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二人の男爵
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ある麗らかな午後、フレン伯爵邸に二人の貴族男性が招かれた。
眩い陽の光と暖かな気温の長閑な時間に似つかわしくない表情の二人は通された応接室にて口を開いた。
「貴殿も招かれたのか、ダスター男爵。……随分顔色が良くないが具合でも悪いのか?」
「……そうだな。これから何を言われるのかと思うともう、胃が痛くて……」
二人の内の一人はシスティーナによって完膚なきまでに叩きのめされたダスター男爵である。娘よりも年若い少女の圧倒的な気迫を思い出すだけで彼は胃の腑の辺りに痛みが走るまでとなった。あの日の出来事は彼にひどい心的外傷を与えたようだ。
だが、そんなことなど知らないもう一人の人物はダスター男爵の情けない態度を鼻で笑うのだった。
「はっ、随分弱気じゃないか? たかが小娘に呼び出されたくらいでそんな覚えるとは滑稽だな!」
「……そんな態度でいられるのも今の内だぞ、ゼット男爵。貴殿はフレン伯爵夫人の為人を知らないからそんな軽口を叩けるのだろう。一つ忠告しておくが、伯爵夫人には最大限の礼を尽くせよ。貴殿が不作法を咎められようと私は絶対に助けない。こちらにまで火の粉が降りかかってきてはたまらんからな……」
ダスター男爵をからかうように笑ったのはレイモンドの幼馴染の一人、メグの父親であるゼット男爵だった。彼等を招待したのはフレン伯爵家の女主人システィーナである。
「ふん、小娘一人にそこまで弱気になるなど情けない」
「……何とでも言え。貴殿に愚弄されようとも私は伯爵夫人に逆らうつもりは毛頭ない」
頑ななまでに伯爵夫人を恐れるダスター男爵に訝し気な目で一瞥した後、呆れたようにため息をついた。
「小娘をそこまで恐れるとはなんと恥ずかしい。いくら身分が我等よりも上であろうとも未だ人生経験の浅い小娘に何をそこまで怯える必要があるのか……」
「その“人生経験”が我等の送ってきたそれとは比べ物にならぬほどのものだったなら? どのような人生を歩んできたらあのようになるのか……考えただけで恐ろしい」
そこまで言うとダスター男爵は項垂れて話さなくなってしまった。
何があったかは知らないが小娘一人を恐れるなど情けない、とゼット男爵は侮蔑の表情で彼を見た。
(ダスター男爵は何をそこまで怯えているのやら……。いくら名家出身の奥方といえどもたかが十代の小娘ではないか)
ゼット男爵にとって主人の奥方は仕える存在であるのだが、所詮は自分よりも年下の女だと内心見下していた。それは主人であるレイモンドに対しても同じ。いくら身分や立場が上であろうと、人生経験の長い自分の方が人として上なのだと思い込んでいる。
この考え方はミスティ子爵夫人エルザと似ているようで違う。
彼女は年齢が上の方が立場も上という価値観だが、ゼット男爵は単に年下を見下しているだけで年上にへりくだるつもりはない。現にダスター男爵の方が幾分年齢が上にも関わらずこの態度である。
「それにしても遅いな。呼びつけておいていつまで待たせるつもりだ……」
ゼット男爵が苛ついた声で呟いたその時、不意に応接室の扉が開かれる。
(………………は?)
部屋の中へとやってきた人物を見てゼット男爵は言葉を失った。
今までの人生で見たことがないほどの気品を纏った貴人の姿に声も出ない。
「フレン伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく。再び麗しいご尊顔を拝すことが叶いまして至福の極みにございます」
(おい、何だその口上は……!?)
