どうして許されると思ったの？

侍女長代理の任命

　侍女長が再教育という名の調教を受けている間、システィーナは邸の侍女全員を招集した。集められた侍女はただならぬ雰囲気に緊張した様子を隠せない。事情を知らない彼女達はこの場に何故侍女長がいないのかも不思議でたまらなかった。

「侍女長は女主人であるわたくしの許しも得ず先触れのない客人を屋敷に入れました。再教育が必要と判断したので、現在教育を施しております」

　システィーナの発言にその場にいる全員が「え？」とまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。新人の侍女を教育するというのは分かるが、侍女の長を再教育するというのは初めて聞いた。

「そういうわけなので、教育が終了するまで侍女長の代理をたてることにします。侍女長の次に古参の者は誰かしら？」

　その言葉に皆は一人の若い侍女へと視線を注ぐ。
　彼女は落ち着いた雰囲気をしているが見たところ二十歳前後という若さ。
　こんなにも若い侍女が侍女長の次に古参というのは少しばかり異様だ。

「貴女が侍女長の次に古参の侍女なの？　……確かジェーンといったかしら？」

　フレン伯爵家の侍女達は輿入れしたばかりの奥方が一介の侍女の名を知っていたことに驚きざわついた。それはジェーンと呼ばれた侍女も同様である。

「は、はい……左様にございます。あの……奥様は何故私の名をご存じなのですか？」

「貴女だけじゃなくてよ。わたくしは使用人全員の名を輿入れしてすぐに覚えたわ。……一番右端にいる貴女の名はメグ、その隣がキャロル、モニカ、ベッキー……」

　驚くことにシスティーナはその場にいる侍女全員の名を言い当てた。
　貴族は専属でもない限り使用人の名を一々覚えたりはしないのが普通なのに、システィーナはこんな短期間で全員の名を記憶している。その並外れた記憶力に侍女達は驚くと同時に喜びを覚えた。仕える相手に名を覚えられるというのは存外嬉しいものだと彼女達はこの時初めて気づく。

「それで、ジェーンはここに勤めてどのくらいなのかしら？」

「はい、三年ほどになります」

「三年？　そんな短い年数で古参なの？　それ以前に勤めていた者はどうしたの？」

「それが……恥ずかしながら私もよく知らないのです。私がここに勤めるより前に辞めたとは聞いておりますが……」

「そうなの……」

　侍女がそんな一斉に辞職するなんて何があったのだろう。
　多分長く勤めている侍女長ならば知っているかもしれない。後で聞いてみよう。

「ジェーン、貴女を一時的に侍女長の代理にしても差し支えはない？」

「は、はい！　勿論でございます」

　一瞬彼女の目に野心が宿るのをシスティーナは見逃さなかった。
　あわよくばこれを機に侍女長への昇進を狙っているのかもしれない。

　それはいい、結構なことだ。システィーナはこういった向上心のある人間を好む。
　働きぶりによっては代理ではなく本当に侍女長に任命してやってもいい。

　使用人の人事権は邸の女主人にある。
　昇進や降格、配置もそうだが解雇だって女主人の心ひとつで決まるもの。
　だというのに、あの侍女長は何故その女主人たるシスティーナに喧嘩を売る真似をしたのか不思議で仕方ない。

　もしかすると彼女の背後に何かあるのかもしれない。
　後でそれも吐かせ……聞いておこう。

「では、今日から貴女を侍女長代理に任命します。よくよく務めるように」

「はい、畏まりました。精一杯務めさせていただきます！　それと奥様……応接室にいるお客様はいかがいたしましょうか？」

　応接室の客……？

　あ、そうだった……！　
　夫の幼馴染みとかいう、先触れも無しにやってきた無礼な客をそのままにして忘れていた！