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三十七話 銭に呪われて滅びるであろう
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戸田康光は織田に竹千代を渡したあと、嫡子戸田尭光と共に田原城に籠城した。
次男戸田宣光は今川方についたため、今川軍と共に田原城を攻めた。
何故天下に名だたる名門、今川家を裏切ったかとの矢文を場内に投げ込むと、
相手側からも矢文が帰ってきた。
「猿投神社を焼き討ちし、座を壊し、伊勢から村正の安い刀剣が大量に三河に流れ込み、
三河の刀匠の暮らしが立ちゆかなくなった。長年培った三河の技能が次々と失われてゆく。
村正には職を奪われ、自害していった三河の刀匠の恨みが染みついている。
銭のために民の暮らしをないがしろにする君主は銭に呪われて滅びるであろう」
そう書面には書いてあったが、今川方の武将たちは何が書いてあるのか
まったく意味が分からず、戸田康光の錯乱による戯れ言として捨て置かれることとなった。
戸田康光、戸田尭光をはじめ、
田原城に籠城した兜首はすべからく討ち取られ首を晒されることとなった。
元実は、三河衆が何故このように必ず負けると分かっている戦を
わざわざやるのか理解できなかった。
しかも次から次へと裏切り者が沸いてくる。
まさに三河が一斉に錯乱したとしか思えなかった。
錯乱は是で終わらなんだ。松平広忠の叔父、
松平信孝が謀反を起こし、織田方に付いたのだ。
一体今この国で何が起っているのだ。
何故このように人心が荒廃しているのだ。
好きの反対は嫌いではない。
無関心だ。義元公はもう三河には出てこられなんだ。
雪斎様を大将とした軍勢が織田討伐軍として差し向けられることとなった。
元実もその軍に参加した。
天文十七年三月十九日、織田と今川、松平は小豆坂で激突した。
雪斎様のご差配はいつも通り冷徹であり、
前衛に松平軍を押し立て、疲れ果てるまで戦わせた。
松平軍が耐え切れず、ついに後退しはじめても放置した。
松平の将兵はすでに今川から見放されたと思ったか、
士気が崩壊して退却しだした。
それを見た織田軍は勢いにのって攻めかかる。
そこへ、今川の精鋭部隊を投入した。
先の戦いでかなり疲労が溜まっている織田軍は
今川軍の執拗な攻勢によってシャリバテに陥った。
こうなってはいかな勇者たりとも戦えるものではない。
一気に陣形が崩れた。
織田の軍勢は調子に乗っている時は強いが、
劣勢になれば弱かった。
武器を放り出して逃亡する織田軍。
逐う今川軍。
しかし、逃亡する織田軍を逐った今川方は勢いに乗りすぎて
陣形が縦に伸びた。
そこに松平信孝の伏兵が側面から突っ込んできた。
「しまった」
己の直前に松平の決死隊が突っ込んできたため、
元実は思わず声をあげた。
今川の軍は二つに分断されてしまった。
ここで織田軍が反転攻勢すれば孤立した今川の前衛は殲滅されてしまう。
しかし、武器を放り投げて逃げていた織田軍はそのまま逃亡してしまった。
残された松平信孝の軍はかえって今川軍から包囲される形となり、
士気を盛り返して引き返してきた松平広忠の軍にも
包囲され、四方八方から矢を射かけられた。
松平信孝は家臣に助けられ、何とかその場は突破したが、
耳取縄手まで逃げたところで広忠軍の兵が射た矢が後頭部に当たり、即死した。
そこに駆けつけた広忠は叔父である信孝の死体にすがって泣いた。
「叔父上は裏切るような方では無かった。
よく我を支えてくれた。
ただ、改革には最期まで反対して譲らなんだ。
我はひたすら三河の国を良くしようとして改革を進めて参ったのに、
何故叔父上はご理解くれなんだか。
この上、少なくなった身内を何故殺さねばならなんだか、あああああああああああああ」
広忠は天を仰ぎ、大声で泣いた。
小豆坂の戦いで織田は大敗した。
これで態勢を立て直すにはしばらくかかるだろう。
松平家で広忠の推し進める市場開放政策に反対する一族は死に絶えた。
あとは素直に広忠の言うことを聞くような者ばかりだ。
三河者は無骨、実直で戦は強いが知恵の回る者は少ない。
その知恵の回る者は誰も彼も広忠に逆らい殺されていった。
もう三河衆で広忠が頼れる知恵者は居なかった。
もう広忠は義元公に頼り、雪斎様のご助言に素直に従うしかなかった。
これで三河の国も良くなる。
良いことであった。
国が栄えれば荒廃した民心も穏やかになるであろう。
元実はそう思った。
小豆坂の戦勝祝いの席、今川方の諸将が松平広忠を取り囲み、
これからは我らが家族となって親戚のように付き合いましょうと口々に言って励ました。
広忠の嘆きがあまりにも哀れであったのだ。
元実ももちろん、これからは松平広忠を兄弟のごとく思うことにした。
また織田が攻めてくれば必ず援軍に駆けつけると約束した。
息子も必ず取り返してやると約束した。
そして、ようやく、広忠は唇をかみしめ、無理やり笑顔を作ってくれた。
これからは松平も我ら今川家の一員だ。
駿河へ我らが帰るとき、広忠は深々と我らに頭を下げ、
姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
