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検品は不要
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エルザを乗せた馬車が辿り着いたのは、美しい白亜の宮殿だった。
窓越しに陽光を浴びてまばゆく輝く宮殿が見えた瞬間、エルザの心は期待と興奮で高鳴る。
(なんて素敵な宮殿……! ここにレイモンド様がいらっしゃるのね……)
都合のいい妄想で埋め尽くされたエルザの頭の中では、もうすっかり”レイモンドが自分を待っている”ということになっていた。誰一人としてそんなことは一言も言っていないというのに。
馬車は宮殿の門をくぐることなく、塀に沿って裏手へと進む。
そして鬱蒼と木が生い茂った人気のない場所に着くと、そこで止まった。
すると、静謐な空気を破るように扉が音を立てて開いた。木に隠れて目立たなかったが、どうやらそこには宮殿に入る為の扉があったようだ。
ほどなくして、壮年の男性が裾を引きずるほど長い上衣を押さえながら、急ぎ足で馬車へと駆け寄ってきた。
髪にはところどころ白いものが混じり、額には汗が浮かんでいる。その表情には焦りと安堵が入り混じっていた。
「おお、サリバン、ようやく来てくれたか…………」
その声は上ずり、息がやや荒い。彼は礼儀を忘れぬよう一礼しながらも、視線を何度も馬車と宮殿の奥とに行き来させていた。胸元に輝く紋章付きの金の留め具が、彼の身分を語っている――おそらくこの宮殿の侍従長か、それに準ずる高位の使用人だろう。
「あなた、お待たせして申し訳ございません。先方のご様子はいかがでございますか?」
男性の姿を確認したサリバンが急いで馬車から降りた。
急いでいたとしても粗雑な所作など決して見せず、優雅に、かつ俊敏に降りる様にエルザは驚いて目を見開く。
「ああ、大使殿のご機嫌はかなりよろしくない……。一刻も早く献上品を渡さねば。すぐに検品作業に入るので、品物をこちらへ」
「その必要はございません。一切の危険物を所持していないと一目で分かるよう、奥様がご配慮くださいました。大使様にもそのようにお伝えし、そのまま献上品をお渡しください」
「検品の過程を省けと? うーむ……ベロア家の姫君がそうおっしゃるのなら……」
わずかに訝しむ様子を見せたものの、男性は「分かった。その通りにする」と口にし、サリバンの案を受け入れた。
「それではすぐにでも献上品をお届けにあがります」
「ああ、儂は先に行って大使殿にその旨を伝えてくる」
そう言って男性は急いで扉の先へと走って行く。
それを見届けたサリバンは馬車に座るエルザの手を取り、そっと馬車から導き出した。
まるで傷をつけてはいけない貴重な品を扱うかのように。
エルザは「ついてきなさい」とサリバンに手を取られるまま足を進めた。
扉を通り抜けると、外の陽光とは打って変わって宮殿の内部は静かな薄明かりに包まれている。
やがて、長い回廊の先に両脇に衛兵が立つ一対の扉が現れた。それは他のどの扉よりも大きく、どの部屋よりも重要であることを、否応なく伝えてくるものだった。深紅の漆に金の装飾が施されたその扉は、まるで物語の入口のように重々しく佇んでいた。
扉の前で足を止めたサリバンに衛兵が背筋を正して敬礼する。見れば傍に先程の男性が息を切らして立っていた。
「サリバン、先方には伝えておいた。粋な趣向だと喜んでおったぞ」
「それはようございました」
彼女は男性に一礼し、エルザへと振り返ると小声で囁いた。
「こちらに貴女を待っている方がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」
その言葉を聞いた瞬間、衛兵の顔にどこか緊迫した空気が漂い始める。
だが、エルザの顔にはこの場にそぐわない高揚感が浮かんでいた。
(……ようやく、レイモンド様と結ばれるのね……。ここまで長かったわ……)
エルザの脳裏に、レイモンドと出会ったあの瞬間の情景が鮮やかによみがえった。
