どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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三十六話 戸田康光

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 岡崎に帰還するとちょうど今川義元公ご到着にあらせられた。

 義元公の軍勢のご到着を知るや、
 広忠は岡崎城より走り出て何度も義元公に礼を言った。

 広忠の家臣の多くは松平家の嫡男を駿河に
 人質として出す事に反対したが、
 広忠は素直に駿河へ嫡子の竹千代を出すことを承諾した。

 此度は偶然にも暗殺が成功したが、
 今後いつ広忠親子共々殺される事があるやもしれぬ事を悟っていたようだ。

 もし広忠が殺されても竹千代が無事であれば松平の家は続く。

 広忠はさっそく正室の実家の戸田康光を呼んで、
 船で竹千代を駿河まで送り届けるよう要請した。康光はそれを素直に了承した。

 忠広は、ぜひ義元公のためにお礼の宴席を開きたいと申し出たが、
 義元公は政務が残っているので帰るとのたまい、笑顔で三河を去られた。

 駿河の今川館に今川義元公がご帰還になると、
 門前で義元公御正室、定様がお待ちであった。

 「また寝ずに待っておったか。武家の妻の鏡であるぞ」

 義元公は笑顔で定様の頭をなでられた。

 「いいえ、妻として当然の事をしたまでの事。
 御屋形様は臣下が側室を用意してもお手も触れられず、
 定ばかりかわいがってくださいまする。
 御屋形様の笑顔を見るためならば定は火の中にでも飛び込みますわ」

 「それはいかぬ、そなたが火に飛び込めば、我が悲しむ」

 「まあ、ほほほ」

 「ははは」

 定様は義元公の唯一の御心の安らぎであられるようだった。

 「そういえば、三河からの御使者がお待ちでございますわ、こちらへ」

 定様は義元公をお導きになられた。

 「あ」

 定様が何もない処で倒れられた。

 「大事ないか」

  義元公が慌てて抱き上げられる。

 「申し訳ございませぬ、石に躓きました。大事ございませぬ」

 定様の仰せの事、それは嘘だ。足下に石などない。

 「大事ないか、それはよかった」

 「それよしも、三河のご使者はお急ぎのようでございます、さあ、お早く」

 「わかった」

 義元公は三河松平の伝令と面会された。

 「なんだ、また謀反か、援軍が欲しいか、言うてみよ」

 義元公はあきれ顔でのたまった。

 「申し訳ございませぬ」

 伝令は地面にひれ伏した。

 「そういう儀礼的な事はよいから用件を言え」

 義元公は冷め切っておられる。

 「たしかに謀反ではございまするが、
 戸田康光、お世継ぎ竹千代様を拉致して織田信秀に引き渡してございまする」

 「すでに情の蓄えも底をついたわ」

 義元公は静かに淡々とのたまった。

 そしてゆっくりと周囲を一瞥された。

 「すまぬが各々方、もう一度三河に行ってもらわねばならぬ。
 抗する戸田の一族は全部殺せ。
 審議はいらぬ、その場で殺せ。
 一人も残すな。
 我は政務が忙しいゆえ館に帰る。あとは頼んだぞ」

 その場に控えし今川軍の将兵は無言で一礼した。

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