123 / 136
牢に入れられたもう一人の女
しおりを挟む
石造りの冷たい牢獄の中、松明の火が壁に揺れていた。鉄格子の向こうには、無言のまま立つ牢番。
そこへ向かって囚われの女が荒々しく詰め寄る。
「ここから出しなさいよ!」
彼女は格子に手をかけ、激しく揺さぶった。金属がきぃんと鳴り響く。
身に纏うドレスは土埃に塗れ、むきだしの肌は寒さで鳥肌がたっていた。
「ここから出しなさいよ! 私を誰だと思ってるの? 今すぐ開けなさい!」
牢番は無言のまま、わずかに眉をひそめたが、動じる気配はなかった。
女はさらに一歩前に出て、格子に顔を近づける。
「私が誰かも知らないで、こんな扱いを……っ、あんな女に逆らったくらいで、こんな仕打ちはないでしょう!」
その喚き声に牢番は眉ひとつ動かさず、あくび混じりの声で答えた。
「知ってるさ。吹けば飛ぶような弱小貴族の娘、”パメラお嬢様”だろう? その年でお嬢様って……くっ、くくっ……」
システィーナの命令を受けた騎士たちにより捕らえられたパメラは抵抗する間もなく、フレン家の地下牢へと連行された。牢に入れられるなど、これまでの人生で想像すらしなかった。蝶よ花よと育てられてきた彼女にとって、それは到底受け入れがたい現実だ。
こうして、怒りをぶつけていないと自我が保てなくなるほどに。
「このっ……! 平民風情がこの私を馬鹿にするなんて……絶対に許さないわ!」
パメラは、あからさまに馬鹿にするような嘲笑に怒りを爆発させた。
そんなパメラの怒りを鼻で笑うと、鉄格子に軽く指をかけて冷ややかに続けた。
「よく言うよ。弱小貴族風情がベロア侯爵閣下のご息女に歯向かっておいて、許されると思っているのか?」
パメラはその軽蔑に満ちた口調に、一瞬、背筋を冷たいものが走ったように感じた。
キャンキャンと騒がしく喚きはするが、特段肝が据わっているわけでもない彼女は言い返されると弱い。
「”貴族”でいることにどれだけの価値を覚えているのかは知らないが、それだけで何でも許されると思ったのか? どこまで落ちれば、自分の立場がわかるんだ?」
「は……はあ!? 分かったような口を利かないで! あなたに何が分かるのよ!」
「分かるさ。以前もあんたみたいな自分の立場を見誤った女が牢に放り込まれた。そいつもなぜか自分は”特別”だって思ってたな。その結果、味方の一人もいない場所で泥にまみれ、汗を流しながら一生を終える運命を背負わされた。逃げようにも逃げ場所なんて何処にもない。そもそも、どう逃げていいのかの知恵もない。哀れなもんだな……」
牢番の目には同情の色はひとかけらもなかった。ただ侮蔑を込めた視線がパメラを射貫く。
この時の彼女は、自分の前に牢へ収監された女が誰かなど気にする余裕もなかった。
「あんた程度の家名を聞いても鍵を開ける理由になるわけがないと分からないか? 家臣の出の分際で主家の奥方を陥れようとしただけでも大罪だ。おまけに奥様は国内で最も力のある貴族、ベロア家のご令嬢でもあるのだぞ? 貴族だろうと平民だろうと逆らうような馬鹿はいないと思っていたが……いるんだな。しかも複数。この周辺の地域では思考能力を著しく落とす呪いにでもかかってんのか?」
「なっ……!? なんですってぇ……!!」
「だって、そうじゃないとおかしいだろう? あんたのやっていることはアリがゾウに勝てると思って立ち向かうようなものだ。まともな思考能力があればそんな自殺行為をしようと思わないだろう?」
「え……自殺行為?」
「……自覚なかったのか? 嘘だろう……」
陥れようとした相手に、まさかそれほどの力があったとは――パメラは、牢番の言葉に思わず呆気にとられた。
彼女はシスティーナがどれほどの権力を持ち、自分の命すら意のままにできる存在であることをまるで理解しようとしていない。それは彼女の周囲の者達もそう。理解するのは、いつだって痛い目を見た後だ。
「あんたはもう終わりだよ。処分が下されるまで黙って座ってろ。……貴族の令嬢のくせしてみっともない」
牢番はそのまま視線を逸らし、淡々と仕事へと戻っていく。
パメラは格子に手をかけたまま、息を詰めるように立ち尽くしていた。
そこへ向かって囚われの女が荒々しく詰め寄る。
「ここから出しなさいよ!」
彼女は格子に手をかけ、激しく揺さぶった。金属がきぃんと鳴り響く。
身に纏うドレスは土埃に塗れ、むきだしの肌は寒さで鳥肌がたっていた。
「ここから出しなさいよ! 私を誰だと思ってるの? 今すぐ開けなさい!」
牢番は無言のまま、わずかに眉をひそめたが、動じる気配はなかった。
女はさらに一歩前に出て、格子に顔を近づける。
