どうして許されると思ったの?

わらびもち

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帝国の大使への献上品

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 宮殿内にある一室で、サリバンはバルコニーから遠く霞む中庭を眺めていた。

「いや、助かったよ、サリバン……。大使殿は上機嫌だ」

 張り詰めていたものがようやく解けたのか、男は安堵の吐息をもらしながら、サリバンへと歩み寄った。
 
「あなた……、例の……帝国の大使は、お気に召したということ?」

 サリバンの声は柔らかくも、言葉の奥には微かな不安が滲んでいた。
 あれほど冷静な彼女がここまで動揺するのは、それだけの理由がある。

「ああ、それはもう……。これまでの不機嫌な表情から一変し、満面の笑みでいらしたよ」

「ようございました。それならば、帝国との条約締結も叶いましょうか?」

 力強く「もちろんだ」と頷く彼は先程宮殿の裏門にてサリバンを出迎えた男。彼はサリバンの夫で、王宮の侍従長を務めている。

「大使殿はご機嫌で『すぐにでも条約を結ぼうか』と言ってくださった。あの”献上品”はそれほど彼の方の御心を動かしたようだ。特に、あの趣向は大使殿の興味を惹いたご様子。あれほどの品を探してくるとは……流石はベロア侯爵閣下のご息女だ」

 実は今、帝国からの大使が、とある条約の締結にふさわしい国かどうかを見定めるためにこの国に来ていた。
 そしてふさわしいならばその場で条約を締結するだけの裁量を大使は一任されていたのだ。
 どうにかして好印象を与えようと、国王をはじめとする要人たちは、大使について事前に情報を集め、完璧なもてなしを整えていた。……はずだった。

「大使殿が大の女好きで、毎日のように女性と一夜を共にするほど性欲が旺盛と事前の情報で知ってはいた。だから、容姿端麗な女性たちを集めて世話係に据えていた。もし、見初められでもしたら妻の一人として迎えられることもある。帝国の皇族は一夫多妻で、妻を何人でも娶ることができるからな。だから女性たちも熱心に自己を印象づけようと努めたのだが……残念ながら誰ひとりとして大使の目に留まることはなかった」

 彼は声を低くひそめて話を続けた。

「あれだけの数の美女を一人も気に入らないというのはおかしい、と大臣も私達も頭を抱えた。もしや情報が間違っていたのかと疑ったのだが、そうじゃない。間違ってはいなかったが、んだ……」

「足りなかった、とは?」

「大使好みの女性の特徴、だよ。彼の方の好みは非常に細かいもので、それに該当する女性は集めた美女の中には存在しなかった。しかも、すぐに探せるような条件ではない。もうすっかり困り果てていたところに、更に最悪の事態が起きた。大使殿と国王陛下が衝突寸前になってしまってんだ……」

「まあ……! 国王陛下が? あの常に落ち着いていらっしゃる陛下が……いったい何があったのですか?」

「……王妃様絡みだ。国王陛下は常に冷静で滅多に感情を乱すことはないのだが……王妃様のこととなると、まるで別人のように感情をあらわになさる」

「王妃様、ですか……?」

 途端に顔を青くするサリバンに対して夫は「違う、王妃殿下が直接何かをしたわけではない」と否定した。

「そうですか……。わたくしはてっきり、王妃様がまた何かをしたのかと……」

「いやいや、今回は違う。王妃様は何もしていない。むしろ勝手に巻き込まれたようなものだ。実は、大使殿が王妃様を見初めてしまってな、顔を合わせる度に口説こうとしていたのだよ。どうやら、彼の好みの女性像に王妃様がぴったり当てはまっていたらしい……」

「王妃様が?」

「ああ、そうだ。『妖艶で、野性的かつ奔放でなく、単純で扱いやすく、美しい貴族の女。年の頃は30を超えている方が好ましいが、男慣れはしていない方がいい』というのが大使殿の理想の女性像だ」

「なんて細かい……。その条件に王妃様が……うん、まあ……当てはまっていますかね……?」

「王妃様と付き合いの長いお前ですら訝しむほどに、大使が提示した条件には、どうにも個人的な主観が色濃くにじんでいるように思える。それはそうと、欲求不満状態の大使殿の王妃様を見る目はもう……。いつ過ちが起きるかとヒヤヒヤしていたよ。この状況を打開するには、一刻も早く大使殿の理想にかなう女性を見つけなければならない——そんなふうに焦っていたところに届いたベロア家の姫君からの一報は、まさに天の助けだった……」

 深い安堵の色を湛えた夫の顔を見て、サリバンは静かに微笑んだ。

「あなた、もう姫君ではありませんよ。システィーナお嬢様はフレン伯爵家の夫人となったのですから」

「おお、そうだったな。あのような聡明な女性を妻に迎えるとは、フレン伯爵はなんと果報者なのか。……それにしても、フレン伯爵夫人はどこからあのように条件に当てはまる女性を見つけてきたのだろうか……?」

「あの女性は奥様に牙をむいたことが原因で夫に離縁された元子爵夫人ですよ」

「なんと! ベロア家の姫君に牙をむくなんて、どこの阿呆だ? この国にそんな命知らずがいたとはな」

「奥様の嫁ぎ先には、意外とそういう方がいらっしゃいましたよ。土地柄なのですかね……。既に全員排除されましたけどね」

「ふーむ……フレン伯爵夫人もまた、難儀なことになっておられる。なにはともあれ助かった。夫人には、くれぐれも丁重に御礼を申し上げておいてくれ。それと、念のため確認しておくが……あの女性の処遇は、こちらで決めて構わないのだな?」

「ええ、奥様は構わないとおっしゃっておりました。処遇が決定次第、速やかにご連絡くださいますようお願いいたします」

 サリバンは夫に一礼してから、フレン伯爵邸へ戻るため、その場を立ち去った。
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