どうして許されると思ったの?

わらびもち

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焦りと困惑

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 エルザは焦っていた。目の前の光景は想定していたものとはまるで違うことに。

(どうして、まだ反応がないの!? ちゃんとお茶に仕込んだはずなのに……。時間がまだそんなに経ってない……? いや、もう十分すぎるほど経っているはずよ……。なのに……どうして何も起きないの!!)

 心の中で何度も自問自答を繰り返す。
 彼女の胸にはむき出しの不安だけが渦巻いていた。

「どうなさったの、夫人?」

 焦るエルザをあざ笑うかのようにシスティーナは静かに佇んでいた。
 悠然としたその態度からはわずかな警戒心さえ見えない。むしろ、楽しんでいるように見えてならない。

(どうして……どうして効かないのよ! は一口飲んだだけで体の火照りが治まらなくなるはずなのに……なんでそんな平然としていられるのよ……!)

 エルザはシスティーナがお茶を口にしたのをきちんとその目で確認していた。
 カップが口元から離れた時、嚥下する為彼女の喉元が動いたのを確かに見た覚えがある。しかも、彼女は味の感想まで述べていたはずだ。それこそがあのお茶を飲んだであろう証拠のはず。
 
 それなのに、目の前の女の様子は飲む前と何ひとつ変わらない。
 額に汗の一滴も浮かばせることなく、むしろ口元には薄く笑みすら浮かんでいる。
 不自然なまでに落ち着いていて、その様子がかえって不気味だ。

 システィーナは平然とした顔で再びカップを傾け、ゆっくりと嚥下する。
 そして、再び挑発的な眼差しをエルザに向けた。
 その視線が腹立たしいほどに冷静で、行動はエルザの胸の内を見透かしているよう。

 エルザの焦りが苛立ちに変わり始めていた時、不意にシスティーナが口を開いた。

「そういえば……先程前のフレン伯爵夫人方にもこのお茶を振る舞ったと聞きましたが、彼女達はをされたのでしょうか?」

 その言葉を聞いてエルザは唖然とした。
 彼女は分かっている。気づいている。エルザが何を企んでいるのかを。
 よく見れば顔は笑っているのに、目はちっとも笑っていない。

「な……なんで、そんなことを聞くのかしら……」

 喉がひりついて上手く声が出ない。
 システィーナの隙の無い態度にエルザは自分が罠にかかった獲物になったような錯覚を覚える。

「あら、だってここに来てからずっと前の奥方達のことを話したそうにしていたではありませんか? わたくしの興味を引くような言葉ばかりおっしゃって……。そんなことをされては気になってしまうのも仕方ないでしょう?」

 まるで捕食者を思わせる迫力にエルザの苛立ちは恐怖へと変わる。駄目だ、目の前の女は人としての格が違う。そう本能が囁きかけた。

(な、な、なんなの……この女……。おかしい、おかしいわ……なんでソレを口にして平気でいられるのよ! あっ……まさか、薬を仕込んでいなかった……?)

 エルザはお茶を持ってきた男へ顔を向け、非難するように睨みつける。
 すると男は彼女の言いたいことを察したのか、慌てて首を横に振った。

(はあ? なに? ちゃんと薬は仕込んだと言いたいの? じゃあ、どうして効いていないのよ……!!)

 今すぐにこの男に怒鳴りつけてしまいたい。しかし、それをシスティーナに聞かれたらどんな返しがくるか分からない。そう苛立つエルザだが、ふと、あることに気づく。

(そうよ……別に薬が効いていなくてもいいじゃない。よく考えてみればこの場でこの女の傍には侍女一人だけ。だったら……でどうにでも出来るじゃない……!)

 いくら余裕ぶった態度を見せていても、所詮はか弱い貴族の女。
 対してこちらは人数も多いうえに男もいる。力で押さえつければどうとでも出来るはず。

 力でどうにでもなることに気づいてしまったエルザは勝ち誇ったように嗤う。
 目の前の上品ぶった女はどうせこちらが手出しできないと高を括っているに違いないと。

「ふ……ふふふ、ふふっ……いいわ、教えてあげる……。の反応が、どれだけ無様で恥ずかしいものだったかを……」

 ゆらりと体を揺らし、エルザはゆっくりとシスティーナに近づいた。

「……ッ! 奥様……!」

 背後に控えていた侍女が不穏な気配を察し、滑るようにシスティーナの前に出た。

「あら……? アンタも何ともないの? 変だわ、アレは少ない量でも効果抜群の品なのに……。なんなのよ、アンタ達……おかしいわ」

 平然とした侍女の様子に毒づくエルザにシスティーナは「アレとはなんでしょう?」とこれまた平然と尋ねた。

「……媚薬よ! 媚薬! 飲めば発情期の雌犬みたいに男が欲しくなるの! ふふっ……レイモンド様の前の奥方達は皆ここでこれを飲んで男遊びをしていたのよ! それはもう……伯爵夫人とは思えないほどの痴態だったわ!」

 両手を胸の前で組み、恍惚の表情を浮かべたエルザの口から出たとんでもない事実。
 それを聞いたシスティーナは「悪趣味ね……」と顔を顰めた。
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