どうして許されると思ったの?

わらびもち

文字の大きさ
126 / 136

検品は不要

しおりを挟む
 エルザを乗せた馬車が辿り着いたのは、美しい白亜の宮殿だった。
 窓越しに陽光を浴びてまばゆく輝く宮殿が見えた瞬間、エルザの心は期待と興奮で高鳴る。

(なんて素敵な宮殿……! ここにレイモンド様がいらっしゃるのね……)

 都合のいい妄想で埋め尽くされたエルザの頭の中では、もうすっかり”レイモンドが自分を待っている”ということになっていた。誰一人としてそんなことは一言も言っていないというのに。

 馬車は宮殿の門をくぐることなく、塀に沿って裏手へと進む。
 そして鬱蒼と木が生い茂った人気のない場所に着くと、そこで止まった。

 すると、静謐な空気を破るように扉が音を立てて開いた。木に隠れて目立たなかったが、どうやらそこには宮殿に入る為の扉があったようだ。
 ほどなくして、壮年の男性が裾を引きずるほど長い上衣を押さえながら、急ぎ足で馬車へと駆け寄ってきた。
 髪にはところどころ白いものが混じり、額には汗が浮かんでいる。その表情には焦りと安堵が入り混じっていた。

「おお、サリバン、ようやく来てくれたか…………」

 その声は上ずり、息がやや荒い。彼は礼儀を忘れぬよう一礼しながらも、視線を何度も馬車と宮殿の奥とに行き来させていた。胸元に輝く紋章付きの金の留め具が、彼の身分を語っている――おそらくこの宮殿の侍従長か、それに準ずる高位の使用人だろう。

、お待たせして申し訳ございません。先方のご様子はいかがでございますか?」

 男性の姿を確認したサリバンが急いで馬車から降りた。
 急いでいたとしても粗雑な所作など決して見せず、優雅に、かつ俊敏に降りる様にエルザは驚いて目を見開く。

「ああ、大使殿のご機嫌はかなりよろしくない……。一刻も早くを渡さねば。すぐにに入るので、品物をこちらへ」

「その必要はございません。一切の危険物を所持していないとよう、奥様がご配慮くださいました。大使様にもそのようにお伝えし、そのまま献上品をお渡しください」

「検品の過程を省けと? うーむ……ベロア家の姫君がそうおっしゃるのなら……」

 わずかに訝しむ様子を見せたものの、男性は「分かった。その通りにする」と口にし、サリバンの案を受け入れた。

「それではすぐにでも献上品をお届けにあがります」

「ああ、儂は先に行って大使殿にその旨を伝えてくる」

 そう言って男性は急いで扉の先へと走って行く。
 それを見届けたサリバンは馬車に座るエルザの手を取り、そっと馬車から導き出した。
 まるで傷をつけてはいけない貴重な品を扱うかのように。

 エルザは「ついてきなさい」とサリバンに手を取られるまま足を進めた。
 扉を通り抜けると、外の陽光とは打って変わって宮殿の内部は静かな薄明かりに包まれている。
 やがて、長い回廊の先に両脇に衛兵が立つ一対の扉が現れた。それは他のどの扉よりも大きく、どの部屋よりも重要であることを、否応なく伝えてくるものだった。深紅の漆に金の装飾が施されたその扉は、まるで物語の入口のように重々しく佇んでいた。

 扉の前で足を止めたサリバンに衛兵が背筋を正して敬礼する。見れば傍に先程の男性が息を切らして立っていた。

「サリバン、先方には伝えておいた。粋な趣向だと喜んでおったぞ」

「それはようございました」

 彼女は男性に一礼し、エルザへと振り返ると小声で囁いた。

「こちらに貴女を待っている方がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」

 その言葉を聞いた瞬間、衛兵の顔にどこか緊迫した空気が漂い始める。
 だが、エルザの顔にはこの場にそぐわない高揚感が浮かんでいた。

(……ようやく、レイモンド様と結ばれるのね……。ここまで長かったわ……)

 エルザの脳裏に、レイモンドと出会ったあの瞬間の情景が鮮やかによみがえった。
 煌びやかなシャンデリアの下、まるでお伽噺から抜け出てきたように美しい彼との出会い。
 エルザの人生であれほど心躍る瞬間は二度と訪れないと思うほどの素敵な思い出。

 緊張と高揚に震える足を前へ運び、衛兵が静かに開いた扉の奥へと進んでいく。

 足を一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。そこは、細部に至るまで贅を尽くしたまばゆいばかりの部屋だった。
 天井は目も眩むほど高く、アーチを描く梁には金の装飾が絡まり、神話の物語を描いた天井画が広がっている。
 中央に吊された巨大なシャンデリアは、無数の水晶が光を乱反射させ、室内にまるで星のような輝きを撒き散らしていた。床には繊細な刺繍が施された絨毯が敷かれ、深紅と金の模様がまるで生きているかのように揺れている。

 かすかに甘い香が鼻をくすぐり、エルザはうっとりとした顔で「なんて素敵なの……」と呟いた。

「ほう、そんなにこの部屋が気に入ったか?」

 どこからか男の声が響き、エルザはぱっと表情を輝かせ、声のする方へと視線を向けた。 

「レイモンド様! ………………え?」

 視界の先にいるのは、愛しい想い人とは似ても似つかない中年の男が佇んでいた。

「え……誰? レイモンド様は……?」

 扉の先にいたのが、会いたくてたまらなかった愛する男ではなかったことにエルザは困惑した。
 男はそんなエルザの困惑をにやにやと興味深そうに眺め、おもむろに近づき乱暴にローブを剥いだ。

「きゃっ……! ちょっと、何するのよ!?」

「ほお……これはこれは……。成程、『検品は不要』とはこういうことか……」

 舌なめずりをしながら、ねっとりとした視線をエルザの全身に這わせる男。
 その気味悪さに彼女は思わずゾッとし、鳥肌が立った。

「素晴らしい……! 実に私好みだ。退屈な国だと思ったが、こんな素晴らしい”献上品”を寄越してくるとはな。……気に入ったぞ、こちらへ来い」

「は? なに……ちょっと、引っ張らないでよ!」

 エルザは抵抗したが、成す術もなく男に手を引かれていった。
 その後、部屋に甲高い悲鳴が響くも、外にいる衛兵たちは顔色ひとつ変えず扉を守っていた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。

和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。 「次期当主はエリザベスにしようと思う」 父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。 リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。 「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」 破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?  婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

幼馴染の婚約者を馬鹿にした勘違い女の末路

今川幸乃
恋愛
ローラ・ケレットは幼馴染のクレアとパーティーに参加していた。 すると突然、厄介令嬢として名高いジュリーに絡まれ、ひたすら金持ち自慢をされる。 ローラは黙って堪えていたが、純粋なクレアはついぽろっとジュリーのドレスにケチをつけてしまう。 それを聞いたローラは顔を真っ赤にし、今度はクレアの婚約者を馬鹿にし始める。 そしてジュリー自身は貴公子と名高いアイザックという男と結ばれていると自慢を始めるが、騒ぎを聞きつけたアイザック本人が現れ…… ※短い……はず

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

侯爵家に不要な者を追い出した後のこと

mios
恋愛
「さあ、侯爵家に関係のない方は出て行ってくださる?」 父の死後、すぐに私は後妻とその娘を追い出した。

無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋
ファンタジー
 富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。  もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、  本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。  ――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。  その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、  不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。  十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。  美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、  いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。  これは、  見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、  無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 エール📣いいね❤️励みになります!

処理中です...