遊戯超過

小判鮫

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ただ夢見心地でいたいだけ

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 「開けますか?」
 「いやそれは無理」
 と即答。
 「楽しいのに」
 俺が呟くようにそう言って、二個目を開けると
 「痛いのだけじゃないんですか?」
 と質問してきた。自傷行為への嫌悪の色を見せずに、単なる質問として聞いている感じが俺としては好ましかった。
 「ぼんやりとして、ごちゃごちゃと考えるのをやめられます」
 「それって、今この瞬間を生きる、ってことですか?」
 将来のことも考えずに遊び呆ける若者の図が頭に浮かぶ。「人生は一度きり」なんてのを合言葉のようにモットーとしているような。
 「いや、俺の場合、ただ夢見心地でいたいだけですね。クズ人間だから、何でもできるような、愉快な気分になるんです」
 一瞬だけでも、現実世界から飛んでいたい。ただそれだけ。将来の不安と自己嫌悪で押し潰されそうだから、思考停止させたいだけなんだ。でもまあ、似ているんだろうな、思考停止した馬鹿という点で。
 「それ、やめてくださいよ。自分のことを卑下するの。こっちまで病んじゃいそう」
 冷淡に話した彼と、恍惚としている俺との間にある、かなりの温度差による空気層の壁を感じた。
 「ごめんなさい」
 プライドも何もない人間の土下座。プライドをへし折るための行為のはずだから、俺のこれには価値がない。
 「顔を上げてください。僕は貴方の言論の自由を奪いたいわけじゃないんですよ。でも、テンテンさんと僕との交友関係を続ける上で、お互いの倫理観や道徳観を擦り合わせていかないとじゃないですか。なので、僕が許せないことを言っておくと、貴方が傷付くことですから、気をつけて、ということです」
 「丁寧に説明してくれるんですね」
 「誤解されてすれ違うのは、嫌ですからね」
 と彼は言って、個包装されたニードルを手に取った。舐めるようにじっくりと見つめて、ニードルに対して不安と恐怖を訴えているようだ。
 「開けてみますか?」
 「……うん」
 まず袋を開けるところからだった。手が滑ってグサッと刺さらないか心配だと言われて、ついつい笑顔がこぼれた。袋を開けてあげて、針の先端が俺の方に向くように渡した。生唾を飲み込む彼を、俺は固唾を飲んで見守る。
 「一緒に開けてくれません?」
 苦笑しながら、縋るように言われた。シュミレーションを何度もして、いまひとつ勇気が出ない様子がまざまざと見える。
 「わかりました。それじゃあ、せーのでいきましょう。せーのっ」
 プスッ、耳から血が流れ出てくる。その血液が潤滑油となって、ニードルの通りをよくしてくれる。最後まで抜け切った瞬間、緊張の糸が解けるような脱力感と達成感と多幸感に満たされる。
 「ああっ、もう一回」
 手も声も震わせながら、彼が刺せなかったもどかしさでいっぱいになって、そのくすぐったさで笑っている。
 「終わる頃には、俺の耳が穴だらけになっちゃいそうですね」
 「酷いことゆう。ほんとに、次、これで開けますから」
 とちょっと拗ねてから、シュミレーションを繰り返して、こんなの簡単だという余裕そうな表情をみせ、肩を回した。
 「じゃあ、三秒カウントダウンでいいですか?」
 「はい」
 三、二、一……プスッ。
 刺す時に両目を瞑って、痛みに耐えるリュウくんが見えた。ああ、刺せたんだ。俺は慣れた手つきで耳から全部ニードルを押し出して、リングピアスを入れる。リュウくんが耳にニードルが刺さったままで助けを求めてきた。半泣き状態で、刺した時の痛みと、耳にずっと刺さったままになりそうという恐怖が、入り交じっている感じだ。
 「ちょーっと、痛いの我慢しててくださいね」
 と注射する看護師のように、ゆっくりと押し出した。目を瞑ったまま、口をもごもご動かして、痛いと言いたげにしている。
 「終わった?」
 と大きなキョロっとした目をこちらに向ける。リュウくんって、こんな顔だったっけ?と思いながらも、まともに人の顔を見れない自分を恥じた。
 「終わりましたよ、よく頑張りました」
 子供の頃の遠い記憶の台詞。看護師さんにこんなことを言ってもらって、頭を撫でて貰えたことを思い出していた。そのときの俺は、その後に泣かなかったことを母親に自慢したんだ。
 「見て、お揃いっすね」
 と左耳のピアスを鏡で確認した後に、ニカッとした笑顔を見せられる。三百円もしないで買えるピアスをお揃いと言われても、同じピアスをしている人はこの世にごまんといると思ってしまい、
 「お揃いにするんなら、もうちょっと良いピアスにするべきでしたね」
 と口を滑らしたんだろう。彼の顔から笑顔が消える。
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