天文十八年、三月六日。松平広忠は家臣岩松八弥に刺されて死んだ。
狂っている。何もかも狂っている。
三河錯乱はまだまだ終わらない。
次男戸田宣光は今川方についたため、今川軍と共に田原城を攻めた。
何故天下に名だたる名門、今川家を裏切ったかとの矢文を場内に投げ込むと、
相手側からも矢文が帰ってきた。
「猿投神社を焼き討ちし、座を壊し、伊勢から村正の安い刀剣が大量に三河に流れ込み、
三河の刀匠の暮らしが立ちゆかなくなった。長年培った三河の技能が次々と失われてゆく。
村正には職を奪われ、自害していった三河の刀匠の恨みが染みついている。
銭のために民の暮らしをないがしろにする君主は銭に呪われて滅びるであろう」
そう書面には書いてあったが、今川方の武将たちは何が書いてあるのか
まったく意味が分からず、戸田康光の錯乱による戯れ言として捨て置かれることとなった。
戸田康光、戸田尭光をはじめ、
田原城に籠城した兜首はすべからく討ち取られ首を晒されることとなった。
元実は、三河衆が何故このように必ず負けると分かっている戦を
わざわざやるのか理解できなかった。
しかも次から次へと裏切り者が沸いてくる。
まさに三河が一斉に錯乱したとしか思えなかった。
錯乱は是で終わらなんだ。松平広忠の叔父、
松平信孝が謀反を起こし、織田方に付いたのだ。
一体今この国で何が起っているのだ。
何故このように人心が荒廃しているのだ。
好きの反対は嫌いではない。
無関心だ。義元公はもう三河には出てこられなんだ。
雪斎様を大将とした軍勢が織田討伐軍として差し向けられることとなった。
元実もその軍に参加した。
天文十七年三月十九日、織田と今川、松平は小豆坂で激突した。
雪斎様のご差配はいつも通り冷徹であり、
前衛に松平軍を押し立て、疲れ果てるまで戦わせた。
松平軍が耐え切れず、ついに後退しはじめても放置した。
松平の将兵はすでに今川から見放されたと思ったか、
士気が崩壊して退却しだした。
それを見た織田軍は勢いにのって攻めかかる。
そこへ、今川の精鋭部隊を投入した。
先の戦いでかなり疲労が溜まっている織田軍は
今川軍の執拗な攻勢によってシャリバテに陥った。
こうなってはいかな勇者たりとも戦えるものではない。
一気に陣形が崩れた。
織田の軍勢は調子に乗っている時は強いが、
劣勢になれば弱かった。
武器を放り出して逃亡する織田軍。
逐う今川軍。
しかし、逃亡する織田軍を逐った今川方は勢いに乗りすぎて
陣形が縦に伸びた。
そこに松平信孝の伏兵が側面から突っ込んできた。
「しまった」
己の直前に松平の決死隊が突っ込んできたため、
元実は思わず声をあげた。
今川の軍は二つに分断されてしまった。
ここで織田軍が反転攻勢すれば孤立した今川の前衛は殲滅されてしまう。
しかし、武器を放り投げて逃げていた織田軍はそのまま逃亡してしまった。
残された松平信孝の軍はかえって今川軍から包囲される形となり、
士気を盛り返して引き返してきた松平広忠の軍にも
包囲され、四方八方から矢を射かけられた。
松平信孝は家臣に助けられ、何とかその場は突破したが、
耳取縄手まで逃げたところで広忠軍の兵が射た矢が後頭部に当たり、即死した。
そこに駆けつけた広忠は叔父である信孝の死体にすがって泣いた。
「叔父上は裏切るような方では無かった。
よく我を支えてくれた。
ただ、改革には最期まで反対して譲らなんだ。
我はひたすら三河の国を良くしようとして改革を進めて参ったのに、
何故叔父上はご理解くれなんだか。
この上、少なくなった身内を何故殺さねばならなんだか、あああああああああああああ」
広忠は天を仰ぎ、大声で泣いた。
小豆坂の戦いで織田は大敗した。
これで態勢を立て直すにはしばらくかかるだろう。
松平家で広忠の推し進める市場開放政策に反対する一族は死に絶えた。
あとは素直に広忠の言うことを聞くような者ばかりだ。
三河者は無骨、実直で戦は強いが知恵の回る者は少ない。
その知恵の回る者は誰も彼も広忠に逆らい殺されていった。
もう三河衆で広忠が頼れる知恵者は居なかった。
もう広忠は義元公に頼り、雪斎様のご助言に素直に従うしかなかった。
これで三河の国も良くなる。
良いことであった。
国が栄えれば荒廃した民心も穏やかになるであろう。
元実はそう思った。
小豆坂の戦勝祝いの席、今川方の諸将が松平広忠を取り囲み、
これからは我らが家族となって親戚のように付き合いましょうと口々に言って励ました。
広忠の嘆きがあまりにも哀れであったのだ。
元実ももちろん、これからは松平広忠を兄弟のごとく思うことにした。
また織田が攻めてくれば必ず援軍に駆けつけると約束した。
息子も必ず取り返してやると約束した。
そして、ようやく、広忠は唇をかみしめ、無理やり笑顔を作ってくれた。
これからは松平も我ら今川家の一員だ。
駿河へ我らが帰るとき、広忠は深々と我らに頭を下げ、
姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
天文十八年、三月六日。松平広忠は家臣岩松八弥に刺されて死んだ。
狂っている。何もかも狂っている。
三河錯乱はまだまだ終わらない。
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