どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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二十八話 人と思わず

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 元実が今川館で説明を聞いた帰り道、
 同席していた関口親永殿が近づいてきた。

 「折り入って相談があるのですが」

 「いかがなされました、関口殿のご相談とあれば、なんなりと」

 「では某の屋敷にて」

 「いや、某の屋敷が近うござる、おいでめされい」

 「されば、遠慮なくお邪魔させていただきます」

 日頃明朗快活で悩みなど無いはずの関口殿が今まで見たこともないほど憔悴しておられる。

 屋敷に帰ると、人払いの上、奥の座敷で話を聞くこととした。

 「いかがなされたのか」

 「それが、義元公の側室と深い間柄であるのです」

 「なんと、そのような事露見すれば切腹ものですぞ」

 「たしかに露見すれば切腹もやむなき仕儀なれど、
 義元公が子はまだか、まだ懐妊せぬのかと矢の催促でほとほと困ってござる」

 実元は訳が分からず首をかしげた。

 「何を言うておられる」
 
 「義元公は正妻定の方と仲睦まじく、
 他のおなごには興味はござらなんだ。
 されど、雪斎殿は政治向きの事を考えて、
 井伊家から密かに側室を迎えられた。

 遠州においては、堀越家から座の利権を取り上げてその力を奪ったはいいが、
 未だ井伊家の力は侮りがたく、堀越、井伊共々今川家に遺恨を持ちたる様相であれば
 何時また北条と組んで謀反を起こすやもしれず、
 されば井伊を懐柔すれば井伊と堀越が敵対し、
 遠州の力が削げまする。

 されど、義元公は、以前葛山綱治の嫁を社交辞令で綺麗と褒められた時、
 周囲の者が葛山綱治に嫁を義元公の側室に出すよう無理強いしたため、
 葛山綱治夫婦が共々自害した事を大変ご不興に思われ、
 井伊の側室には見向きもせず、井伊の側室は遺恨を持って
 益々井伊との間は悪うなるばかりでござる。

 よって義元公は雪斎殿にもご内密に、
 井伊の側室には指一本触れられず、
 そのまま某に下げ渡されたのです。

 そして懐妊すればすぐに婚姻いたすようお達しであった」

 「しかし、懐妊してからの婚姻では子供が生まれる日取りがずれるではないか。
 それだと親永殿が恥をかくことになる」

 「いいや、そこが大事なのでござる。
 実際には我が子であったとしても婚姻よりも懐妊の時期が早ければ、
 諸人はその子を御屋形様のお種を思う。
 さすれば井伊も今川家の姻戚となり忠誠を尽くすというものじゃ」

 「ああ、再三の裏切りで井伊にはほとほと嫌悪の情をお持ちであった故、
 潔癖な義元公がそのような家から側室を迎えても
 お近づけにはならぬであろうとは思っていた。
 雪斎様は政のためとはいえ無理をなさる」

 「まことに、某にしても、そう早う子はまだか、
 子はまだかとせかされては余計にやる気がそがれるというものだ」

 親永殿が深く嘆息をつかれた。

 「しかし、待たれよ親永殿、よく考えればこれは吉祥。
 かつて平忠盛は白川院より側室を下げ渡されお生まれになったのが平清盛じゃ。
 恐らくは平忠盛の種なれど世間は白川院のお種と思うたからこそ敬い、
 尊んで平家が栄える要因ともなった。これはもし、
 男子が生まれなばお家繁栄の兆しかもしれませぬぞ」