「私が誰かも知らないで、こんな扱いを……っ、あんな女に逆らったくらいで、こんな仕打ちはないでしょう!」
その喚き声に牢番は眉ひとつ動かさず、あくび混じりの声で答えた。
「知ってるさ。吹けば飛ぶような弱小貴族の娘、”パメラお嬢様”だろう? その年でお嬢様って……くっ、くくっ……」
システィーナの命令を受けた騎士たちにより捕らえられたパメラは抵抗する間もなく、フレン家の地下牢へと連行された。牢に入れられるなど、これまでの人生で想像すらしなかった。蝶よ花よと育てられてきた彼女にとって、それは到底受け入れがたい現実だ。
こうして、怒りをぶつけていないと自我が保てなくなるほどに。
「このっ……! 平民風情がこの私を馬鹿にするなんて……絶対に許さないわ!」
パメラは、あからさまに馬鹿にするような嘲笑に怒りを爆発させた。
そんなパメラの怒りを鼻で笑うと、鉄格子に軽く指をかけて冷ややかに続けた。
「よく言うよ。弱小貴族風情がベロア侯爵閣下のご息女に歯向かっておいて、許されると思っているのか?」
パメラはその軽蔑に満ちた口調に、一瞬、背筋を冷たいものが走ったように感じた。
キャンキャンと騒がしく喚きはするが、特段肝が据わっているわけでもない彼女は言い返されると弱い。
「”貴族”でいることにどれだけの価値を覚えているのかは知らないが、それだけで何でも許されると思ったのか? どこまで落ちれば、自分の立場がわかるんだ?」
「は……はあ!? 分かったような口を利かないで! あなたに何が分かるのよ!」
「分かるさ。以前もあんたみたいな自分の立場を見誤った女が牢に放り込まれた。そいつもなぜか自分は”特別”だって思ってたな。その結果、味方の一人もいない場所で泥にまみれ、汗を流しながら一生を終える運命を背負わされた。逃げようにも逃げ場所なんて何処にもない。そもそも、どう逃げていいのかの知恵もない。哀れなもんだな……」
牢番の目には同情の色はひとかけらもなかった。ただ侮蔑を込めた視線がパメラを射貫く。
この時の彼女は、自分の前に牢へ収監された女が誰かなど気にする余裕もなかった。
「あんた程度の家名を聞いても鍵を開ける理由になるわけがないと分からないか? 家臣の出の分際で主家の奥方を陥れようとしただけでも大罪だ。おまけに奥様は国内で最も力のある貴族、ベロア家のご令嬢でもあるのだぞ? 貴族だろうと平民だろうと逆らうような馬鹿はいないと思っていたが……いるんだな。しかも複数。この周辺の地域では思考能力を著しく落とす呪いにでもかかってんのか?」
「なっ……!? なんですってぇ……!!」
「だって、そうじゃないとおかしいだろう? あんたのやっていることはアリがゾウに勝てると思って立ち向かうようなものだ。まともな思考能力があればそんな自殺行為をしようと思わないだろう?」
「え……自殺行為?」
「……自覚なかったのか? 嘘だろう……」
陥れようとした相手に、まさかそれほどの力があったとは――パメラは、牢番の言葉に思わず呆気にとられた。
彼女はシスティーナがどれほどの権力を持ち、自分の命すら意のままにできる存在であることをまるで理解しようとしていない。それは彼女の周囲の者達もそう。理解するのは、いつだって痛い目を見た後だ。
「あんたはもう終わりだよ。処分が下されるまで黙って座ってろ。……貴族の令嬢のくせしてみっともない」
牢番はそのまま視線を逸らし、淡々と仕事へと戻っていく。
パメラは格子に手をかけたまま、息を詰めるように立ち尽くしていた。
4,724
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……
藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」
大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが……
ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。
「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」
エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。
エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話)
全44話で完結になります。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる