フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

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兄の説教

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「お前の行動は意味不明で迷惑でしかない。姫様との婚約が嫌だったのなら父上にそう言えばよかっただろう? それすらせずに勝手に暴走して家にも姫様に迷惑をかけて……この屑野郎が!」

 兄の怒声にセレスタンは恐怖で体を縮こませる。
 デリックはそんな弟をつまらなそうに眺め、深く息を吐いた。

「お前が何をしたかったのか全く分からないが、望み通り。お前の後釜にはルイが就く。……最初からこうしていれば誰にも迷惑がかからなかったのに。お前が救いがたい愚か者のせいで多方面に被害を被ったんだぞ……」

「は? 婚約が無くなった……?」

 兄が何を言っているのか、セレスタンは一瞬理解が出来なかった。

 婚約が無くなった?

 そんな馬鹿な……。だって小説ではセレスタンが何をしても婚約が無くなることはなかったはずなのに……。

「なんで婚約が無くなるんだ!? それにどうしてここでルイの名が出てくる?」

 ルイはセレスタンの父親の年の離れた異母弟。セレスタンにとっては年下の叔父にあたる。

 祖父の妾の子であるルイをセレスタンは昔から見下し蔑んでいた。
 そんな彼の名が出てきたのでセレスタンはひどく取り乱し、兄に詰め寄る。

「はあ? 逆にどうして婚約が無くならないと思うんだ? 王宮で姫様の侍女と不貞を働くような不届き者を婚約者にしておく理由はないだろう? それにルイはお祖父様の血を引く子息だ。ヨーク公爵家の子息が姫様の婚約者に選ばれるのだから、お前の代わりにルイが選ばれて当然だろう?」

「そんな……ルイなんて下賤な妾が産んだ卑しい身分の子じゃないか!」

「ルイとルイの母君をそうやって愚弄するのは亡くなった婆様とお前くらいだよ。妾といえどもルイの母君は生粋の貴族令嬢だ。両親ともに貴族であれば姫様の婿として不足はない。あとは姫様がルイを気に入るかどうかだが……まあ大丈夫だろう」

 ルイはお前と違っていい男だからな、とデリックが馬鹿にしたように吐き捨てる。

 セレスタンは困惑する頭で兄の嘲笑した表情を唖然と見つめた。

「そんな馬鹿な……。フランチェスカが私との婚約を解消するはずが……」

「お前みたいな屑野郎との婚約なんて解消するに決まっているじゃないか。継続する理由なんて一つもないだろう?」

「でも、フランチェスカは私を愛しているはずで……」

「お前を? 他の女と平気で乳繰り合うような恥知らずな男を? 何でだ? 何があっても愛してもらえるような価値がお前にあるのか?」

 辛辣な兄の言葉にセレスタンは絶句した。

 だって小説のフランチェスカは何があってもセレスタンを愛していた。
 セレスタンがアンヌマリーと愛し合っていても、彼の妻は自分だと、決して別れようとはしなかった。
 
 フランチェスカは盲目的なまでにセレスタンを愛していたのだ。

 なのに何故そんな簡単に婚約を解消するなんて信じられない、信じたくない。

 セレスタンはまだ現実を直視できなかった。

「それでお前の今後だが、炭鉱夫か船場での荷下ろし作業か、どちらがいい?」

「は……? 私の今後? 炭鉱夫か船場? 何を言っているんだ……?」

 どうしていきなりそんな話になるのか、と訝しむセレスタンにデリックは残酷な現実を突きつけた。

を、このまま家に置いておくはずないだろう? 常識で考えろよ。身一つで追い出してやってもいいが、それだと可哀想だからとこうして就職先を斡旋してやっているんだ。何の技術も取り柄もないお前が出来る仕事といったらその二つくらいだからな」

「え? え? え……?」

 公爵家の自分が炭鉱夫か船場の荷下ろしを?

 高貴な自分がそんな下賤の者がやるような仕事を?