煌びやかなシャンデリアの下、まるでお伽噺から抜け出てきたように美しい彼との出会い。
エルザの人生であれほど心躍る瞬間は二度と訪れないと思うほどの素敵な思い出。
緊張と高揚に震える足を前へ運び、衛兵が静かに開いた扉の奥へと進んでいく。
足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。そこは、細部に至るまで贅を尽くしたまばゆいばかりの部屋だった。
天井は目も眩むほど高く、アーチを描く梁には金の装飾が絡まり、神話の物語を描いた天井画が広がっている。
中央に吊された巨大なシャンデリアは、無数の水晶が光を乱反射させ、室内にまるで星のような輝きを撒き散らしていた。床には繊細な刺繍が施された絨毯が敷かれ、深紅と金の模様がまるで生きているかのように揺れている。
かすかに甘い香が鼻をくすぐり、エルザはうっとりとした顔で「なんて素敵なの……」と呟いた。
「ほう、そんなにこの部屋が気に入ったか?」
どこからか男の声が響き、エルザはぱっと表情を輝かせ、声のする方へと視線を向けた。
「レイモンド様! ………………え?」
視界の先にいるのは、愛しい想い人とは似ても似つかない中年の男が佇んでいた。
「え……誰? レイモンド様は……?」
扉の先にいたのが、会いたくてたまらなかった愛する男ではなかったことにエルザは困惑した。
男はそんなエルザの困惑をにやにやと興味深そうに眺め、おもむろに近づき乱暴にローブを剥いだ。
「きゃっ……! ちょっと、何するのよ!?」
「ほお……これはこれは……。成程、『検品は不要』とはこういうことか……」
舌なめずりをしながら、ねっとりとした視線をエルザの全身に這わせる男。
その気味悪さに彼女は思わずゾッとし、鳥肌が立った。
「素晴らしい……! 実に私好みだ。退屈な国だと思ったが、こんな素晴らしい”献上品”を寄越してくるとはな。……気に入ったぞ、こちらへ来い」
「は? なに……ちょっと、引っ張らないでよ!」
エルザは抵抗したが、成す術もなく男に手を引かれていった。
その後、部屋に甲高い悲鳴が響くも、外にいる衛兵たちは顔色ひとつ変えず扉を守っていた……。
窓越しに陽光を浴びてまばゆく輝く宮殿が見えた瞬間、エルザの心は期待と興奮で高鳴る。
(なんて素敵な宮殿……! ここにレイモンド様がいらっしゃるのね……)
都合のいい妄想で埋め尽くされたエルザの頭の中では、もうすっかり”レイモンドが自分を待っている”ということになっていた。誰一人としてそんなことは一言も言っていないというのに。
馬車は宮殿の門をくぐることなく、塀に沿って裏手へと進む。
そして鬱蒼と木が生い茂った人気のない場所に着くと、そこで止まった。
すると、静謐な空気を破るように扉が音を立てて開いた。木に隠れて目立たなかったが、どうやらそこには宮殿に入る為の扉があったようだ。
ほどなくして、壮年の男性が裾を引きずるほど長い上衣を押さえながら、急ぎ足で馬車へと駆け寄ってきた。
髪にはところどころ白いものが混じり、額には汗が浮かんでいる。その表情には焦りと安堵が入り混じっていた。
「おお、サリバン、ようやく来てくれたか…………」
その声は上ずり、息がやや荒い。彼は礼儀を忘れぬよう一礼しながらも、視線を何度も馬車と宮殿の奥とに行き来させていた。胸元に輝く紋章付きの金の留め具が、彼の身分を語っている――おそらくこの宮殿の侍従長か、それに準ずる高位の使用人だろう。
「あなた、お待たせして申し訳ございません。先方のご様子はいかがでございますか?」
男性の姿を確認したサリバンが急いで馬車から降りた。
急いでいたとしても粗雑な所作など決して見せず、優雅に、かつ俊敏に降りる様にエルザは驚いて目を見開く。
「ああ、大使殿のご機嫌はかなりよろしくない……。一刻も早く献上品を渡さねば。すぐに検品作業に入るので、品物をこちらへ」
「その必要はございません。一切の危険物を所持していないと一目で分かるよう、奥様がご配慮くださいました。大使様にもそのようにお伝えし、そのまま献上品をお渡しください」
