、国王は頭を垂れた。王冠の影が床に落ち、静かに揺れる。

「王子には相応の戒めを与える。宮廷において、いかなる身分であろうと、礼を欠くことは許されぬ。そのことを、改めて示さねばならぬ」

 クロエとエーリヒは礼を崩さぬまま、国王の言葉を静かに聞いていた。
 やがて国王から発言の許可が出ると、クロエは美しい青の瞳を真っ直ぐに向け、静かに、しかし確かな調子で口を開く。

「陛下がこのようにお心を示してくださったこと、深く感謝いたします。どうか、この件が。正されるべきは正され、そして前へ進むことこそ、王国のためと信じております」

 国王はしばらく黙し、やがて玉座からわずかに身を乗り出した。

「……見事な応えだ、公爵。そなたこそ王国の誇りである」

「過分なお言葉にございます。わたくしはただ、陛下の治世が穏やかであることを願うのみ」

 一見すると控えめに聞こえるクロエの発言の真意は「帝国とカレンデュラ家に禍根が残らぬよう、しっかりと対応しなさいよ」と大分攻撃的である。その意味を理解した国王と王太子は、苦々しい表情で唇を噛みしめていた。

あなたにおすすめの小説

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

私は善意に殺された・完結

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。