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ジェーン④
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「すげえな、あんた。あのセレスタン様と話せるなんざ、あんたくらいだぜ?」
セレスタンの部屋から出たジェーンは、扉の前で待機していた騎士にそう称賛された。
「うふふ、まあね……」
愛想笑いを浮かべながら、ジェーンは内心ウンザリしていた。
延々と”可哀想な自分”語りをするセレスタンに何度殴り掛かりそうになったことか……。
要は婚約中に浮気して逆ギレしたことが原因でこうなっているのに、何をもって自分を可哀想と言うのか全く理解できない。顔は悪くないが、性根がドブのように濁っている。
ただ恐ろしく単純で、どんなに嘘くさい話でもアッサリと信じてしまうところは扱いやすくていい。
おかげで簡単に言う事を聞いてくれそうだ。
「まあ、あんたがセレスタン様の話し相手をしてくれているおかげで、その間休憩できるから有難いよ。一日中ここに立っているのも疲れるんだよな。セレスタン様は騒いでうるさいし……」
ここの警備担当の騎士は全員やる気がない。
皆”こんな場所に配属されるなんて”という不満を抱いているし、真面目に職務に励む気もない。
だからなのか、ジェーンが部屋の中でセレスタンと話をしている間は何処かでサボるようになった。
サボっている間に逃げたらどうするのかとは全く考えず、隙あらば楽したいという連中ばかりだ。
普通ならば、もっと真面目に仕事しろと怒る案件だが、ジェーンにとってはむしろ有難い。
こんなに緩い警備なら、簡単にセレスタンを部屋から出せるから。
(でも、問題は出してからよね……)
セレスタンを部屋から脱出させたとしても、その後どうやって王女の元まで行かせるかが問題だ。
王女の住まいになんて行かせたらその場で捕縛されてもおかしくない。
どうするか……と悩むジェーンのもとに朗報が届いた。
*
「え? 王女とルイが住むためのお邸が!?」
「ちょっとジェーン、声が大きいよ!」
興奮するジェーンの口を、ヨーク公爵家の従僕の服を纏った青年が手の平で抑えた。
「あー、ごめんごめん。で、場所は何処なの?」
「ええ……そんなこと知ってどうするのさ……?」
青年はウンザリとした声を出すが、ジェーンはそんなことはお構いなしにグイグイと迫る。
「だってそこに行けばルイに会えるかもしれないでしょう? アタシあれから一度もルイに会えてないんだよ! トムはちゃんとルイにアタシが会いたいって伝えてくれてるの!?」
ジェーンの非難に”トム”と呼ばれた青年はバツが悪そうに顔を逸らす。
彼はジェーンと同じ、以前ルイが住んでいた邸に仕えていた使用人だ。ルイがヨーク公爵家へと引き取られた際に随行し、今は従僕として働いている。
「いや、無理だよ……。だってルイは公爵家の養子になったし、専属の従者だって付いたんだよ? 僕みたいな者がおいそれと話せるような存在じゃなくなったんだって。ジェーンもルイはもう雲の上の人だと思った方が……」
「馬鹿な事言わないでよ! あんたはそうでもアタシは違うの! ルイだってアタシに会えなくて寂しがっているはずよ!」
そんなはずはない、とトムは口に出さずに心の中で呟いた。
ジェーンが昔からルイのことを好きだったことは知っていたが、ルイの方は別に何とも思っていないことを知っている。完全にジェーンの片思いだ。
だが、それを口にすれば面倒なことも知っている。
それとジェーンが人の話を聞かないことも。
「あのさ、ジェーン……君はもうルイのことは諦めるべきだよ。ルイは王女様と婚約したんだしさ、他の女によそ見するはずもないんだしさ……」
あんな美人と婚約したのにお前によそ見をするはずがない、という意味をオブラートに包んだ言い方で誤魔化した。
「うるさいわね! ぐだぐだ言ってないでさっさと教えなさいよ!」
やっぱり話を聞かない。そんな自己中心的なジェーンにトムは嫌気がさした。
ジェーンの自分の思い通りにならないと気が済まない性質を、昔から嫌というほど知っている。
いくら断っても我を通し、こちらの意見など全く聞かない迷惑な幼馴染だ。
「はあ……分かったよ。場所だけ教えるから、用もないのに行ったりしないでね?」
場所だけ教える分には特に問題ないだろう。
