どうして許されると思ったの?

わらびもち

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サリバン夫人

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 システィーナがパンパンと手を鳴らすと付近に控えていた専属侍女がスッと近くへとやってくる。

「サリバン夫人をここへ」

 そう告げると専属侍女は「畏まりました」と頷き部屋を後にする。
 数分もしないうちに一人の眼鏡をかけた貴婦人を連れて帰ってきた。

「侍女長、こちらはサリバン夫人よ。彼女はベロア家専属の家庭教師なの」

 システィーナは眼鏡の貴婦人を侍女長へと紹介した。
 サリバンと呼ばれた貴婦人は「ご紹介に与りましたサリバンにございます」と頭を下げる。
それは身体にバネが仕込まれているんじゃないかと思うほどの綺麗なお辞儀だった。

「サリバン夫人は王妃殿下の家庭教師を務め上げた経験がおありでね。わたくしやわたくしの姉もサリバン先生から礼儀作法を学んだのよ」

 王妃の家庭教師、という言葉に侍女長は喉をヒュッと鳴らした。
 王族の家庭教師を務めあげた人物が何故ここに……と目を丸くする彼女にサリバンは物凄く冷たい眼差しを向ける。

「奥様、こちらがでございますか?」

「ええ、そうよ。それで夫人に彼女の再教育をお願いしたいの」

 問題児って私のこと……? と言わんばかりに侍女長は口を広げて唖然とした。
 まさかこの年になってそんな呼び名をされるとは思ってもみなかった。それに“例の”とは一体いつ先ほどの遣り取りを聞いたのか。驚きすぎてそんな疑問すら口に出来なかった。

「畏まりました。では侍女長、奥様のご命令により今から貴女の教育を始めさせていただきます」

「え……!? い、いまからですか……?」

「当然にございます! 貴女は奥様が女主人を務めるこのお邸の侍女長としての資質が大いに欠けております。まったく、情けない!」

 突然の叱責に侍女長は体をびくりと震わせた。
 なんというか声量が凄い。

「まず、貴女は身分制度も使用人としての礼儀も何一つ理解していないご様子! いいですか? 女主人たる奥様に先触れなしに客人が来た場合、その方が高位の方でない限りはお引き取り願うのがこの国では常識です! これは主人たる旦那様にも言えること。当主夫妻というのは屋敷の長、長に簡単に会えると思いますか? 簡単に会わせてしまえばそれだけその存在は軽んじられてしまいますよ!」

 システィーナとはまた違った迫力を持つサリバンに侍女長は驚いて何も言えなかった。
 そんな彼女の反応がサリバンの怒りに火をつける。

「何ですかそのだらしのないお顔は! 侍女長たるもの、いついかなる時でも眉一つ動かさず、淡々と主人の命令をこなしなさい! 貴女の表情一つで政敵にお家の弱みを握られることだってあるんです! それをゆめゆめ忘れてはなりません!」

「は、はいぃ~~~~! 申し訳ございません!」

「返事をそのように間延びしてはなりません! もう一度!」

「はいっ! 申し訳ございませんっ!!」

「よろしいっ! では早速レッスンを始めますよ! 奥様、御前失礼いたします」

 バネ仕掛けのごとく美しいお辞儀をした後サリバンは部屋から出て行った。
 片手は侍女長の首根っこを掴んで引きずるという御歳60を超えるとは思えぬほどの豪腕を発揮して。

 鬼教官サリバンが去っていった後、不意に先ほどの専属侍女が口を開く。

「奥様……。こういう時の為にサリバン夫人を連れて輿入れされたのですか?」

 システィーナの輿入れに付き添った侯爵家の使用人達は、一行の中に家庭教師のサリバンがいたことに首を傾げていた。

 何故、家庭教師の先生を連れてきたの? と。

「いいえ? 本人が輿入れについていきたいと希望したの。“伯爵家には指導し甲斐のある生徒が埋まっていそう”って」

「侯爵様もですが……サリバン夫人の勘もどうなっているのでしょうね?」

「サリバン夫人は淑女を指導することも好きだけど、問題児を調教……いえ、指導することも大好きだからね。叔母様王妃も相当問題児だったらしいけど、サリバン夫人のおかげで立派な淑女になったそうよ」

「あの“貴婦人の鑑”といわれた王妃様が!?」

 貴婦人の鑑、淑女の中の淑女。今ではそう謳われる王妃はその昔はマナーのマの字も知らない野生児だった。王家から彼女を王の妃に、と望まれた際当時の当主が絶望したことは言うまでもない。藁にも縋る気持ちで当時最も厳しいと評判だったサリバンに頼み込んだところ、野生児が淑女へと変貌を遂げたとか。その変貌ぶりに感動した当時の当主がサリバンを家の専属家庭教師として迎え入れたのだ。

「当時の叔母さまは勉強嫌いだったそうで、幼い頃から何度も授業を放棄したそうよ。何人もの家庭教師が匙を投げる中、サリバン先生だけが諦めずに教育を施したとか」

「へえ、サリバン先生って熱心な方なんですね」

「ええ、叔母様が逃げる度に臀部を平手で強打するくらいのね。腫れて二倍の大きさになるほど叩かれて、その恐怖で大人しくなったとか……」

「お、お尻を叩いたんですか? 昔の王妃様を? え……これ、私が聞いても大丈夫な話ですか?」

 真珠と謳われるほど楚々とした気品に満ち溢れる王妃。

 そんな高貴な御方が昔尻を叩かれて腫らしていたなんて知りたくなかった。

「ベロア侯爵家の古参使用人なら知っている話だし、大丈夫よ。まあとにかく、あのサリバン夫人にかかれば反抗的な侍女長も生まれ変わったように従順になるわ。さて、再教育が終わるまでの間は侍女長の代理を立てておかないとね。侍女を全員この部屋に集めてちょうだい」

 主人の命令に恭しく頷く専属侍女だが、頭の中ではサリバンが王妃の臀部を叩く様を想像してしまい何とも居た堪れない気持ちになっていた。
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