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エルザの妄想
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「牢に入れられた際に着ていた服と、そう変わりないように思えますが……」
「全然違うでしょう!? 私が着ていたドレスはこんなに生地が透けていなかったし、こんなにヒラヒラしたものも付いていなかったわよ! これじゃまるで夜伽……」
そこまで言うと、エルザは急に押し黙る。そして、彼女の表情はみるみるうちにほころび、笑みがこぼれた。
(そうよ……これは夜伽の衣装じゃないの! もしかして……これからレイモンド様の寝室に連れて行かれるのかしら……!!)
エルザの都合のいい脳みそは、都合のいい妄想を頭の中で練り上げた。
衣装一つで、なぜか彼女はこれからレイモンドの寝室に呼ばれると期待していた。
本人から完璧なまでに拒絶されたことは、既に彼女の中で無かったことになっている。
急ににやにやと気味の悪い笑みを浮かべ始めたエルザを、侍女たちは訝しげに見つめた。
「……この人、急に笑い出しましたね」
「牢生活で頭がおかしくなったのかもしれないわ。気にせず連れていきましょう」
「こんな変なのを連れて行って大丈夫ですかね……」
「問題ないわ。外見だけ整えれば献上品として成り立つから。それより早くしましょう」
「あ、お待ちください。やっぱり上にローブは羽織らせましょう。わたくし達は何とも思いませんが、殿方の目には毒です」
「それもそうね……。頭はアレだけど、ほんとうに……体だけは立派だこと」
「だから献上品に選ばれたのでしょうね。頭はほんとうにアレですけど……」
ひそひそと話しながら侍女の一人がエルザに外套を着せる。
(ああ……ようやく、レイモンド様と結ばれる。長く続いたこの片思いも、ようやく終わるのね……)
勝手な妄想を頭の中で膨らませているエルザを侍女たちは気味悪そうな目で見ながら先へと進む。
人目を避けるように使用人用の階段を下り、石畳の通路を抜けて裏口へ向かう。
やがて重い木扉の前で立ち止まり、侍女がそっと錠を外すと、重い木製の扉が音を立てて開いた。
「…………っ!!」
久方ぶりに浴びる外の光はあまりに眩しく、エルザはつい目を細めた。
視界の先には蔦に覆われた裏門が静かにそこに佇んでいる。
門の外には舗装されていない細道が木立のあいだを抜けて遠くへと続いていた。
「お待たせして申し訳ございません」
侍女が誰かに話しかけるのが聞こえ、そちらを振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは威圧感漂う老婦人の姿だった。背筋をぴんと張り、眼鏡をかけた彼女からはいかにも几帳面な雰囲気が滲み出ている。
「問題ございませんよ。ご対応ありがとうございます。それで、こちらが例の……」
老婦人の眼差しがエルザを鋭く射抜く。彼女がかけた眼鏡が日の光を反射して冷たく煌めき、エルザは何とも言えない恐怖感に襲われた。
「はい。後はよろしくお願いします」
「お任せください。ではご婦人、こちらの馬車にお乗りなさい」
侍女たちとのやり取りが終わると、老婦人は一呼吸おいて静かに手を差し出す。
手が示した先には、紋の無い質素な馬車が静かに停まっていた。
「え? なんで馬車に…………」
ふと、エルザの中で何かが閃いた。
(あ、分かったわ。あの恐ろしい嫁に知られないように、外で秘密の逢瀬を楽しもうというわけね? なんて素敵……)
再び妄想に耽り、にやにやと笑い出したエルザを目にして老婦人はあからさまに顔を強張らせた。
「急に笑い出してどうしたのですか彼女は……」
「先程からずっとこうなのです。どうぞお気になさらないでください、サリバン夫人」
眼鏡の老婦人──サリバンは「分かりました……」と呟き、咳ばらいをする。
「それでは参りますよ。先方をお待たせするわけには行きません。急ぎましょう」
発言に出た”先方”という一言を、エルザはなぜか完全にレイモンドのことだと勘違いしてしまった。
愛しい人に会えると思い込んだ彼女は期待に胸をふくらませ、浮き立つような足取りで馬車へと乗り込む。
「では、奥様によろしくお伝えください」
サリバンが侍女たちに向けて放った一言は、浮かれたエルザの耳には届かなかった。
あの一言が心に届いていればエルザだって気づけたかもしれない。
向かう先にいるのが、彼女の望む相手ではないという事実に……。
「全然違うでしょう!? 私が着ていたドレスはこんなに生地が透けていなかったし、こんなにヒラヒラしたものも付いていなかったわよ! これじゃまるで夜伽……」
そこまで言うと、エルザは急に押し黙る。そして、彼女の表情はみるみるうちにほころび、笑みがこぼれた。
(そうよ……これは夜伽の衣装じゃないの! もしかして……これからレイモンド様の寝室に連れて行かれるのかしら……!!)
