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20話 お疲れ様

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 「申し訳ない」

 オレは茶虎に対して深々と頭をさげた。

 「何ですか?嫌味ですか?私は自主的に隊を辞めればいいんですか?」

 茶虎は目に涙をためて唇を噛んだ。

 「違う、オレが何か茶虎に言いたいのではない。むしろ、茶虎から聞きたいんだ。
 何が得意かと。オレは自分の力に奢って仲間の力を生かそうとしなかった。
 もっと仲間を友好に活用したい。だからお前の能力、お前の得意分野を詳細に聞きたいんだ」

 「私なんて役に立たないですよ、SSRだし」

 「ちがう!」

 オレが大声を出したものだから茶虎はビクッとした。
 そして目に涙を溜める。

 「オレは茶虎の力が必要だ。オレは、オレの甘い考えのために仲間に大被害を与えてしまった。
 これは全部オレの責任だ。だから、オレは償いのためにも、仲間を二度と危険な目に合わせないために
 戦略的行動をとりたい。そのために茶虎の力が必要なんだ」

 茶虎はシュンと耳をタレた。

 「私……伏見の出身です。学校で小さい頃から魔術を学び、物質に魔術を込めて
 呪詛で人に影響を与える術も学びました。何の疑問もなく、周囲の子たちと
 同じように勉強し、同じように暮らし、同じように夢を語りあいました。
 でも、私は猫だったんです。

 周囲はみんなキツネでした。

 小学校の頃はみんな同じだった。むしろ、私は成績がよかった。

 そのことで、夢が膨らみました。

 でも中学校になり、高校に行くとき、面接で先生に言われました。

 将来、伏見で祀られることを期待してはならない。君は猫なんだと。

 私は呪詛で物質に呪いを付加することはできます、
 しかし、神隠しができません。

 物質移動ができないのです。

 これはキツネに与えられた資質。

 だから、呪詛をかけたお札を武器として使うこともできません。

 私は……役立たずなんです。

 だから、私は戦士になろうとした。

 弓道を習い、戦士として戦おうとした。

 でも……ダメですね。

 私は怖い、臆病なんです。
 
 強大な敵を前にして私は仲間を捨てて逃げた。
 最低です。
 敵前逃亡は本来現場で死刑です。

 本当は、私は正式に軍に報告されたら死刑になるべき者です」

 「そうではない、臆病は優秀な戦士には必須の資質だ。

 ただ、弱いからこそ、戦略的にうごかなければならない。

 オレには一番欠けていたものだ」

 「だから慰めはもう……」

 「ちがうぞ」

 オレは茶虎の肩に手を置いてニヤリと笑った。

 「え?」

 驚いたように茶虎はオレを見る。

 「お前、物に回復魔法はかけられるか」

 「あ、はい」

 「敵を混乱したり呪殺できるか」

 「呪殺は難しいですか混乱や痺れさせることなら」

 「いいぞいいぞ!」

 「でも、弱い私は強大な敵に近づいて呪詛をかけることはできません」

 「お前はこれから後方に置く」

 「そうですね、足手まといは前線に出るべきではありません」

 「そうじゃない。お前は戦闘部隊の後方に居て、敵の特殊攻撃を防いだり、
 味方を回復したりするんだ」

 「でも、近づいて手を触れないと、私は呪詛を付加できません。キツネの神隠しを使えないんです」

 「鏑矢」

 「はい?」

 「鏑矢の先端に呪詛を込めて、それを弓で放ち、味方に当てたり、敵に当てたりしたらいいじゃないか」

 「あ!」

 茶虎はガタガタ体を震わせ目からポロポロと涙を流した。

 「私……ここに居てもいいんですか……」

 「もちろんだとも、俺たちを助けてくれ。俺が待ち望んだ貴重なヒーラーだ」

 「……ううううううう……ありが……とう……ございます……」

 絞り出すような声で茶虎が呟いた。

 今まで気づかなかった。

 自分が必要ないと思っていたから。

 魔法戦士部隊にもっとも必要な存在、ヒーラーを。

 茶虎は俺たちのとって得難い逸材だ。

 ここにいてくれてありがとう、茶虎。


 それからオレは部隊の一人、一人に話を聞いていった。

 オレは間違っていた。

 オレは、最強のオレに仲間が付き従っていればいいと思っていた。

 オレだけいれば合戦に勝てる。

 仲間はオレをサポートしていればいいのだと。

 しかし、それは違った。

 仲間はチームだ。

 こんな拙いオレに今まで黙ってついてきてくれた仲間にオレは感謝した。

 黒足猫に話を聞いたとき、
 黒足猫は気になる事を言った。

 「なあ、黒足猫、なんでLRの最強であるオソロシアが、雑魚のバケモノの群れにやられたんだと思う?
 オレの知ってる漫画とかだとさ、戦争で追い詰められると、うおおおおー!とか叫んだら、
 能力が覚醒できる感じなんだけど。実際、オレの今までの戦いだと
 そんな感じだった」

