どうして許されると思ったの?

わらびもち

文字の大きさ
101 / 136

予想外の行動

しおりを挟む
 場違いなまでのシスティーナの威厳に場の空気が張り詰める。
 彼女は口には出さないがいつまでも立たされていることにウンザリとした顔でため息をつく。

「すぐに椅子を──」

 その様子に慌てたエルザが傍らにいる若い男性に指示を出す。
 指示を受けた男性は小走りで部屋の外へと向かい、急いだ様子で漆塗りの背もたれ椅子を運んできた。

「どうぞ、マダム」

 男性が椅子を差し出すと、システィーナは黙ってそれに腰を下ろす。
 椅子に座るというだけの動作なのに驚くほど優雅で美しい。その場にいる者は皆呆けたように彼女に目を奪われていた。

「──お、お飲み物を用意いたしますわね……」

 我に返ったエルザは別の男性に飲み物を持ってくるよう命じた。

 飲み物を待つ間、一人だけ椅子に座るシスティーナと床に座るパメラ達を見ながらエルザはただ立ちすくんでいた。目に映る光景はまるでそれが女王と女王に傅く召し使いのように見えて居心地が悪い。それは床に座る彼女達もそうだったようで、皆気まずそうに目を泳がせていた。

 ようやく飲み物が運ばれてきて、エルザは『助かった』と言わんばかりに安堵した。

「今宵は特別なお茶を用意いたしましたの。きっと気に入って頂けると思いますわ」

「まあ、それは楽しみですこと」

 気まずさで疲れてしまったエルザと、余裕の表情を崩さないシスティーナ。
 誰が見てもこの場を支配しているのは主催者であるエルザではなく客人のシスティーナである。

 内心で「今に見てなさいよ」と毒づきながらエルザは銀色のティーポットを手に取った。

「……いい香り。清涼感のある爽やかな香りですね」

「ええ、これは異国のお茶ですの。清涼感のあるハーブと贅沢にお砂糖をたっぷり入れております」

 繊細な細工が施されたカップにポットの中身を注ぐと、立ち上る湯気からほんのり甘く清涼な香りが運ばれてきた。

「さあ、どうぞお召し上がりください」

 エルザから銀の盆に載せたティーカップを差し出されたが、ここにはそれを置くテーブルがない。そのような状況でお茶を飲むという行為に難色を示したシスティーナだが、すぐに諦めたようにカップに手を伸ばした。

「奥様…………」

 侍女が不安そうにシスティーナに声をかけた。高貴な身分の主人にそんな真似をさせるなどとんでもない、と言わんばかりの目だ。

「大丈夫よ」

 安心させるように目配せし、再び視線を手元の茶器に向けた。膝の上に湯気の立つ茶器を載せるというのは流石のシスティーナも初めての経験だ。椅子を所望していなければ膝どころか床に直置きしてお茶を飲むことになっていたと思うとゾッとする。

(テーブルの無い茶会など、今後は遠慮したいところね……)

 これが単なる嫌がらせならシスティーナは主催者であるエルザを非難したのだが、異国の文化でこういう風に椅子に座らず床で飲食をすると聞いたことがある。エルザが異国の文化をそのまま茶会の趣向として持ってきたのであれば、非難したところでシスティーナが嘲笑されるだけだ。

『あらあら……伯爵夫人は異国の文化を知りませんの?』

 などと、したり顔で言われるのは物凄く腹が立つ。
 反射的にその顔を扇子で引っぱたいてやりたいくらに苛ついてしまいそうだ。

 このまま黙って大人しくお茶をいだだくことがこの場での正解。システィーナがカップを口に運ぼうとしたその時、エルザが侍女の前に立った。

「どうぞ、貴女も」

「えっ……? わたしですか……?」

 なんとエルザはシスティーナの侍女にまでお茶を差し出してきた。
 通常、茶会でお茶を振る舞うのは招待客にのみ。使用人に、しかも主人の前で振る舞うというのは聞いたことがない。

(いったい何を考えているの……?)

 予想外の行動に流石のシスティーナも困惑した目を向ける。
 そこには困った様子の侍女と、ニヤニヤした顔を隠そうともしない子爵夫人の姿があった──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...