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支配者のそれ
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騎士により地下牢へ連行されたレイモンドの幼馴染を見送った後、サリバン夫人が侍女長の方へと顔を向けた。
「いいですか、侍女長。侍女たるもの主人の危機にはこうして体を張るものですよ」
「えっ!? あ……いえ、わたくしは……」
体を張るのは侍女の仕事ではないような……とは言えず口籠る侍女長にサリバン夫人は厳しい目を向ける。
「言い訳無用! 本日より武術の指南も始めます。さあ、着いていらっしゃい。それでは奥様、御前失礼いたします」
侍女長の襟首を掴んで去っていくサリバン夫人。
誰もそれは侍女の仕事ではないという突っ込みは入れられなかった。
「奥様、多分あれいつまで経っても“再教育”が終わりませんよ……」
「仕方ないわ。不審者を手引きしてしまうほど元が駄目なのだから。それより、ダスター男爵家に急ぎ使いの者を」
昨日注意をしたというのに懲りずにまたやってくるとはどういうことなのか。
家臣の分際で主家に礼を欠いた行動をとるとはいい度胸だ。間違いなくこちらを馬鹿にしている。
(幼馴染だろうとも礼儀は弁えてもらわないと。何より、妻のわたくしの前で旦那様の愛称を呼ぶなどいい度胸ですこと……)
システィーナは密かに怒っていた。
いくら幼馴染だろうと、妻である自分の前で夫を愛称で呼ぶことは気に食わない。
政略結婚とはいえ夫を愛し始めていることに我ながら驚いた。
*
数時間後、娘が投獄されたことに驚いた男爵が慌ててやって来た。
平身低頭で詫びる態度かと思いきや、ひどく憤慨した様子で鼻息荒く捲し立てる。
「いったいどういうことですかな!? 娘を地下牢に入れるとはどういうおつもりか!」
娘が娘なら親も親か。システィーナは呆れた顔で騎士に命じた。
「謝罪も無いなど呆れたわ。随分と己の立場を履き違えているようね……」
スッと目を細めるシスティーナの冷たい表情にダスター男爵は一瞬固まる。
小娘だと思っていた相手のやけに威圧感のある態度に驚き二の句が継げないようだ。
「わたくしに対してそのような態度をとるなどいい度胸ですこと……。不敬だわ、跪かせて頂戴」
騎士がシスティーナの命令に恭しく頷き、男爵を無理やり跪かせた。
「なっ!? 何をする! 無礼だぞ!?」
「無礼はそちらでしょう? お前、わたくしを一体誰だと思っているの?」
身震いするほど凄みのある声に男爵は恐怖を覚えた。
声だけでここまでの恐怖を感じたのは長く生きてきた中で初めてだ。
恐る恐る顔を上げると、そこには神々しい程威厳に満ちた貴人の姿があった。
「お前は貴族家当主でありながら礼儀も知らないの? もう一度聞くわ。わたくしを誰と心得て?」
「え……、あ…………その……」
答えられない男爵に呆れたシスティーナは騎士に目配せする。
それだけで主人の意図を察した騎士は静かに口を開いた。
「こちらの御方はフレン伯爵家の当主夫人システィーナ様です。そしてベロア侯爵閣下のご息女でもあらせられますよ。許可も得ずに口をきいてよいご身分ではございません。それを念頭に置いたうえでご自分の態度を改めなさいませ」
騎士は特に後半部分に力を入れて話した。
その効果は抜群で、ベロア侯爵という単語が出た瞬間男爵は喉をヒュッと鳴らす。
「直答を許すわ。で、わたくしに何か言うことはあって?」
女王然とした態度が実に様になる。生まれながらにして人を従わせる立場にある人間のそれに男爵は顔を青褪めさせた。
「は……伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく。此度は我が愚女がとんだご無礼を……」
目の前にいる少女は間違いなく敵に回してはいけない部類の人間だ。
ベロア家という権力もさることながら、虫けらを見るような蔑んだ目は支配者のそれ。
理屈ではない。本能で逆らってはいけないと分かる。
それに気付いたところで今更もう遅いのだが……。
「いいですか、侍女長。侍女たるもの主人の危機にはこうして体を張るものですよ」
「えっ!? あ……いえ、わたくしは……」
体を張るのは侍女の仕事ではないような……とは言えず口籠る侍女長にサリバン夫人は厳しい目を向ける。
「言い訳無用! 本日より武術の指南も始めます。さあ、着いていらっしゃい。それでは奥様、御前失礼いたします」
侍女長の襟首を掴んで去っていくサリバン夫人。
誰もそれは侍女の仕事ではないという突っ込みは入れられなかった。
「奥様、多分あれいつまで経っても“再教育”が終わりませんよ……」
「仕方ないわ。不審者を手引きしてしまうほど元が駄目なのだから。それより、ダスター男爵家に急ぎ使いの者を」
昨日注意をしたというのに懲りずにまたやってくるとはどういうことなのか。
家臣の分際で主家に礼を欠いた行動をとるとはいい度胸だ。間違いなくこちらを馬鹿にしている。
(幼馴染だろうとも礼儀は弁えてもらわないと。何より、妻のわたくしの前で旦那様の愛称を呼ぶなどいい度胸ですこと……)
システィーナは密かに怒っていた。
いくら幼馴染だろうと、妻である自分の前で夫を愛称で呼ぶことは気に食わない。
政略結婚とはいえ夫を愛し始めていることに我ながら驚いた。
*
数時間後、娘が投獄されたことに驚いた男爵が慌ててやって来た。
平身低頭で詫びる態度かと思いきや、ひどく憤慨した様子で鼻息荒く捲し立てる。
「いったいどういうことですかな!? 娘を地下牢に入れるとはどういうおつもりか!」
娘が娘なら親も親か。システィーナは呆れた顔で騎士に命じた。
「謝罪も無いなど呆れたわ。随分と己の立場を履き違えているようね……」
スッと目を細めるシスティーナの冷たい表情にダスター男爵は一瞬固まる。
小娘だと思っていた相手のやけに威圧感のある態度に驚き二の句が継げないようだ。
「わたくしに対してそのような態度をとるなどいい度胸ですこと……。不敬だわ、跪かせて頂戴」
騎士がシスティーナの命令に恭しく頷き、男爵を無理やり跪かせた。
「なっ!? 何をする! 無礼だぞ!?」
「無礼はそちらでしょう? お前、わたくしを一体誰だと思っているの?」
身震いするほど凄みのある声に男爵は恐怖を覚えた。
声だけでここまでの恐怖を感じたのは長く生きてきた中で初めてだ。
恐る恐る顔を上げると、そこには神々しい程威厳に満ちた貴人の姿があった。
「お前は貴族家当主でありながら礼儀も知らないの? もう一度聞くわ。わたくしを誰と心得て?」
「え……、あ…………その……」
答えられない男爵に呆れたシスティーナは騎士に目配せする。
それだけで主人の意図を察した騎士は静かに口を開いた。
「こちらの御方はフレン伯爵家の当主夫人システィーナ様です。そしてベロア侯爵閣下のご息女でもあらせられますよ。許可も得ずに口をきいてよいご身分ではございません。それを念頭に置いたうえでご自分の態度を改めなさいませ」
騎士は特に後半部分に力を入れて話した。
その効果は抜群で、ベロア侯爵という単語が出た瞬間男爵は喉をヒュッと鳴らす。
「直答を許すわ。で、わたくしに何か言うことはあって?」
女王然とした態度が実に様になる。生まれながらにして人を従わせる立場にある人間のそれに男爵は顔を青褪めさせた。
「は……伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく。此度は我が愚女がとんだご無礼を……」
目の前にいる少女は間違いなく敵に回してはいけない部類の人間だ。
ベロア家という権力もさることながら、虫けらを見るような蔑んだ目は支配者のそれ。
理屈ではない。本能で逆らってはいけないと分かる。
それに気付いたところで今更もう遅いのだが……。
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