 困惑するセレスタンは縋るような目で兄を見たが、兄はそれに蔑んだ視線を返す。

「自業自得だ。王族の姫君を侮辱しておいて? 私としてはお前みたいな何の役にも立たない屑は毒で始末してしまっても構わないのだが、お優しい父上はご自分の息子を手にかけることなど出来ないそうだ。感謝することだな」

「ど、どく……? そんな、兄上……なんで……」

「なんで、だと? むしろそれは私の方が聞きたい。何であんなに聡明でお美しい姫君を蔑ろにして、簡単に股を開くような阿婆擦れを選んだ? 姫様を大切にしてさえいれば、誰もが羨むような優雅な生活を送れたのだぞ? それすら捨てて、阿婆擦れを選ぶ理由は何だ?」

「阿婆擦れだなんて……アンはそんな女じゃない! それに私はフランチェスカと別れるつもりはなかった!」

「は? ならお前は結婚後も阿婆擦れと関係を続けるつもりだったのか? 汚い女と乳繰り合った汚い体で姫様に触れるつもりだったと? ……悍ましい、お前みたいな下劣な屑と同じ血が流れていると思うと虫唾が走る」

 兄からの凍り付くような軽蔑の視線に耐えきれず、セレスタンは目を逸らして俯いた。
 その間も頭の中は忙しなく疑問が沸き上がる。

 どうしてフランチェスカとの婚約が解消になった?

 どうして自分が家を出て炭鉱夫や荷下ろしの仕事をしなければならない?

 アンヌマリーと自分の未来はどうなる?

 こんな……こんなはずじゃなかったのに……。
 
 フランチェスカの夫として豪邸で優雅に暮らし、アンヌマリーと変わらず愛を育み、彼女との子を跡継ぎに据えるつもりだった。

 だと思っていた。

 それがなのだと……。

「まあ、まだ時間はあるから炭鉱夫になるか荷下ろしの職に就くかはゆっくり決めるといい」

「そんな……! どちらも嫌だ!」

「嫌なら身一つで放り出すしかないが? それとも毒杯でも仰ぐか?」

「それも嫌だ……! お願いだ……フランチェスカと話をさせてくれ!」

「話をしてどうする? お前が不貞を働いた事実は消えないだろう?」

「それでも! フランチェスカは私を愛しているはずなんだ! だからやり直そうと……」

「あー無理無理。お前みたいな馬鹿をこれ以上姫様と関わらせるなんて家の恥だ。お前の代わりはルイが立派に務めてくれるだろうから、安心して肉体労働に励むといい」

「ルイのような下賤な身分の者をフランチェスカが好きになるはずない! あんな下級貴族の女が産んだ奴なんか……」

「政略結婚なのだから、別に相手を好きになる必要はないぞ? 互いが互いを尊重しあえばそれで充分だ。だがお前は姫様を尊重するどころか蔑ろにしていたじゃないか? 産まれ云々以前にお前ほど相応しくない人間はいないだろうよ」

 何を言っても兄に言い返され、セレスタンは困り果てた。

 自分はこの世界の主人公なのに。この世界は自分とアンヌマリーを中心に回っていたはずなのに……。

「何で……何で、どうしてこんなことに……」

「何で? 自業自得だろう。むしろこうなることを想像できないお前の頭が”どうして”だ。少し考えれば分かることじゃないか? 王族を侮辱しておいてただで済むわけないだろう」

「それは……そうだが、でも……」

 でも自分は主人公だ。自分がすることは世界に許されているはず。

「今更お前が何を言おうが結果は変わらん。それにいまだに謝罪一つ出ないことに心底驚くよ。結局自分がしたことを悪いとも思っていないんだろう? この家を出て、苦しい生活でもすれば反省くらいはするかもな。したところで何も変わりはしないが……」

 話は終わりだとデリックはさっさと部屋から出て行ってしまった。

 残されたセレスタンは茫然と床に座り込む。

「嘘だ……なんで、こんなことに……」

 セレスタンは現実を受け入れられず、虚ろな目でただ独り言を呟き続ける。

 全て自分が蒔いた種だ。だがそれを理解することが出来ない。

 彼はまだ、この世界が”小説の世界”で自分が”主人公”だと思っているのだから───。
 
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