茶番には付き合っていられません

わらびもち

文字の大きさ
18 / 87

サイズの合わないドレスを贈ることは……

しおりを挟む
 夜になり、国王陛下と大公殿下と共に晩餐会の会場で皇太子殿下を待った。
 主催者側なので招待客の殿下よりも早めの時間に会場入りしていたところ、国王陛下より話しかけられた。

「エルリアン嬢、其方には本当に苦労をかける。多大な迷惑をかけたというのに力を貸してくれたこと、誠に感謝に絶えぬ。本当にありがとう……」

「いえ、陛下にそのような言葉をかけて頂くなど畏れ多いことにございます。わたくしは当然のことをしたまでです」

 あくまでも“婚約者”ではなく“臣下”として働いている、という意味が伝わったのか陛下はどことなく寂しそうに「そうか……」と呟いた。

 当たり前だよ! お前の息子にどれだけ迷惑かけられていると思ってんだ!?

「と、ところで……今日は紫色のドレスを着てこなかったのか……?」

 紫色のドレス、という言葉を陛下が発した途端私はこめかみがピクピク動いた。
 予想はしていたけどやっぱり空気読めないジジイだな。

「紫色のドレス、ですか……? それはもしや……先日当家に王太子殿下名義で送られてきたドレスのことでしょうか?」

「おお! それだ! 余が倅に命じて贈らせたものだが……気に入ってもらえたかの?」

 お前が命じたんかよ! ああ~なるほど、あいつ……パパに言われて仕方なく贈ったのか。
 どういう魂胆があってあんな物を送りつけてきたのかと思いきや、心底くだらない理由だったわ。

 というか、それをわざわざ私に言うなよ。息子の意志で贈ったことにしておいてやりなさいって。
 本当に気が利かないな……。

「兄上……口を挟んで申し訳ないが、まさかエルリアン嬢に王家の色のドレスを贈ったのか……?」

 呆れた声で大公殿下が陛下へと問いかける。
 その顔には「正気か?」と書いてあるかのようだった。

「ああ、エルリアン嬢を王家の一員として認める証としてな。息子に命じて贈らせた。王家の男は代々妃に紫のドレスを贈る習わしがあるだろう? お前も妻に贈ったではないか」

「…………いや、私が尋ねているのはそういうことじゃない。エルリアン嬢は近々正式に婚約を破棄する予定だとお忘れか?」

 大公殿下のごもっともな突っ込みに陛下は「そうだった……!」と言わんばかりに驚いていた。え? この方の頭大丈夫? 記憶障害でも起こしているの?

「もうすぐ王族の婚約者ではなくなるというのに……王家の一員として認めるとは矛盾していないか? そんな物を贈られてもエルリアン嬢も困るだろう」
 
 困るし迷惑極まりないよ! こちらが言えないことをよく言ってくれた!

「い、いや……だが、今はまだエルリアン嬢は王太子の婚約者である。ならば王家の色のドレスを身に着けても何らおかしくあるまい?」

「いや、おかしいだろう。婚約破棄を予定している相手に贈るものではない」

 キッパリと言い切る大公殿下に拍手喝采をしたくなった。
 国王も王太子も非常識だけど、この人だけは常識人で助かる。

「そうか……よかれと思ったのだが、迷惑だったろうか……?」

 すっかりしょぼくれた陛下が私にそう尋ねるも、国王相手に「迷惑です」とは流石に言えない。本当は言ってやりたくてたまらないが。

「いえ、その……やはり今更というのはございますね。それに恐れながらあのドレスはどうもわたくしのサイズに合わせて作られたものではないようですし……」

「なに? サイズが合わないだと?」

「ええ、どうやらわたくしとは全く体型の異なる方のサイズに合わせたようで、とてもじゃありませんが袖すら通せないのです。なので、あのドレスを着こなすのは難しいかと……」

 まさか息子がサイズの合わないドレスを贈るとは思っていなかったのだろう。
 陛下の顔はショックで青褪めた後、怒りで瞬時に赤くなった。

 まるでリトマス紙みたいだな~と場違いな事を考えてしまったが、陛下がぶるぶる震えだしたのを目にしてハッと我に返った。

「婚約者のドレスのサイズを間違えただと……? アレクセイはであったか…………」

 ここまで怒ることかな? というくらい陛下は怒りに震えた。
 こんな事よりもミシェルを蔑ろにしていたこととか、ヘレンをこれみよがしに傍に置き続けたことにもっと怒ってほしかったのだけど……。

「女性にそのような恥をかかせるなどふざけている……。アレクセイはどこまでエルリアン嬢を馬鹿にする気なんだ……!」

 おや? 大公殿下まで怒りに身を震わせているのだけど……?
 
 ああ~……そういえば、この世界で婚約者に贈るドレスのサイズを間違えるって切腹ものの恥になるんだった。切腹という行為はないけれど、それこそこれが原因で男有責の婚約破棄できるほどの大事だったよ。婚約者に贈り物すらされなかったからそんな常識すっかり忘れていた。

 あの王太子はどんどん恥を上塗りしていくな……。もう恥が服着て歩いていると言って過言はないよ。

「そういうわけですのでお返ししてもよろしいですか? 着ることもできないドレスを持っていても仕方ないので……」

 丁度いいからここであれを返却する話をつけておこう。
 サイズが違うドレスを持っていても無駄だし、色が色だから侍女に下賜することも出来やしない。

「……ああ、勿論だ。とんでもない恥をかかせて申し訳なかった……」

 陛下がすっかりしょぼくれてしまった。
 こちらとしてはあの阿呆に恥をかかされるなんて今更だし、別にどうとも思っていない。 
 そんなことよりも罵倒したこととかヘレンと見せつけるようにイチャコラしたことの方が許せないのだけど……ここでそれを言ってもな。

 いやでも……皇太子殿下がいらっしゃるまでまだ時間があるし、この機会に陛下に直接思いの丈をぶちまけてしまおうかな?

 思えば話し合いは父に任せていたから陛下に直接何かを言うのはこれが初めてだ。
 
 あの阿呆の製造元父親である陛下に言ってやりたいことは三桁を超えるし……いい機会だから言ってみるか。今の状況だと私の方が優位に立っているようなものだし、このどさくさに紛れてあの阿呆の文句を一言二言告げても不敬にはならない気がする。

「陛下、この機に申し上げたいことが…………」

 そう言いかけた時だった。いきなり会場の扉がバンと音を立てて乱暴に開かれたのは。

「ミシェル! 貴様……を返せ!!」

 場違いな怒号にその場にいた全員が扉の方に目を遣る。
 
 そこにいたのはその場にいてはいけない人物──軟禁中の王太子アレクセイだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...