物語のようにはいかない

わらびもち

文字の大きさ
4 / 32

初夜をやり直す!?

しおりを挟む
「ふうん……なら、僕をきちんと貴女の夫として扱ってください。今のように放置されるだけの飼い殺し状態は御免ですから」

「え……!? 私の夫……? まさか……このまま婚姻を続けるということですか!?」

「なに驚いているんですか? 先程離縁はしないと言ったでしょう?」

「それは聞きましたけど……何もこんな高慢でヒステリックな女と夫婦関係を続けなくとも……」

「高慢でヒステリックねえ……。結婚当初の貴女は確かにそうでしたけど、今は全然違いますよね? まるで別人のようだ……」

 じっと疑いの目を向けてくるリヒャルトが怖い。
 性格が変わってしまったせいで私をレイチェルの偽物だと思っているのかもしれない。
 
 別にレイチェルの魂が消えて私がこの体を乗っ取ったとかではなくて、ただ前世の記憶を思い出したせいで性格がそっちに引っ張られているだけだ。だから偽物ではないのだが、探るような目が怖い。

「まあ、この邸の当主は貴女だ。離縁するもしないも最終的な決定権は貴女にある。大金を積んでまで婚姻した相手が思っていたよりも魅力のない男だったと知って放逐そるのも貴女の自由だ」

「い、いえ……魅力がないことはありません! 分かりました、貴方が望むのであれば婚姻を続けます……!」

 私は“彼を解放してあげよう”と思い離縁を申し込んだのに、なんだか私が彼をいらないから捨てるみたいな流れになってしまった。てっきり喜んでくれると思ったが、彼にとっては迷惑だったようだ。

「では、早速今日から僕の部屋をへと移動させてください」

「は、はい! 分かりました!」

 実は夫は初日からずっと客室を使用している。

 何故かって? それはもちろんレイチェルがそうしろと使用人に命じたからだよ!

 リヒャルトが本来使うべきはレイチェルの部屋の隣、当主の伴侶のための部屋だ。
 そこは婚前にレイチェル自身が夫のためにと設えた場所。
 リヒャルトのために用意した、リヒャルトが使うべき部屋。
 だというのに、勝手にヒステリーを起こして「あんな男は客室で十分よ!」とそこに押し込めるよう使用人に命じたのだ。

 いや、客室といっても邸で一番豪華な部屋ではある。
 それこそ王族が泊まってもいいくらいに贅を尽くした部屋だ。
 しかしいくら豪華な部屋だからといって、その邸に迎えられた婿が客室に押し込められるのは彼への侮辱行為にあたる。

 そう考えるとレイチェルが彼にしてきた行為は客観的に見ても酷い。
 虐げてはいないけど蔑ろにはしているし、彼の尊厳を傷つけている。

 やっぱり開放してあげた方がいいんじゃないか……。そう考えていたところに彼が予想外のことを告げた。

「ああ、寝室は主寝室を一緒に使いましょうね。夫婦ですから」

「え!? 寝室を?」

「どうして驚いているんです? 夫婦なのですから、共に休むのは当たり前でしょう?」

「い、いえ……そうですけど、そうではないというか……」

 寝室を共にするという彼の発言に驚きを隠せない。

 今の今まで自分を蔑ろにしてきた妻と、何故寝室を共にすると望むのだろう……。
 私が彼の立場だったら抵抗がある。なのにどうして……。

「では、今晩はそのつもりで準備をお願いします」

 準備……? 

 意味が分からずポカンとする私にリヒャルトは妖艶に微笑んだ。
 その笑みで彼の言わんとすることが分かってしまい、羞恥で顔が真っ赤に染まる。

(まさか…………初夜のやり直しを……?)

 レイチェル自身が放棄した初夜。それを今晩改めて執り行うということ?

 予想外の連続に私はひどく困惑した。
 それでもリヒャルトの希望に沿うと約束したのだからその通りにしなければと混乱する頭で使用人に諸々を命じる。

 まずはリヒャルトの部屋を客室から当主の伴侶の部屋へと移すこと。
 次に使っていない主寝室を整えること。
 そして私ことレイチェルの初夜の準備をすること。

 こんな手間がかかる命令をしたにも関わらず、優秀なシスカ家の使用人達は喜んで動いてくれた。彼等は新婚早々不仲になった当主夫妻がやっと仲直りをするのだとホッとしているようだ。


「お嬢様のご機嫌がやっと直ったようでようございました。まあ、それにしても仲直りに一年かかるとは思いませんでしたけど」

 乳母のマーサが浴室で私の髪を洗いながらそう話しかける。
 流石はレイチェルが赤ん坊のころからずっと彼女の世話をしているため、結婚しても家を継いでも“お嬢様”と呼ぶ。

「う……心配かけてごめんなさい」

 そういえばマーサもレイチェルに仲直りをするよう叱っていた一人だった。
 だけどレイチェルは聞く耳も持たず、リヒャルトが誠心誠意謝ってくるまで許さないと頑なだった。

 いや、リヒャルトは何度も話し合おうとしていたじゃない……。
 それを拒否したのは誰よ。

 レイチェルは結局のところリヒャルトに自分へのご機嫌取りをしてほしかったのだ。
 しつこいまでに謝罪し、こちらに赦しを求める彼が見たかった。
 彼女の言う“誠心誠意”はそういうことだ。