そう思ったトムはジェーンに王女とルイが住む新居の住所を口頭で伝えた。
これが後に大問題に発展するとも知らずに───。
セレスタンの部屋から出たジェーンは、扉の前で待機していた騎士にそう称賛された。
「うふふ、まあね……」
愛想笑いを浮かべながら、ジェーンは内心ウンザリしていた。
延々と”可哀想な自分”語りをするセレスタンに何度殴り掛かりそうになったことか……。
要は婚約中に浮気して逆ギレしたことが原因でこうなっているのに、何をもって自分を可哀想と言うのか全く理解できない。顔は悪くないが、性根がドブのように濁っている。
ただ恐ろしく単純で、どんなに嘘くさい話でもアッサリと信じてしまうところは扱いやすくていい。
おかげで簡単に言う事を聞いてくれそうだ。
「まあ、あんたがセレスタン様の話し相手をしてくれているおかげで、その間休憩できるから有難いよ。一日中ここに立っているのも疲れるんだよな。セレスタン様は騒いでうるさいし……」
ここの警備担当の騎士は全員やる気がない。
皆”こんな場所に配属されるなんて”という不満を抱いているし、真面目に職務に励む気もない。
だからなのか、ジェーンが部屋の中でセレスタンと話をしている間は何処かでサボるようになった。
サボっている間に逃げたらどうするのかとは全く考えず、隙あらば楽したいという連中ばかりだ。
普通ならば、もっと真面目に仕事しろと怒る案件だが、ジェーンにとってはむしろ有難い。
こんなに緩い警備なら、簡単にセレスタンを部屋から出せるから。
(でも、問題は出してからよね……)
セレスタンを部屋から脱出させたとしても、その後どうやって王女の元まで行かせるかが問題だ。
王女の住まいになんて行かせたらその場で捕縛されてもおかしくない。
どうするか……と悩むジェーンのもとに朗報が届いた。
*
「え? 王女とルイが住むためのお邸が!?」
「ちょっとジェーン、声が大きいよ!」
興奮するジェーンの口を、ヨーク公爵家の従僕の服を纏った青年が手の平で抑えた。
「あー、ごめんごめん。で、場所は何処なの?」
「ええ……そんなこと知ってどうするのさ……?」
青年はウンザリとした声を出すが、ジェーンはそんなことはお構いなしにグイグイと迫る。
「だってそこに行けばルイに会えるかもしれないでしょう? アタシあれから一度もルイに会えてないんだよ! トムはちゃんとルイにアタシが会いたいって伝えてくれてるの!?」
ジェーンの非難に”トム”と呼ばれた青年はバツが悪そうに顔を逸らす。
彼はジェーンと同じ、以前ルイが住んでいた邸に仕えていた使用人だ。ルイがヨーク公爵家へと引き取られた際に随行し、今は従僕として働いている。
「いや、無理だよ……。だってルイは公爵家の養子になったし、専属の従者だって付いたんだよ? 僕みたいな者がおいそれと話せるような存在じゃなくなったんだって。ジェーンもルイはもう雲の上の人だと思った方が……」
「馬鹿な事言わないでよ! あんたはそうでもアタシは違うの! ルイだってアタシに会えなくて寂しがっているはずよ!」
そんなはずはない、とトムは口に出さずに心の中で呟いた。
ジェーンが昔からルイのことを好きだったことは知っていたが、ルイの方は別に何とも思っていないことを知っている。完全にジェーンの片思いだ。
だが、それを口にすれば面倒なことも知っている。
それとジェーンが人の話を聞かないことも。
「あのさ、ジェーン……君はもうルイのことは諦めるべきだよ。ルイは王女様と婚約したんだしさ、他の女によそ見するはずもないんだしさ……」
あんな美人と婚約したのにお前によそ見をするはずがない、という意味をオブラートに包んだ言い方で誤魔化した。
「うるさいわね! ぐだぐだ言ってないでさっさと教えなさいよ!」
やっぱり話を聞かない。そんな自己中心的なジェーンにトムは嫌気がさした。
ジェーンの自分の思い通りにならないと気が済まない性質を、昔から嫌というほど知っている。
いくら断っても我を通し、こちらの意見など全く聞かない迷惑な幼馴染だ。
「はあ……分かったよ。場所だけ教えるから、用もないのに行ったりしないでね?」
場所だけ教える分には特に問題ないだろう。
そう思ったトムはジェーンに王女とルイが住む新居の住所を口頭で伝えた。
これが後に大問題に発展するとも知らずに───。
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