 「おおっ」

 何か気づいたかのように親永殿が驚きの声をあげられ、目を見開かれた。

 「そうか、そうでありまするの、
 これは張り切らねばならぬ。ご教授感謝いたしまする」

 親永殿は深々と頭を下げ、喜び勇んで返っていった。

 それからしばらくして、
 井伊の側室は懐妊し、懐妊した側室は一旦義元公の義妹とされ、
 関口親永殿に下げ渡された。

 これによって表向きは関口親永殿は義元公の義理の弟となり、
 井伊家が内密に義元公の一族になったと考えるようになった。

 この婚儀が終わったあと、義元公が酒宴を開きたいと仰せになり、
 井伊一族が招かれた。

 これまでは、義元公がお誘いになっても、警戒し、
 何かと理由をつけては一族の主立った者全員が義元公の御前に列席することはなかったが、
 此度ばかりは皆々こぞってやってきた。

 堀越には厳しいお咎めがあったにも関わらず、
 井伊にはさしたる罰もなく、
 返ってその事で長らく緊迫していた心の糸が切れたのであろうか、
 酒宴では井伊一族皆々上機嫌であった。

 いささか酒が過ぎたのか、井伊直満がよろよろと歩きながら義元公の前に進み出た。

 「このようにお親しくさせていただきたること、
 恐悦至極でございまする。
 今後ともお家のために忠節を尽くしたく思いまするだに」

 「これ、無礼講というても君臣の礼儀というものがあるぞ」

 近くに控えていた元実が小声でたしなめたが耳に入っていないようであった。
 その姿を見とがめた長男の井伊直宗が慌てて直満に走り寄る。

 「控えよ、無礼者」

 「よいよい、本日は無礼講じゃ、言いたき事あれば何なりと言うてみよ」

 義元公は笑顔でのたまった。

 「それは良きお心がけじゃ、年長者の言うことは聞くものですからのお」

 直満は明かに酒が過ぎていた。
 元実は恐る恐る義元公のご尊顔を拝見したが、未だ笑っておられる。

 「されば申し上げる。すぐさま他国からの米の買い入れを止めるべきでござる。
 民百姓が難儀をしておりまする。
 それから、川の治水を整備され、
 土木をなさいませ、民が洪水に苦しんでおりまする」

 「何を言うか、御屋形様に犯土せよと言うか、
 そのような事は下賤の者がやればよいのだ」

 兄の直宗は顔を真っ青にして直満を羽交い締めにした。

 「なにをなさる、兄上、御屋形様はご機嫌ではないか」

 直満はゆるゆると体をゆさぶる。

「 そうだぞ、直宗、我にかような直言をする勇気のある者は他におらぬ。
 見あげた度胸じゃ。天晴れなり直満」

 「ははっ、なんたる寛大なる御慈悲、伏して御礼申し上げまする」

 直宗は直満を離し、恐縮してその場に平伏した。

 「このような勇者の血筋こそ、家督を継ぐにふさわしい」

 「はっ」

 口をあんぐりと開けて目を丸くした直宗が顔をあげた。
 直満も驚いて呆然としている。周囲が一瞬にして静まりかえった。

 「直宗、そなたの長男には嫡子がおるまい」

 「は、はい」

 直宗の体が小刻みに震える。

 直宗の嫡子直盛はいまだ三十代。

 これからいくらでも子供ができる年齢である。

 「井伊直満の息子を井伊直宗の養子とし、嫡男とするがよい」

 綸言汗のごとし。
 一度君主の発した言葉は覆らない。

 「あうっ、はあ、はい、はい、かしこまりましたあ」

 直宗は動揺を隠しきれず、怒鳴るような声で答えた。

 「なんたる深きご配慮、直言したかいがございました。ありがとうございまする」

 直満は喜びのあまり目に涙をためて、その場に平伏した。

 一宮元実は人に聞こえぬほどの小声でつぶやく。

 「馬鹿と煙は高い処へ昇ろうとする」

 義元公が終始柔和な笑顔を絶やされることはなかった。

 宴席も終わり、井伊の一門が引き上げたあと、元実は義元公に近づいてささやいた。

 「よう、あのような粗暴な戯言を御寛容なさいましたな」

 「なあに、人と思わず、鶯が鳴いていると思えばなんということもない」

 義元公は涼しげに答えられた。
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