どうして許されると思ったの?

わらびもち

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牢に入れられたもう一人の女

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 石造りの冷たい牢獄の中、松明の火が壁に揺れていた。鉄格子の向こうには、無言のまま立つ牢番。
 そこへ向かって囚われの女が荒々しく詰め寄る。

「ここから出しなさいよ!」

 彼女は格子に手をかけ、激しく揺さぶった。金属がきぃんと鳴り響く。
 身に纏うドレスは土埃に塗れ、むきだしの肌は寒さで鳥肌がたっていた。

「ここから出しなさいよ! 私を誰だと思ってるの? 今すぐ開けなさい!」

 牢番は無言のまま、わずかに眉をひそめたが、動じる気配はなかった。
 女はさらに一歩前に出て、格子に顔を近づける。

「私が誰かも知らないで、こんな扱いを……っ、あんな女に逆らったくらいで、こんな仕打ちはないでしょう!」

 その喚き声に牢番は眉ひとつ動かさず、あくび混じりの声で答えた。

「知ってるさ。吹けば飛ぶような弱小貴族の娘、”パメラお嬢様”だろう? その年でお嬢様って……くっ、くくっ……」

 システィーナの命令を受けた騎士たちにより捕らえられたパメラは抵抗する間もなく、フレン家の地下牢へと連行された。牢に入れられるなど、これまでの人生で想像すらしなかった。蝶よ花よと育てられてきた彼女にとって、それは到底受け入れがたい現実だ。

 こうして、怒りをぶつけていないと自我が保てなくなるほどに。

「このっ……! 平民風情がこの私を馬鹿にするなんて……絶対に許さないわ!」

 パメラは、あからさまに馬鹿にするような嘲笑に怒りを爆発させた。
 そんなパメラの怒りを鼻で笑うと、鉄格子に軽く指をかけて冷ややかに続けた。

「よく言うよ。弱小貴族がベロア侯爵閣下のご息女に歯向かっておいて、許されると思っているのか?」

 パメラはその軽蔑に満ちた口調に、一瞬、背筋を冷たいものが走ったように感じた。
 キャンキャンと騒がしく喚きはするが、特段肝が据わっているわけでもない彼女は言い返されると弱い。

「”貴族”でいることにどれだけの価値を覚えているのかは知らないが、それだけで何でも許されると思ったのか? どこまで落ちれば、自分の立場がわかるんだ?」

「は……はあ!? 分かったような口を利かないで! あなたに何が分かるのよ!」

「分かるさ。あんたみたいな自分の立場を見誤った女が牢に放り込まれた。そいつもなぜか自分は”特別”だって思ってたな。その結果、味方の一人もいない場所で泥にまみれ、汗を流しながら一生を終える運命を背負わされた。逃げようにも逃げ場所なんて何処にもない。そもそも、どう逃げていいのかの知恵もない。哀れなもんだな……」

 牢番の目には同情の色はひとかけらもなかった。ただ侮蔑を込めた視線がパメラを射貫く。
 この時の彼女は、自分の前に牢へ収監された女が誰かなど気にする余裕もなかった。

「あんた程度の家名を聞いても鍵を開ける理由になるわけがないと分からないか? 家臣の出の分際で主家の奥方を陥れようとしただけでも大罪だ。おまけに奥様は国内で最も力のある貴族、ベロア家のご令嬢でもあるのだぞ? 貴族だろうと平民だろうと逆らうような馬鹿はいないと思っていたが……いるんだな。しかも複数。この周辺の地域では思考能力を著しく落とす呪いにでもかかってんのか?」

「なっ……!? なんですってぇ……!!」

「だって、そうじゃないとおかしいだろう? あんたのやっていることはアリがゾウに勝てると思って立ち向かうようなものだ。まともな思考能力があればそんな自殺行為をしようと思わないだろう?」

「え……自殺行為?」

「……自覚なかったのか? 嘘だろう……」

 陥れようとした相手に、まさかそれほどの力があったとは――パメラは、牢番の言葉に思わず呆気にとられた。
 彼女はシスティーナがどれほどの権力を持ち、自分の命すら意のままにできる存在であることをまるで理解しようとしていない。それは彼女の周囲の者達もそう。理解するのは、いつだって痛い目を見た後だ。


「あんたはもう終わりだよ。が下されるまで黙って座ってろ。……貴族の令嬢のくせしてみっともない」

 牢番はそのまま視線を逸らし、淡々と仕事へと戻っていく。
 パメラは格子に手をかけたまま、息を詰めるように立ち尽くしていた。
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