現れた貴人、システィーナを目にした瞬間ダスター男爵は初老とは思えない素早い動きで膝をつき首を垂れ、まるで王族に対するような丁寧過ぎる態度をとる。ゼット男爵はただそれを眺めて唖然とするのだった。
眩い陽の光と暖かな気温の長閑な時間に似つかわしくない表情の二人は通された応接室にて口を開いた。
「貴殿も招かれたのか、ダスター男爵。……随分顔色が良くないが具合でも悪いのか?」
「……そうだな。これから何を言われるのかと思うともう、胃が痛くて……」
二人の内の一人はシスティーナによって完膚なきまでに叩きのめされたダスター男爵である。娘よりも年若い少女の圧倒的な気迫を思い出すだけで彼は胃の腑の辺りに痛みが走るまでとなった。あの日の出来事は彼にひどい心的外傷を与えたようだ。
だが、そんなことなど知らないもう一人の人物はダスター男爵の情けない態度を鼻で笑うのだった。
「はっ、随分弱気じゃないか? たかが小娘に呼び出されたくらいでそんな覚えるとは滑稽だな!」
「……そんな態度でいられるのも今の内だぞ、ゼット男爵。貴殿はフレン伯爵夫人の為人を知らないからそんな軽口を叩けるのだろう。一つ忠告しておくが、伯爵夫人には最大限の礼を尽くせよ。貴殿が不作法を咎められようと私は絶対に助けない。こちらにまで火の粉が降りかかってきてはたまらんからな……」
ダスター男爵をからかうように笑ったのはレイモンドの幼馴染の一人、メグの父親であるゼット男爵だった。彼等を招待したのはフレン伯爵家の女主人システィーナである。
「ふん、小娘一人にそこまで弱気になるなど情けない」
「……何とでも言え。貴殿に愚弄されようとも私は伯爵夫人に逆らうつもりは毛頭ない」
頑ななまでに伯爵夫人を恐れるダスター男爵に訝し気な目で一瞥した後、呆れたようにため息をついた。
「小娘をそこまで恐れるとはなんと恥ずかしい。いくら身分が我等よりも上であろうとも未だ人生経験の浅い小娘に何をそこまで怯える必要があるのか……」
「その“人生経験”が我等の送ってきたそれとは比べ物にならぬほどのものだったなら? どのような人生を歩んできたらあのようになるのか……考えただけで恐ろしい」
そこまで言うとダスター男爵は項垂れて話さなくなってしまった。
何があったかは知らないが小娘一人を恐れるなど情けない、とゼット男爵は侮蔑の表情で彼を見た。
(ダスター男爵は何をそこまで怯えているのやら……。いくら名家出身の奥方といえどもたかが十代の小娘ではないか)
ゼット男爵にとって主人の奥方は仕える存在であるのだが、所詮は自分よりも年下の女だと内心見下していた。それは主人であるレイモンドに対しても同じ。いくら身分や立場が上であろうと、人生経験の長い自分の方が人として上なのだと思い込んでいる。
この考え方はミスティ子爵夫人エルザと似ているようで違う。
彼女は年齢が上の方が立場も上という価値観だが、ゼット男爵は単に年下を見下しているだけで年上にへりくだるつもりはない。現にダスター男爵の方が幾分年齢が上にも関わらずこの態度である。
「それにしても遅いな。呼びつけておいていつまで待たせるつもりだ……」
ゼット男爵が苛ついた声で呟いたその時、不意に応接室の扉が開かれる。
(………………は?)
部屋の中へとやってきた人物を見てゼット男爵は言葉を失った。
今までの人生で見たことがないほどの気品を纏った貴人の姿に声も出ない。
「フレン伯爵夫人におかれましてはご機嫌麗しく。再び麗しいご尊顔を拝すことが叶いまして至福の極みにございます」
(おい、何だその口上は……!?)
現れた貴人、システィーナを目にした瞬間ダスター男爵は初老とは思えない素早い動きで膝をつき首を垂れ、まるで王族に対するような丁寧過ぎる態度をとる。ゼット男爵はただそれを眺めて唖然とするのだった。
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