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どちらが上か
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「ええ、わたくしとしても家臣の家を潰したくはないの。横領した分を返してもらえればそれでいいわ」
二人に己の立場を再認識させるためわざと“家臣”という言葉を強調した。
システィーナの意図は正しく伝わったようで二人の顔に緊張が走る。
お前達は仕える側だ、思いあがるなと指摘されたようなものであった。
一番被害が少ない選択は間違いなく彼女の提案を受け入れることだ。
こんなことが公になれば一家全員死罪が免れない。金で済むのならそれに越したことは無い。
だが、心のどこかで本当に娘がこんなことをしたのかという疑惑が残る。
娘を陥れる為に横領なんてものをでっち上げたのではないかと。
しかしそれを目の前の威圧感溢れる人に告げる勇気はない、と項垂れるダスター男爵とは反対にゼット男爵が反論しだした。
「失礼ですが、私は娘がこのような大罪を犯したとはとても信じられません。何より資料を読んだ限りですとそれ自体がかなり昔に起こったことではありませんか。今更それを掘り起こして騒ぐのもおかしな話だと思いませんか?」
言外に「昔のことで騒ぐな」という意味合いの発言をしたり顔でするゼット男爵。
先程己の立場を理解したようだったが、やはり心のどこかでシスティーナを小娘だと侮っている。
「貴方は何を言っているの? 我が国の法で横領に時効なんて無いわよ。親として娘のことを信じたいというのなら裁判でもなさればよろしいわ。それで真偽は明らかになるでしょうから」
平然と告げるシスティーナにゼット男爵は困惑した。
反論すれば少しは動揺するはず。そこを突けば形勢を有利に出来るかもしれないと思ったが相手は少しも揺るがない。
「い、いや……そこまでする必要は……」
「なら、どうやってご息女の罪の真偽を問うのかしら? 本人に尋ねたとしても『やっていない』と否定するでしょう。で、こちらはやったという証拠があるの。この証拠がでっち上げかどうかを判断してくれるとしたら裁判所だと思うのだけど……他にどこかあるかしら?」
娘が無実だと言うのなら裁判すればいい。
それ以外に無実を証明できるというのならそれを示せ。
システィーナの言っていることはどこまでも現実的で正しい。
やった、やっていないと言い続けることは不毛でしかない。真偽を確かめるには裁判所という第三者に介入してもらうやり方が一番だ。
しかし、もしも娘が本当に横領をしていた場合を考えると裁判は悪手でしかない。
罪が確定すれば一家全員死罪のうえお家断絶は免れない。
もし無実が認められたなら娘の名誉は守られるし小娘の鼻を明かすことも出来るのだが……有罪の危険性を考えると得られるものがあまりにも小さい。
「どうする? わたくしはどちらでも構わなくてよ」
余裕のある態度にカッとなったゼット男爵が「望むところだ! 裁判でも何でもしてやる!」と叫んだところでダスター男爵に頬を張られた。
「なっ……!? 何をする、ダスター卿!」
「いい加減気づけ馬鹿者が! 裁判になったとして勝てる見込みなどあるのか!? これだけの“やった”という証拠に対して“やっていない”という証拠をどうやって出す? 大人しくフレン伯爵夫人の温情に縋る選択が一番だと何故分からぬ!」
「はあ!? 情けないことを堂々と言って恥ずかしくないのか! 娘の名誉を守らず日和れと言うのか!」
「だからどうやって娘の無実を証明すると言うんだ! 貴殿はこの証拠がでっち上げだと言うが、それもどうやって証明する?」
「そ、それは……」
そう指摘されて言葉に詰まる。だが、こんな小娘にしてやられたと考えると悔しいのだ。
ゼット男爵にとって娘の名誉云々よりも自分よりも年若い少女の言いなりになることに抵抗があった。
「そうだ……レイモンド! レイモンドが娘に贈った品かもしれないだろう? 娘とは懇意にしていたし……贈り物の一つや二つあってもおかしくない!」
「あら、旦那様はそのようなことはしていないとおっしゃいましたわよ?」
優雅にお茶を嗜んでいたシスティーナがゼット男爵の発想を否定する。
すると男爵は目を吊り上げて食って掛かった。
「ふん、旦那の言う事を素直に信じるとはまだまだですな! そんなことは嘘に決まっている。妻以外の女に贈り物をしたという事実など皆隠したいに決まっているではないか! そんなことも分からないので?」
勝ち誇ったように言うゼット男爵に対し、システィーナは不思議そうに首を傾げた。
「あら、貴方こそ分からないの? フレン伯爵家の当主が“していない”と否定したのよ。だったら事実はどうあれそれは“なかった”と見做されるの。まあ、証拠があれば別だけどね……」
「え? あっ…………」
ゼット男爵にとってレイモンドは子供の頃から知っている娘の幼馴染という感覚だったからすっかり失念していた。彼が貴族家当主であり高位貴族であるということを。
この国で貴族家の当主は強い発言力を持つ。身分が上であればあるほどそれは増す。
仮にゼット男爵が先程のことを主張したとしてもフレン伯爵であるレイモンドがそれを否定すれば事実はどうあれ後者の意見が正しいと見做される。よほど確かな物的証拠でもなければそれは覆せない。
