どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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七十三話 それが夫婦というものではないか

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 永禄九年 松平家康はその名字を徳川と改め、徳川家康とする。
 
 永禄十年三月十四日、今まで今川家の政務をとりしきってこられた
 寿桂尼様が亡くなられた。

 それを待っていたかのように、
 今川家に好意的であった武田のご嫡子、義信殿が廃嫡され幽閉されてしまった。

 その年の十二月六日、
 突如武田は軍勢を率いて今川領内に乱入、
 氏真公は庵原忠胤に一万五千の軍勢をあずけて迎撃させたが
 庵原忠胤は戦いもせず撤退した。

 お国の危機に、御大将自ら出陣なされない事に不満を持ってのことであろう。

 これを見た、瀬名信輝、朝比奈政貞、三浦義鏡、葛山元氏ら
 重臣が次々と武田へ寝返り、今川方は総崩れとなった。

 「許せ、我が武田を信じたばかりに」

 氏真公は涙を流して詫びられた。

 「ははは、なんという事はない。
 御屋形様がご無事であることがなによりでございまする」

 元実は軽やかに笑った。 


 この戦いにおいて、たとえ粗暴であっても、
 一番今川家に忠節を尽くしていた孕石元泰や岡部元信らが
 次々と武田方に寝返った。

 再三にわたって氏真公が武田晴信殿に
 迎合する素振りを見せていたために見限られたのであろう。

 夜陰に紛れ歩いて逃げるなか、
 北条より氏真公にお輿入れになられた姫、早川殿が野に座り込まれた。

 「いかがした、早川。足が痛いか」

 氏真公は心配して早川殿の顔を覗きこまれた。

 早川殿は元来勇猛な関東武者をご覧になってお育ちになったためか、
 雅を好む氏真公とはこれまでずっと距離を置いてこられた。

 この方もまた氏真公を見限られるのであろうか。

 「妾がついていては足手まとい。
 ここに捨てて御屋形様だけでも早うお逃げくださりませ」

 早川殿が仰せになった。

 「何を言うか、そなたがここで死ぬるなら我も
 ここで死のう。それが夫婦というものではないか」

 氏真様が笑顔でそうのたまった。
 その言葉に驚き、早川殿は目を見張って氏真公を凝視された。

 「なんという凜々しいお姿。
 妾はたとえ地獄の底であろうと御屋形様について参りまする」

 早川殿は立ち上がられた。

 元実の脳裏にふと義元公の御姿が映った。

 やはり親子。氏真公はまさしく今川義元公の御嫡子なのだ。

 野を越え、山を超え、今川氏真公一行は掛川までたどり着いた。

 夜陰に紛れてここまでたどり着けたのは、
 甲賀衆の助けがあったからだ。

 大原親子は私利私欲の徒であると思っていたが、
 この大乱の中にあっても逃げることなく、
 氏真公をお助けして掛川までお供してきた。

 道は間違っていたのかもしれぬが、この者らにも忠義の心はあったらしい。

 掛川城に到着すると城主朝比奈泰朝殿自ら出てきて氏真公を笑顔でお迎えした。

 元実も城に入り、続いて、大原親子が場内に入ろうとした時である。

 「待てい、痴れ者が、不忠不義の売国奴を城中に入れるわけにはいかぬわ」

 泰朝殿が叫ぶと城兵が一斉に大原親子に槍を向けた。

 大原資良、三浦義鎮は無言のまま、おとなしく城外へと立ち退いた。

「この一両日中に我が領内から出て行け。さもなくば討ち取るぞ」

 泰朝殿は大原親子の背中に罵声をあびせかけた。

 風の噂によると、後に大原親子は三浦義鎮の妻、
 四ノ宮鶴菊の兄、四ノ宮右近を頼ったそうだが、
 四ノ宮右近の君主、高天神衆の小笠原氏助がこれを襲って捕縛。

 首を刎ねて家康に献上し、徳川方へ寝返るさいの手土産にしたそうであった。

 先年、徳川家臣の子弟を大原親子が多数串刺しにして殺したため、
 徳川家臣より恨みを買っていると聞いていためのようであった。
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