私が貴方の花嫁? お断りします!

わらびもち

文字の大きさ
39 / 47

彼女の願い

しおりを挟む
「カロリーナさん、貴女は何かを伝える為にわたくしに会いに来たのではなくて? 泣いてばかりいないで本題を伝えてください」

「……本当に冷たい人ね。せっかくこうしてのよ? 少しくらい愚痴を聞いてほしいと思って何が悪いの」

「話せるようになった……? どういうことです?」

「あの男の干渉が治まったからよ。ほら、貴女が以前夢に現れたあいつに向かって何かを投げたでしょう? アレにはあいつの力を抑える効果があったみたい」

「投げた物って……もしかして水晶? 魔を退ける効果があると聞きましたが……本当だったのですね」

「あいつにとってはかなり効果があったみたいよ。そのおかげであいつはしばらく巣から出てこられないの。だからわたくしはこうやって貴女と話せるようになったのよ」

 どういう仕組みなのかは不明だが、あの神を自称する青年の力が弱まるとカロリーナは自由にカロラインの夢に干渉できるらしい。

「わたくしがこうして夢に干渉して会話できるのは貴女しかいないのよ!? 積もりに積もった生前の気持ちが溢れ出して涙を零してしまうのは仕方のないことだわ! 少し付き合ってくれてもいいのではなくて?」

「いや……だって長そうですし。貴女の身に何が起きたのかは散々見せられましたし、もう一度その時のことを蒸し返されましても……」

「キイイイ! なんて薄情な女なの!? いいからちょっと付き合いなさいよ!」

 随分と感情の起伏が激しい人なのだな、とカロラインは呆気にとられた。
 自分の前世の姿といっても、性格が全く違う。それに何だか怒る時の台詞や表情が自分以外の誰かに似ている。

「……分かりましたよ。先に本題を話してくれるのなら、その後愚痴に付き合ってあげます」

 彼女の自分勝手な愚痴に付き合いたくはない、というのが本音だ。
 だがこうでも言わないとカロリーナはいつまで経っても本題に入らないだろう。

「……ふん、それならいいわ。あのね、わたくし貴女に頼みたいことがあるのよ」

「頼みたいこと? それはどういった内容で?」

 先ほどとは打って変わり、急にしおらしくもじもじとし始めたカロリーナ。
 本当に感情の起伏が激しい人だな、とカロラインは呆れた目を彼女に向ける。

「……ピエール様に白い薔薇のブーケを渡してほしいの」

「え……? ピエール様って、教皇猊下に?」

「そうよ。……本当はね、結婚式の日に渡す約束だったのよ。でも……わたくしが逃げてしまったからその約束は果たされなかった。今更だけどその約束を思い出したの……」

 彼女の話によると、その昔結婚式で花嫁が手にしたブーケを初夜で花婿に渡すという風習があったそう。それによって『私は貴方のものです』と永遠の愛を示すとか。
 
 今はそんな風習聞いたこともないが、カロリーナの時代には一般的だったそうだ。

「わたくしとピエール様は幼馴染だったの。子供の頃にね、将来結婚するときに白い薔薇のブーケを渡すと彼に約束していたのよ」

「へえ、そんな約束を。昔は随分と仲が良かったのですね?」

「そうね……そうだったわ。政略で婚約を交わしたものだと思っていたけど……幼い頃は想い合っていたのよ。色々あって忘れていた約束を、最近になって思い出したの……」

 カロリーナの瞳はどこか遠くを見ているようだった。
 感傷的な場面で「普通そんな大切な約束忘れます?」と突っ込んではいけない、とカロラインはその言葉を飲み込む。

「貴女を通じてピエール様がわたくしを想ってくれていたことが分かったのよ。わたくし……ずっとあの方に愛されていないとばかり思っていた。だけど、ちゃんと愛されていたのね……」

「ええ、ご自分の行いを悔いておられました。猊下は今でもずっと貴女を想っているように見えます。……カロリーナさん、当時はどうして浮気について猊下と話し合わなかったのですか?」

 話し合っていたのなら、あんな結末は迎えなかっただろう。
 それにカロラインもあいつに狙われずに済んだはず。

「何でかしら……。きっと、勝手に思い込んでいたのよ。ピエール様はどうせわたくしの話なんて聞いてくれないって……。でもそれはわたくしの勝手な思い込みに過ぎないわ。あの方がわたくしの話を聞いてくれなかった事なんてなかったのに……」

 確かにどうも目の前の女性は“こうだ”と思い込んだらそのまま突き進むような性格をしている。思い込みが激しく周囲の意見を聞かないように思えてならない。

「今更だけど……あの時の約束を果たしたいと思ったの。もしかしたらあの方は忘れているかもしれないけど……」

「多分、覚えているのではないでしょうか? 猊下は記憶力が優れているように見受けられましたし」

 教皇は昔のことを細部に渡って記憶していたように感じた。
 きっと元婚約者との約束も覚えているはず、とカロラインは彼女の頼みを聞くことにした。

「白い薔薇のブーケ、猊下にお会いした際に渡しておきます。貴女からの贈り物だと告げて」

「……っ! ありがとう……」

 なんだかんだ言ってカロリーナは教皇を愛していたのかもしれない。
 あの男さえ現れなければ、彼女はそのまま婚約者と結婚し、紆余曲折の末に和解し、幸福を得たかもしれない。

 人生ってままならないな、とカロラインがしみじみ感じていたところでカロリーナが口を開いた。

「じゃあそろそろ、わたくしの愚痴を聞いてもらおうかしら? あの獣のことで言いたいことが沢山あったのよ! ずーっと誰かに聞いてもらいたかったところで貴女と会話できるようになったのだもの。全部聞いてもらうわよ!」

 せっかく感傷に浸っていたのに台無しだ。
 諦めたようにカロラインはカロリーナの止まらない愚痴を聞き続けた……。

「……ふう、沢山話せて満足したわ」

「それはよかったですね……」

 愚痴を全て吐き出せて満足そうなカロラインと、ぐったりと疲れた様子のカロライン。夢の中なのに疲れるってどういうことだろう、と考えた矢先にカロリーナが「ああ、そういえば」と続ける。

「……え? まだ愚痴があるのですか?」

「違うわよ、愚痴はもう全て話し終わったわ。そうじゃなくて、今度ピエール様があの獣を退治しに行くのよね?」

「はい、そうですけど……それが何か?」

「貴女を通じて聞いていた話によると、貴女の恋人が身代わりを引き受けるそうじゃない? でもね、出来れば身代わりは男じゃなくて女の方がいいと思うのよ。それもをね」

「え? どうしてですか……!?」

「だって男が身代わりなんて、すぐに見抜かれてしまうわよ。あいつの女に対しての欲は強いからね」

「それは教皇猊下も承知の上です。騙されたことに激高して襲い掛かってくれた方が退治しやすいと……」

「それはどうかしら? あいつの性格からして勝てないと思った相手からはすぐに逃げ出すと思うのよ。逃げる才能と隠れる才能には優れているから、一度逃げられたらもう追えないわ。その時の保険としてを用意しておいた方がいいと思うわよ?」

「え!? 身代わりの花嫁……ですか?」

 カロリーナの口から出た不穏な単語にカロラインは疲れも忘れて勢いよく顔を上げる。先ほど興奮しながら愚痴を吐いていた彼女のやけに落ち着いた様子にカロラインはごくりと喉を鳴らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした

柚木ゆず
恋愛
 行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。  お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……? ※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。

短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした

朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。 だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。 ――私は静かに調べた。 夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。 嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...