どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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四話 犯土聖

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 善得寺からの帰り道、何故尾張の那古野城城主の今川氏豊が
 駿河に居るのか父、宗是に聞いてみた。

 聞かずとも、金の無心であろうことは目にみえていたが。

 そのような話を始めると、
 関口親永殿は「お先に」と言って足早に行ってしまわれた。

 人の陰口やらを聞くと、必ずその場から立ち去られる人であった。

 「いかにも、金の無心であった。故に勘定方の某も同行した。
 勤勉な駿河衆の中にあって、あの放蕩ぶりはいかがしたものか。
 しかも悪い事に斯波の家臣の神社の放蕩息子と日々遊興にふけっておる」

 「先ほど、けがれと仰せでしたが、神官の息子が何ゆえけがれておるのですか」

 「織田は元々神官の家柄なれど、先頃その末枝の信秀が犯土聖ボンドヒジリに手を出しおった」

 宗是は憎々しげに眉間に皺をよせた。
 犯土とは地面に大穴を掘ることである。

 土木建築に携わる者どもの中でも、
 土方、土手方などと呼ばれる穴掘り人足どもは
 最も罪深くけがらわしい存在であるとされている。

 なぜなら土を深く掘ることにより土の神の怒りを買い、
 けがれを受けるからだ。しかし、人は生活のために井戸を欲し、
 土地を掘り支柱を立てねば櫓も組めぬ。

 よって土手方どもは土を掘って受けた汚れを
 祓うために犯土聖に祈祷してもらう。

 法力によってけがれを散らせるにしても、
 日頃よりけがれ多き土手方と交わりたる
 犯土聖はげかれにまみれていると見なされていた。

 「しかし、たしか尾張の犯土聖の祈祷は
 一向宗がやっていたのではないのですか」

 「そうよ、元々織田家は仮御樋代木伐採権を持っており、
 御神域で本来なら伐採不可の場所での木材の伐採を許されていた。

 このため、織田一族は木材販売の利権を求めて越前を離れ、
 木材を流域から切り出して長良川に流し、
 伊勢湾から他国に売り渡す尾張の河川流域に割拠するようになったのだ。

 河川流域での洪水被害を減らすため、
 堤が築かれ、それにより必要となった土手方が
 大量に流域に住むようになる。その土手方の犯土聖の職を求めて、
 一向宗の僧侶らが長島の中州に集まることとなった」

「そう、その事です」

 「仮御樋代木伐採権を持った織田氏はまた、
 木材を切ったあとの植林も行う。木材の伐採、栽培よりも
 旨みの少ないこの植林に携わっていたのが、
 織田の末枝の弾正忠織田家であった。

 堤が出来れば土砂崩れを防ぐために
 根を張って土崩れを防ぐ柳の木が植えられる。

 堤の上を通路にすれば人は自然とそこを歩き、
 土が踏み固められて堤が強くなる。
 しかし、元々誰も人が住まぬ長島の中州に盛り土をして
 一向宗の僧侶が移り住んだ場所など誰も人は行かぬ。

 よって人を集めて土を踏み固めるために桜の木を植え、
 花見で人を集める。人が集まれば屋台が立つものであるが、
 物品売買の座は古来神社が押さえている。後発の一向宗徒は物が売れぬ。

 人を売る。芝居で金を取り、賭博で人を集め、
 金が足りなくなった者には金を貸す。

 元々、織田信定の時代までは織田家にとって
 一向宗は桜の移植を依頼してくれる良き客であった。

 しかし、花も無限に植え続けられるわけではない。

 芸能、賭博が軌道に乗り出すと桜の植林は無用のものとなる。

 そこで、信定の息子の信秀が一向宗の利権である犯土聖に手を出したのだ」

「ならば織田は自ら犯土聖をやって手を汚したのですか」

「さにあらず、そこが信秀の奸智の回るところよ。

 信秀は立川流密教の僧侶を使ったのだ。

 立川流は、そもそも人はすべからく同等であるという教えを説いていたため、
 高野山や比叡山から疎まれて各地で逐われる立場であった。

 元々は後醍醐天皇の庇護を受けて勢力を伸ばしたが、
 北朝の世になりたる後はなおさら迫害が酷くなった。

 織田家は元々護良親王ゆかりの伊勢の神官であったため、
 食い詰めた立川流の聖を集めることは容易いことであった。

 重ねて、木曽三川河口付近にある津島湊に
 割拠していた津島衆は元々尾張守護斯波氏と敵対していた
 南朝方大橋氏らであった。このため、
 信秀が立川流の聖を使い、懐柔することによって、
 こやつ等を味方に引き入れた。戦に敗れ身を潜めていた
 隠れ南朝どもは後醍醐天皇が第六天魔王に変化したという言い伝えを信じ、
 第六天魔王を崇敬していたので、
 織田信秀はこれを犯土聖の守り本尊として使わせた。

 このため、津島衆はことごとく織田の犯土聖を使うようになったのだ。
 このため、一向宗は今では弾正忠織田家を蛇蝎の如く嫌っておる」

 「何事も世の中金ということですね、恐ろしい」

 「そのように、昔の恩義も仇で返すような輩故、
 決して近づいてはならぬと氏豊殿に説いたのだが、
 聞く耳を持たれなかった。犯土聖などとけがれた
 金を掴んだ者と交わって今川家に災いが降りかからぬか心配でならぬわ」

 宗是は表情を曇らせた。
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