 「それは、ちゃんと補給部隊が完備された正規軍だからだよ、私はずっと野良の傭兵だったからね」

 「どういう事だ」

 「別に」

 「別にじゃないよ、教えてくれ」

 「教えても怒らないか?」

 「怒らないよ」

 「そういって、教えたら怒るからな。人間は嘘つきだ」

 「高級チョコレート十枚」

 「今出しな」

 「は?」

 「人間は信用できないって言っただろ。黄金100枚明日やるって言った奴と、チョコ1枚くれると
 言った子供がいて、オレはその場でチョコをくれた子供のために人を殺した。

 男の子をレイプしようとしてた変態オヤジだけどな、ウヒャヒャ」

 黒足猫は楽しそうに笑った。

 「分かった」

 オレは急いでお店で高級チョコを十枚買ってきた。

 黒足猫はハムハムと嬉しそうにそれを食べた。

 「すぐに食べなくても」

 「今食べとかないと、次の瞬間、誰かに殺されるかもしれないあら」

 「なんか荒んだ生活してきたんだなあ……、で、おしえてくれよ」

 「シャリばて」

 「は?」

 「ハンガーノックだよ」

 「なんだそれは」

 「生き物は、何も食べずに動き続けると、ある時に限界に達してどんなバケモノでも
 うごけなくなる。野良ドラゴンを追い詰めるとき昔から騎士が使った手だ。
 私もそれで殺されかけた。だから、常に食べ物はもってる」

 「どうしてそれを教えてくれなかった」

 「ほら来た、怒ってるだろ」

 「いや、怒ってないけど、教えてほしい」

 「聞かなかったから」

 「そうか、ごめん」

 「タケシは人間なのに変わってるな、怒らないんだ」

 「そうかな」

 「うん」

 そうか、常識的に放置していても勝手に撤退してご飯を食べるものだと思っていたんだが、
 オソロシアたちは律儀にずっとバケモノと闘い続けていたんだ。

 オレが補給をしっかり確保しておくべきだった。

 「タケシさ、勝手になんで食べないんだって思ってるだろ?」

 「え?あ、ああ、ちょっと思った」

 「戦いはな、撤退戦が一番危ないんだ。食べてる時に襲われると総崩れになる。
 相手は連続的に湧き続けているバケモノだ。予備兵力を用意して、交代で食べないと、
 いずれやられる」

