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既婚者なのに
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「信じられない……! 私は既婚者だぞ!? 隣には妻の君もいて、夫人の隣にはご夫君がいるのに?」
「既婚者にも恋情を抱く方は存在しますわ。旦那様の幼馴染のお嬢様方だってそうだったでしょう?」
何を今更、と思わず意地の悪い言い方をしてしまった。
夫は「そう、だな……」とバツが悪そうに俯く。
「……とは言いましても、あそこまであからさまな態度をおとりになるとは思いませんでした。夫人は周りが見えていないようですわね」
「システィーナ……そもそもどうしてミスティ子爵夫人を晩餐会に招待したんだ? 彼女は茶会でパメラと共に君に無礼を働いたんだろう?」
「ええ、そうです。子爵から謝罪はありましたけど、ご本人からはありません。ついでに言えばパメラ嬢からも、バルタ家からも一切ございませんね。まあ、それはいいとして……今宵の晩餐会は子爵の為人を見たいがために催しました。子爵をお呼びして、夫人はお呼びしないというわけにはいかないでしょう?」
「つまり……夫人はついでか?」
「ええ、まあ……言い方は悪いですがそうなりますね」
「そうなのか……。どうして子爵の為人を?」
レイモンドがそう尋ねると同時に子爵が食堂へと戻ってきた。
「お食事中に席を外してしまい、申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。……夫人は如何されましたか?」
戻ってきたのは子爵のみで、夫人の姿はない。
少しホッとした顔でレイモンドが尋ねると、子爵は目を逸らしながら答えた。
「妻は少々体調が思わしくないようですので、先に邸へと帰らせました。先程は妻が不作法な行動ばかりとってしまい誠に申し訳ございません」
いつにも増して奇怪な言動をとる妻にうんざりした子爵は従者に命じて夫人を無理やり馬車へと押し込み、そのまま邸へと帰らせた。ただでさえ一度システィーナに対して無礼を働いているというのに、また繰り返されてはたまらない。
「はあ……。子爵、奥方はいつもあんな感じで?」
「ああ……いえ、今日は体調が優れなかったせいでおかしな言動をとってしまっただけかと」
流石に「はい、そうです」とは言えない子爵は妻の奇行を無理にでも体調のせいにして誤魔化そうとした。子爵自身もまさか妻が他家の晩餐会でこのような奇怪な言動をとるとは思ってもみなかったのだ。
どうしてここまで夫の足を引っ張るような女を妻にしてしまったのか……。
子爵はこの日完全に妻に愛想が尽きてしまった。
いつまで経っても貴族の常識を理解しない頭の悪さや、他の貴婦人のように家の為に必要な情報を得ることもしない部分に年々嫌気が差し始めていたが、あのシスティーナに無礼を働いた件でそれが一気に加速し、とうとう離婚を考えるまでとなった。
それでも、好きで結婚したわけだから多少の躊躇いはあった。
本人に離婚を告げ、ここで心を入れ替えてくれたなら考え直すことも出来たのが……入れ替えるどころかまさか更に悪化するとは。あれほどシスティーナに無礼を働くなと言ったにもかかわらずあの言動。もう愛情も完全に尽きてしまった。
「フレン伯爵様が羨ましい……。こんなにも聡明な奥様がいて……」
絞り出すような子爵の本心からの言葉にレイモンドは何も返せなかった。
ここは「貴方の奥様も素敵ではありませんか」と社交辞令を言うべきなのだろうが、あのような奇行に走る夫人に対してそんな台詞は嫌味にとられてしまうはず。
「えっと……、子爵は奥様とはどういった経緯で結婚に至ったのですか?」
それは一見世間話を振っているようでいて、本心から疑問に思ったことでもある。
あんなとんでもない女とどうして結婚してしまったのかと気になったのだろう。
「はは……お恥ずかしい話ですが、私が妻を見初めたからですよ。妻は見目だけはすこぶる良いですからね……。今となっては後悔しておりますが……」
子爵の返答にレイモンドは内心で「見目? そうだったか……?」と訝しんでいるのがシスティーナには分かった。その反応から察するに、面食いの夫ではあるが夫人の容姿は好みから外れているようだ。
そのことに少しだけ安堵する。
「既婚者にも恋情を抱く方は存在しますわ。旦那様の幼馴染のお嬢様方だってそうだったでしょう?」
何を今更、と思わず意地の悪い言い方をしてしまった。
夫は「そう、だな……」とバツが悪そうに俯く。
「……とは言いましても、あそこまであからさまな態度をおとりになるとは思いませんでした。夫人は周りが見えていないようですわね」
「システィーナ……そもそもどうしてミスティ子爵夫人を晩餐会に招待したんだ? 彼女は茶会でパメラと共に君に無礼を働いたんだろう?」
「ええ、そうです。子爵から謝罪はありましたけど、ご本人からはありません。ついでに言えばパメラ嬢からも、バルタ家からも一切ございませんね。まあ、それはいいとして……今宵の晩餐会は子爵の為人を見たいがために催しました。子爵をお呼びして、夫人はお呼びしないというわけにはいかないでしょう?」
「つまり……夫人はついでか?」
「ええ、まあ……言い方は悪いですがそうなりますね」
「そうなのか……。どうして子爵の為人を?」
レイモンドがそう尋ねると同時に子爵が食堂へと戻ってきた。
「お食事中に席を外してしまい、申し訳ありません」
「いえ、構いませんよ。……夫人は如何されましたか?」
戻ってきたのは子爵のみで、夫人の姿はない。
少しホッとした顔でレイモンドが尋ねると、子爵は目を逸らしながら答えた。
「妻は少々体調が思わしくないようですので、先に邸へと帰らせました。先程は妻が不作法な行動ばかりとってしまい誠に申し訳ございません」
いつにも増して奇怪な言動をとる妻にうんざりした子爵は従者に命じて夫人を無理やり馬車へと押し込み、そのまま邸へと帰らせた。ただでさえ一度システィーナに対して無礼を働いているというのに、また繰り返されてはたまらない。
「はあ……。子爵、奥方はいつもあんな感じで?」
「ああ……いえ、今日は体調が優れなかったせいでおかしな言動をとってしまっただけかと」
流石に「はい、そうです」とは言えない子爵は妻の奇行を無理にでも体調のせいにして誤魔化そうとした。子爵自身もまさか妻が他家の晩餐会でこのような奇怪な言動をとるとは思ってもみなかったのだ。
どうしてここまで夫の足を引っ張るような女を妻にしてしまったのか……。
子爵はこの日完全に妻に愛想が尽きてしまった。
いつまで経っても貴族の常識を理解しない頭の悪さや、他の貴婦人のように家の為に必要な情報を得ることもしない部分に年々嫌気が差し始めていたが、あのシスティーナに無礼を働いた件でそれが一気に加速し、とうとう離婚を考えるまでとなった。
それでも、好きで結婚したわけだから多少の躊躇いはあった。
本人に離婚を告げ、ここで心を入れ替えてくれたなら考え直すことも出来たのが……入れ替えるどころかまさか更に悪化するとは。あれほどシスティーナに無礼を働くなと言ったにもかかわらずあの言動。もう愛情も完全に尽きてしまった。
「フレン伯爵様が羨ましい……。こんなにも聡明な奥様がいて……」
絞り出すような子爵の本心からの言葉にレイモンドは何も返せなかった。
ここは「貴方の奥様も素敵ではありませんか」と社交辞令を言うべきなのだろうが、あのような奇行に走る夫人に対してそんな台詞は嫌味にとられてしまうはず。
「えっと……、子爵は奥様とはどういった経緯で結婚に至ったのですか?」
それは一見世間話を振っているようでいて、本心から疑問に思ったことでもある。
あんなとんでもない女とどうして結婚してしまったのかと気になったのだろう。
「はは……お恥ずかしい話ですが、私が妻を見初めたからですよ。妻は見目だけはすこぶる良いですからね……。今となっては後悔しておりますが……」
子爵の返答にレイモンドは内心で「見目? そうだったか……?」と訝しんでいるのがシスティーナには分かった。その反応から察するに、面食いの夫ではあるが夫人の容姿は好みから外れているようだ。
そのことに少しだけ安堵する。
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