貴族社会での常識を今に今まで失念していた。
それと同時に思い知らされる。ただの若造だと思っていた相手が自分が仕えるべき主人で、身分もずっと上だということを。
二人に己の立場を再認識させるためわざと“家臣”という言葉を強調した。
システィーナの意図は正しく伝わったようで二人の顔に緊張が走る。
お前達は仕える側だ、思いあがるなと指摘されたようなものであった。
一番被害が少ない選択は間違いなく彼女の提案を受け入れることだ。
こんなことが公になれば一家全員死罪が免れない。金で済むのならそれに越したことは無い。
だが、心のどこかで本当に娘がこんなことをしたのかという疑惑が残る。
娘を陥れる為に横領なんてものをでっち上げたのではないかと。
しかしそれを目の前の威圧感溢れる人に告げる勇気はない、と項垂れるダスター男爵とは反対にゼット男爵が反論しだした。
「失礼ですが、私は娘がこのような大罪を犯したとはとても信じられません。何より資料を読んだ限りですとそれ自体がかなり昔に起こったことではありませんか。今更それを掘り起こして騒ぐのもおかしな話だと思いませんか?」
言外に「昔のことで騒ぐな」という意味合いの発言をしたり顔でするゼット男爵。
先程己の立場を理解したようだったが、やはり心のどこかでシスティーナを小娘だと侮っている。
「貴方は何を言っているの? 我が国の法で横領に時効なんて無いわよ。親として娘のことを信じたいというのなら裁判でもなさればよろしいわ。それで真偽は明らかになるでしょうから」
平然と告げるシスティーナにゼット男爵は困惑した。
反論すれば少しは動揺するはず。そこを突けば形勢を有利に出来るかもしれないと思ったが相手は少しも揺るがない。
「い、いや……そこまでする必要は……」
「なら、どうやってご息女の罪の真偽を問うのかしら? 本人に尋ねたとしても『やっていない』と否定するでしょう。で、こちらはやったという証拠があるの。この証拠がでっち上げかどうかを判断してくれるとしたら裁判所だと思うのだけど……他にどこかあるかしら?」
娘が無実だと言うのなら裁判すればいい。
それ以外に無実を証明できるというのならそれを示せ。
システィーナの言っていることはどこまでも現実的で正しい。
やった、やっていないと言い続けることは不毛でしかない。真偽を確かめるには裁判所という第三者に介入してもらうやり方が一番だ。
しかし、もしも娘が本当に横領をしていた場合を考えると裁判は悪手でしかない。
罪が確定すれば一家全員死罪のうえお家断絶は免れない。
もし無実が認められたなら娘の名誉は守られるし小娘の鼻を明かすことも出来るのだが……有罪の危険性を考えると得られるものがあまりにも小さい。
「どうする? わたくしはどちらでも構わなくてよ」
余裕のある態度にカッとなったゼット男爵が「望むところだ! 裁判でも何でもしてやる!」と叫んだところでダスター男爵に頬を張られた。
「なっ……!? 何をする、ダスター卿!」
「いい加減気づけ馬鹿者が! 裁判になったとして勝てる見込みなどあるのか!? これだけの“やった”という証拠に対して“やっていない”という証拠をどうやって出す? 大人しくフレン伯爵夫人の温情に縋る選択が一番だと何故分からぬ!」
「はあ!? 情けないことを堂々と言って恥ずかしくないのか! 娘の名誉を守らず日和れと言うのか!」
「だからどうやって娘の無実を証明すると言うんだ! 貴殿はこの証拠がでっち上げだと言うが、それもどうやって証明する?」
「そ、それは……」
そう指摘されて言葉に詰まる。だが、こんな小娘にしてやられたと考えると悔しいのだ。
ゼット男爵にとって娘の名誉云々よりも自分よりも年若い少女の言いなりになることに抵抗があった。
「そうだ……レイモンド! レイモンドが娘に贈った品かもしれないだろう? 娘とは懇意にしていたし……贈り物の一つや二つあってもおかしくない!」
「あら、旦那様はそのようなことはしていないとおっしゃいましたわよ?」
優雅にお茶を嗜んでいたシスティーナがゼット男爵の発想を否定する。
すると男爵は目を吊り上げて食って掛かった。
「ふん、旦那の言う事を素直に信じるとはまだまだですな! そんなことは嘘に決まっている。妻以外の女に贈り物をしたという事実など皆隠したいに決まっているではないか! そんなことも分からないので?」
勝ち誇ったように言うゼット男爵に対し、システィーナは不思議そうに首を傾げた。
「あら、貴方こそ分からないの? フレン伯爵家の当主が“していない”と否定したのよ。だったら事実はどうあれそれは“なかった”と見做されるの。まあ、証拠があれば別だけどね……」
「え? あっ…………」
ゼット男爵にとってレイモンドは子供の頃から知っている娘の幼馴染という感覚だったからすっかり失念していた。彼が貴族家当主であり高位貴族であるということを。
この国で貴族家の当主は強い発言力を持つ。身分が上であればあるほどそれは増す。
仮にゼット男爵が先程のことを主張したとしてもフレン伯爵であるレイモンドがそれを否定すれば事実はどうあれ後者の意見が正しいと見做される。よほど確かな物的証拠でもなければそれは覆せない。
貴族社会での常識を今に今まで失念していた。
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