 「何で教えて……」

 「聞かれなかったから」

 「ごめん」

 オレは今まで運よく勝って、何か軍事の天才か何かだと思っていた。

 オレは軍略について何も分かっていなかった。


 オレはみんなを集めた。

 「ごめんなさい!今回、みんなに危ない目にあわせたのは全部オレが悪かったんだ!」


 「は?何言ってんだ、タケシは、負けたのはオレが弱いからにきまってんだろ」

 ポカーンとしてオソロシアが言った。

 オレはみんなに予備兵力や補給の概念を説明した。
 
 「ほえ~タケシって頭いいんだな、惚れなおしたぜ!」

 そう言ってオソロシアが抱き着いてきた。

 うわっ、オソロシアの柔らかい胸がワキに当たる。

 ちょっとうれしい。
 
 「うわ~タケシさんすご~い」
 茶虎やボンベイやアメショは素直に感動している。

 シャンティーリーは黙って拍手している。

 「きゃはは、そんなこと誰でも知ってるよ~」

 アメリカンカールはオレを指さして笑っている。

 これは、こいつなりの愛情表現だと理解した。

 「すいませんでした!」

 アメリカンカールの後ろで誰か謝罪した。

 ミルセラだった。

 「え?」
 
 オレは唖然とした。

 「すまん!補給とか、普通にやってるものだと思い込んでいたんだ。
 私が配慮すべきだった。もうしわけない」

 「いえいえ、勉強してなかったオレが悪いんですよ」

 オレも頭をさげた。

 「いやいや、私が」

 「いやいやオレが」

 俺たちはお互い、ペコペコ頭をさげあった。

 「ははは、こいつら、思いっきりアホ」

 アメリカンカールが指をさして笑った。

 
 俺たちは改めてバケモノ退治に出かけた。
 
 圧倒的な力で次々にバケモノを退治していった。

 そして、ついにバケモノは出てこなくなった。

 と、思ったら大穴の中心がメキメキと音を立ててひび割れ始めた。


 グオゴゴゴゴゴゴ
 
 地響きがして空が真っ赤に染まった。

 地面の中から何か這い出して来る。


 「こいつだ!こいつにオレはやられたんだ!」

 オソロシアが叫んだ。

 ミルセラが前に出る。

 「リヒトシルト!」

 ミルセラが叫んでてをかざすと、そこに巨大な光の盾ができた。

 紫色の顔をした赤黒い翼のバケモノが大きく口を開く。

 「ぐぼおぼおおおおおおおおおお!」

 赤黒い息を吐きだした。

 ある程度他ミルセラの魔法防御で阻止できたが、
 それでもかなり体力を削られた。

 「ミルセラ様さがって!」
 
 叫びながらオレは前に突進して、化け物の顔を殴りたおした。

 ゴリッツ

 鈍い音がしたが完全に削りきることはできなかったのは分かった。

 「茶虎!ミルセラ様を回復」

 「はい!」

 茶虎は回復の矢をミルセラに打ち込む。

 オレは後ろに下がる。

 「シャンティーリー前へ出て炎の柱!」

 「はい!」

 オレの前にシャンティーリーが出る。

 化け物が立ち上がる。

 「お前の名を聞こう!」

 オレは叫んだ。
 ちょっと時間稼ぎの意味もあったけど。

 「死にゆく者に名乗る名はない。ぐおおおおおおおおお」

 また赤黒い息を吐いた。

 「うおおおおおおおファイアーピラー!」

 シャンティーリーが叫ぶと巨大な火柱が立ち昇る。
  
 周囲に死臭が漂う。

 やばい、今度はだいぶ喰らった。

 「さがれ、シャンティーリー!」

 はい!

 オレは前に突進した。

 「くらえええええええ!」

 ガツン!

 化け物を殴り倒した。

 化け物が吹っ飛ぶ。

 オレは後ろに下がる。

 「茶虎、シャンティーリーにヒール!」

 「はい!」

 茶虎はシャンティーリーに癒しの矢をはなった。

 「アメリカンカール、ゾンビをありったけ前に突進しさせろ!」

 「カジャ!カジャ!」

 アメリカンカールは化け物に向けて、ありったけのバケモノゾンビを突進させた。

 化け物は起き上がる。

 「ぐおおおおおおおおー!」

 赤黒い息を吐くと、化け物たちは一瞬にして消し炭となり、化け物の息がオレにモロにかかる。

 「うあああああ、アチチチッチチチ!茶虎!オレにヒール!ヒール!」

 茶虎はオレにヒールの矢を放った。

 茶虎の回復魔法でオレは少し回復したが、それでも、まだ前に突進する余力を得ただけだ。

 「うおおおおおおおおおおー!」

 オレは全力で突進して体をエビ反りにした、

 「くそがあああああああー!」

 ブウンと体を折り曲げ、ガツン!とバケモノの頭に頭突きをくらわす。

 メキッと音がしてバケモノのクビが少し裂ける。

 「お前の負けだ!死にゆく前に名前を聞こう!後世に勇者の名を伝えてやる!」

 オレはそう叫んだ。

 しかし、半分はハッタリだ。

 回復の時間がほしかった。

 「茶虎!」

 オレは叫ぶ。
 
 茶虎はオレにヒールの矢を何本も打ち込んだ。

 「ぐごごごご……我が名は……八十梟師やそたける

 化け物は震える体を起こし、地面に自分の名前を書いた。

 その間に十分回復できた。

 「わかった!後世に伝えよう!」

 オレは思いっきり助走をつけて八十梟師のクビに飛び蹴りをくらわす。

 バリッツと音がしてバケモノのクビがドスンと地面に落ちた。

 「ふう」
 
 こりゃ、一人では倒せないや。

 そこに目を潤ませたアメリカンカールが駆け寄ってくる。

 さすがにアメリカンカールでも命をかけた戦いではオレを心配してくれるのか。

 とんだツンデレだな。
 
 「自分ばっか回復魔法してもらってズルいぞ!プン!プン!」

 「茶虎、こいつにもヒール」

 「はい」

 茶虎はアメリカンカールに回復の矢をはなった。それはアメリカンカールの後頭部に
 ゴツッとあたった。

 「うぎぎぎぎぎ」

 アメリカンカールは頭を抱えてしゃがみこんだ。

 このバケモノの背中には「griffin GR」と書かれた召喚符が1枚貼ってあった。

 オレは生まれて初めて、GRという得体のしれない召喚符を手に入れた。
 もちろん、魔導士協会ではUR以上の召喚符は生成できない。

 この世ならざるものだ。

 「大丈夫か、タケシ!」

 オソロシアが走り寄ってくる。

 体のあちこちに火傷しているのに、その治療もせぬままオレを心配して来てくれた。

 「茶虎、オソロシアにもヒール」

 茶虎はオソロシアに癒しの矢を放った。
 
 オレはオソロシアにGRの召喚符を見せた。

 「オソロシアの背中に貼ってやるよ」

 オソロシアは笑顔でクビを横に振る。

 「それはタケシのものだ」

 「じゃあ、張り替えたURはもらってくれるかい?」

 「タケシが直接貼ってくれるならもらってやるよ、ニヒヒ」

 オソロシアは少し照れて顔を赤らめながら言った。

 「もらってくれてありがとう」

 オレはオソロシアに礼を言った。

 そのあとオレは茶虎のところに行った。

 「今日はありがとう、茶虎のおかげて勝てた」

 「え、そんなことないです」

 茶虎は顔をカッと赤らめて下を向いた。

 「ヒールの矢を一本貸してくれないか」

 「え?あ、はい、まだ足りませんでしたか」

 オレは茶虎からもらったヒールの矢をポンと茶虎の
 肩に乗せた。

 「お疲れ様」

 「はい!」

 茶虎は満面の笑みで答えた。



 

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