 うーん……でも、確かにこれだけ美人でお金持ちのお嬢様ならそう考えてもおかしくないかも。
 レイチェルはリヒャルトと並んでも遜色ないほど華やかな美貌と豊かな肢体を持っている。

 波打つ蜂蜜色の髪に深い海のように青い瞳。
 シミ一つない陶器のような肌、長い睫毛。
 出るところは出てるのに手足や腰は細いという悩まし気な身体。

 社交界でも随一の美姫と名高いレイチェルは男性に傅かれるのが当然という認識がある。
 そんな彼女のプライドは天よりも高い。

 こういう女が好きな男は一定数いるけれど、多分リヒャルトはそうでなかったのだろう。
 だとすれば彼はどうして好きでもない女と婚姻を続けたがるのか。
 いくら生活のためとはいえ、一生をこんな高慢でプライドの高い女の傍で過ごすなんて私なら耐えられそうにない。

(もしかして何か企みがあるとか……?)

 前世で読んだ物語等では初夜にふざけた台詞を吐いた旦那を“ざまあ”するために妻たちが諸々の策を張り巡らせていた。例えば婚家を没落させるだとか、当主の座を奪うだとかそういうのを。

 ええ……それは困る。激しく困る。
 悪いのは十割こちらなのだが、それでも家が没落するのも当主の座を奪われるのも困る。

 そんな考えに至り青い顔をする私に対し、マーサが母のような優しい声音で話しかけた。

「これからはきちんと旦那様を大切になさいませ。一年も放置するなど、離縁されてもおかしくないのですよ?」

 マーサの言葉に私は苦笑いしか返せなかった。
 彼女の言う通り、普通は一年も放置されたら怒って離縁を申し込まれて当然だ。
 それなのに婚姻を続けることを望み、その日のうちに初夜まで行おうとするのは何か裏があるのかと疑ってしまう。

 リヒャルトは生活の為だと言っていたが、それが本心かどうかを知る術はない。

 それに……彼には確か、婚約まで考えていたがいたと風の噂で聞いたことがある。

「お嬢様? そろそろ湯から上がらないとのぼせてしまいますよ?」

 マーサの声にハッと我に返った。

「あ、うん……もう上がるわ」

 浴槽から出るとお付きのメイド達が丁寧に体を拭いてくれた。
 その後はいい香りのするオイルを体中に塗られ、薄い夜着を身につけさせられた。

「お美しいですよ。旦那様もきっと喜ばれます」

 レイチェルとリヒャルトが本当の夫婦になることが嬉しいのかマーサは満面の笑みを見せる。
 でも、私は先ほど頭によぎった考えのせいで引きつった笑いしか返せなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

相手不在で進んでいく婚約解消物語

キムラましゅろう
恋愛
自分の目で確かめるなんて言わなければよかった。 噂が真実かなんて、そんなこと他の誰かに確認して貰えばよかった。 今、わたしの目の前にある光景が、それが単なる噂では無かったと物語る……。 王都で近衛騎士として働く婚約者に恋人が出来たという噂を確かめるべく単身王都へ乗り込んだリリーが見たものは、婚約者のグレインが恋人と噂される女性の肩を抱いて歩く姿だった……。 噂が真実と確信したリリーは領地に戻り、居候先の家族を巻き込んで婚約解消へと向けて動き出す。   婚約者は遠く離れている為に不在だけど……☆ これは婚約者の心変わりを知った直後から、幸せになれる道を模索して突き進むリリーの数日間の物語である。 果たしてリリーは幸せになれるのか。 5〜7話くらいで完結を予定しているど短編です。 完全ご都合主義、完全ノーリアリティでラストまで作者も突き進みます。 作中に現代的な言葉が出て来ても気にしてはいけません。 全て大らかな心で受け止めて下さい。 小説家になろうサンでも投稿します。 R15は念のため……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】え、別れましょう?

須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

〖完結〗私はあなたのせいで死ぬのです。

藍川みいな
恋愛
「シュリル嬢、俺と結婚してくれませんか?」 憧れのレナード・ドリスト侯爵からのプロポーズ。 彼は美しいだけでなく、とても紳士的で頼りがいがあって、何より私を愛してくれていました。 すごく幸せでした……あの日までは。 結婚して1年が過ぎた頃、旦那様は愛人を連れて来ました。次々に愛人を連れて来て、愛人に子供まで出来た。 それでも愛しているのは君だけだと、離婚さえしてくれません。 そして、妹のダリアが旦那様の子を授かった…… もう耐える事は出来ません。 旦那様、私はあなたのせいで死にます。 だから、後悔しながら生きてください。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全15話で完結になります。 この物語は、主人公が8話で登場しなくなります。 感想の返信が出来なくて、申し訳ありません。 たくさんの感想ありがとうございます。 次作の『もう二度とあなたの妻にはなりません!』は、このお話の続編になっております。 このお話はバッドエンドでしたが、次作はただただシュリルが幸せになるお話です。 良かったら読んでください。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

処理中です...