エルザの都合のいい脳みそは、都合のいい妄想を頭の中で練り上げた。
衣装一つで、なぜか彼女はこれからレイモンドの寝室に呼ばれると期待していた。
本人から完璧なまでに拒絶されたことは、既に彼女の中で無かったことになっている。
急ににやにやと気味の悪い笑みを浮かべ始めたエルザを、侍女たちは訝しげに見つめた。
「……この人、急に笑い出しましたね」
「牢生活で頭がおかしくなったのかもしれないわ。気にせず連れていきましょう」
「こんな変なのを連れて行って大丈夫ですかね……」
「問題ないわ。外見だけ整えれば献上品として成り立つから。それより早くしましょう」
「あ、お待ちください。やっぱり上にローブは羽織らせましょう。わたくし達は何とも思いませんが、殿方の目には毒です」
「それもそうね……。頭はアレだけど、ほんとうに……体だけは立派だこと」
「だから献上品に選ばれたのでしょうね。頭はほんとうにアレですけど……」
ひそひそと話しながら侍女の一人がエルザに外套を着せる。
(ああ……ようやく、レイモンド様と結ばれる。長く続いたこの片思いも、ようやく終わるのね……)
勝手な妄想を頭の中で膨らませているエルザを侍女たちは気味悪そうな目で見ながら先へと進む。
人目を避けるように使用人用の階段を下り、石畳の通路を抜けて裏口へ向かう。
やがて重い木扉の前で立ち止まり、侍女がそっと錠を外すと、重い木製の扉が音を立てて開いた。
「…………っ!!」
久方ぶりに浴びる外の光はあまりに眩しく、エルザはつい目を細めた。
視界の先には蔦に覆われた裏門が静かにそこに佇んでいる。
門の外には舗装されていない細道が木立のあいだを抜けて遠くへと続いていた。
「お待たせして申し訳ございません」
侍女が誰かに話しかけるのが聞こえ、そちらを振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは威圧感漂う老婦人の姿だった。背筋をぴんと張り、眼鏡をかけた彼女からはいかにも几帳面な雰囲気が滲み出ている。
「問題ございませんよ。ご対応ありがとうございます。それで、こちらが例の……」
老婦人の眼差しがエルザを鋭く射抜く。彼女がかけた眼鏡が日の光を反射して冷たく煌めき、エルザは何とも言えない恐怖感に襲われた。
「はい。後はよろしくお願いします」
「お任せください。ではご婦人、こちらの馬車にお乗りなさい」
侍女たちとのやり取りが終わると、老婦人は一呼吸おいて静かに手を差し出す。
手が示した先には、紋の無い質素な馬車が静かに停まっていた。
「え? なんで馬車に…………」
ふと、エルザの中で何かが閃いた。
(あ、分かったわ。あの恐ろしい嫁に知られないように、外で秘密の逢瀬を楽しもうというわけね? なんて素敵……)
再び妄想に耽り、にやにやと笑い出したエルザを目にして老婦人はあからさまに顔を強張らせた。
「急に笑い出してどうしたのですか彼女は……」
「先程からずっとこうなのです。どうぞお気になさらないでください、サリバン夫人」
眼鏡の老婦人──サリバンは「分かりました……」と呟き、咳ばらいをする。
「それでは参りますよ。先方をお待たせするわけには行きません。急ぎましょう」
発言に出た”先方”という一言を、エルザはなぜか完全にレイモンドのことだと勘違いしてしまった。
愛しい人に会えると思い込んだ彼女は期待に胸をふくらませ、浮き立つような足取りで馬車へと乗り込む。
「では、奥様によろしくお伝えください」
サリバンが侍女たちに向けて放った一言は、浮かれたエルザの耳には届かなかった。
あの一言が心に届いていればエルザだって気づけたかもしれない。
向かう先にいるのが、彼女の望む相手ではないという事実に……。
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