どうして許されると思ったの?

わらびもち

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飲むフリをしなさい

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「いえ、お気持ちだけいただきます」

 差し出されたトレイに侍女はそっと片手をかざし、拒否の意志を示す。
 申し訳なさそうな顔で目を伏せているが、内心では「何考えてんだこの女」と口汚くエルザを罵った。

 主人と使用人が飲食を共にしないのは、貴族社会において当然の常識。
 何故なら使用人は主人に仕える労働者であり、そこにははっきりとした上下関係があるからだ。主人の前で飲食をすることは失礼にあたり、また、飲食をしていると主人の世話が疎かになる。彼女達はあくまで使える側であり、共に飲食をするような立場ではない。

 そういう暗黙の了解を無視したエルザの言動に侍女は内心腹を立てていた。
 しかし、それを決して表に出すことはない。

 やんわりと拒否され、一瞬、エルザの手が止まる。けれど、彼女がそれで引くことはなかった。

「まあ! 遠慮することはなくってよ。貴女だってたまには美味しいお茶を楽しみたいでしょう?」

 そういうことじゃねえんだよ、と侍女はうっかり口に出しそうになる。
 ベロア家の姫に仕える使用人が主人の前で飲食をするなどというはしたないことをするなど御免だ。こちらにだって誇りというものがあることを、目の前の愚かな女は何故分からないのかと問い質してしまいたくなる。

「いえ……職務中ですので遠慮させていただきます」

 しつこいな! と叫んでしまいたくなる衝動を必死に抑え、やんわりとした拒否を続ける。しかし、それでもなおエルザはしつこくお茶を勧めてくる。

 侍女は助けを求めるようにシスティーナの方に顔を向ける。
 すると主人は何かを観察するように侍女とエルザのやりとりを見ていた。

「奥様……?」

 こういう時、真っ先に助け舟を出してくれるはずの主人のいつもと違う態度に侍女は首を傾げた。いくら招かれた側とはいえ、こんな非常識な真似をしている女を叱責しないなんていつもの彼女らしくない。

「……そうね。折角だから貴女もいただきなさい」

「奥様!?」

 まさかここで許可を出されるとは思わず、侍女は非難めいた声を出して困惑した。

「ほら! 伯爵夫人もこう言っていることだし、是非飲んでちょうだい」

 システィーナが許可を出したことで断る理由がなくなってしまい、侍女は仕方なくトレイの上のカップを手に取る。侍女が受け入れたことで満足したエルザが彼女達の傍から離れた隙を狙い、こっそりとシスティーナが侍女に囁いた。

『飲むフリをしなさい』

 一瞬驚いて横目でシスティーナを見ると、真剣な顔でこちらを見つめていた。
 侍女は周囲に悟られないよう敢えて何も反応せず、心の中で頷いた。

「それでは、頂戴いたします」

 システィーナはエルザに優雅な笑みを見せ、琥珀色のお茶で満たされたカップに唇をつけた。

「……爽やかで優しい香りですこと。それに、甘くて飲みやすいわ」

 主人がカップに口をつけたのを確認すると、侍女も同じようにカップを口元へ運ぶ。

 その様子をエルザや周囲の者は皆ニヤニヤと隠しきれない悪意を滲ませながら眺めていた。

「お気に召して頂けたようで幸いです。伯爵夫人の為に用意した、お茶ですのよ……」

その言葉はただの冗談のようにも含みのある呟きのようにも聞こえた。
しかし、相手の反応を観察しながら、愉悦を噛みしめている様子から冗談でないことがよく分かる。

「まあ……ふふ、お気遣いに感謝いたします」

 足りない頭で浅はかな策略を練ったのかと思うと滑稽だ。
 システィーナは目の前の愚かな女を内心で嘲笑いながら仮面のような淑女の笑みを浮かべた。
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