「検品の過程を省けと? うーむ……ベロア家の姫君がそうおっしゃるのなら……」
わずかに訝しむ様子を見せたものの、男性は「分かった。その通りにする」と口にし、サリバンの案を受け入れた。
「それではすぐにでも献上品をお届けにあがります」
「ああ、儂は先に行って大使殿にその旨を伝えてくる」
そう言って男性は急いで扉の先へと走って行く。
それを見届けたサリバンは馬車に座るエルザの手を取り、そっと馬車から導き出した。
まるで傷をつけてはいけない貴重な品を扱うかのように。
エルザは「ついてきなさい」とサリバンに手を取られるまま足を進めた。
扉を通り抜けると、外の陽光とは打って変わって宮殿の内部は静かな薄明かりに包まれている。
やがて、長い回廊の先に両脇に衛兵が立つ一対の扉が現れた。それは他のどの扉よりも大きく、どの部屋よりも重要であることを、否応なく伝えてくるものだった。深紅の漆に金の装飾が施されたその扉は、まるで物語の入口のように重々しく佇んでいた。
扉の前で足を止めたサリバンに衛兵が背筋を正して敬礼する。見れば傍に先程の男性が息を切らして立っていた。
「サリバン、先方には伝えておいた。粋な趣向だと喜んでおったぞ」
「それはようございました」
彼女は男性に一礼し、エルザへと振り返ると小声で囁いた。
「こちらに貴女を待っている方がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」
その言葉を聞いた瞬間、衛兵の顔にどこか緊迫した空気が漂い始める。
だが、エルザの顔にはこの場にそぐわない高揚感が浮かんでいた。
(……ようやく、レイモンド様と結ばれるのね……。ここまで長かったわ……)
エルザの脳裏に、レイモンドと出会ったあの瞬間の情景が鮮やかによみがえった。
煌びやかなシャンデリアの下、まるでお伽噺から抜け出てきたように美しい彼との出会い。
エルザの人生であれほど心躍る瞬間は二度と訪れないと思うほどの素敵な思い出。
緊張と高揚に震える足を前へ運び、衛兵が静かに開いた扉の奥へと進んでいく。
足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。そこは、細部に至るまで贅を尽くしたまばゆいばかりの部屋だった。
天井は目も眩むほど高く、アーチを描く梁には金の装飾が絡まり、神話の物語を描いた天井画が広がっている。
中央に吊された巨大なシャンデリアは、無数の水晶が光を乱反射させ、室内にまるで星のような輝きを撒き散らしていた。床には繊細な刺繍が施された絨毯が敷かれ、深紅と金の模様がまるで生きているかのように揺れている。
かすかに甘い香が鼻をくすぐり、エルザはうっとりとした顔で「なんて素敵なの……」と呟いた。
「ほう、そんなにこの部屋が気に入ったか?」
どこからか男の声が響き、エルザはぱっと表情を輝かせ、声のする方へと視線を向けた。
「レイモンド様! ………………え?」
視界の先にいるのは、愛しい想い人とは似ても似つかない中年の男が佇んでいた。
「え……誰? レイモンド様は……?」
扉の先にいたのが、会いたくてたまらなかった愛する男ではなかったことにエルザは困惑した。
男はそんなエルザの困惑をにやにやと興味深そうに眺め、おもむろに近づき乱暴にローブを剥いだ。
「きゃっ……! ちょっと、何するのよ!?」
「ほお……これはこれは……。成程、『検品は不要』とはこういうことか……」
舌なめずりをしながら、ねっとりとした視線をエルザの全身に這わせる男。
その気味悪さに彼女は思わずゾッとし、鳥肌が立った。
「素晴らしい……! 実に私好みだ。退屈な国だと思ったが、こんな素晴らしい”献上品”を寄越してくるとはな。……気に入ったぞ、こちらへ来い」
「は? なに……ちょっと、引っ張らないでよ!」
エルザは抵抗したが、成す術もなく男に手を引かれていった。
その後、部屋に甲高い悲鳴が響くも、外にいる衛兵たちは顔色ひとつ変えず扉を守っていた……。
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