32 / 47
ただ夢見心地でいたいだけ
しおりを挟む
「開けますか?」
「いやそれは無理」
と即答。
「楽しいのに」
俺が呟くようにそう言って、二個目を開けると
「痛いのだけじゃないんですか?」
と質問してきた。自傷行為への嫌悪の色を見せずに、単なる質問として聞いている感じが俺としては好ましかった。
「ぼんやりとして、ごちゃごちゃと考えるのをやめられます」
「それって、今この瞬間を生きる、ってことですか?」
将来のことも考えずに遊び呆ける若者の図が頭に浮かぶ。「人生は一度きり」なんてのを合言葉のようにモットーとしているような。
「いや、俺の場合、ただ夢見心地でいたいだけですね。クズ人間だから、何でもできるような、愉快な気分になるんです」
一瞬だけでも、現実世界から飛んでいたい。ただそれだけ。将来の不安と自己嫌悪で押し潰されそうだから、思考停止させたいだけなんだ。でもまあ、似ているんだろうな、思考停止した馬鹿という点で。
「それ、やめてくださいよ。自分のことを卑下するの。こっちまで病んじゃいそう」
冷淡に話した彼と、恍惚としている俺との間にある、かなりの温度差による空気層の壁を感じた。
「ごめんなさい」
プライドも何もない人間の土下座。プライドをへし折るための行為のはずだから、俺のこれには価値がない。
「顔を上げてください。僕は貴方の言論の自由を奪いたいわけじゃないんですよ。でも、テンテンさんと僕との交友関係を続ける上で、お互いの倫理観や道徳観を擦り合わせていかないとじゃないですか。なので、僕が許せないことを言っておくと、貴方が傷付くことですから、気をつけて、ということです」
「丁寧に説明してくれるんですね」
「誤解されてすれ違うのは、嫌ですからね」
と彼は言って、個包装されたニードルを手に取った。舐めるようにじっくりと見つめて、ニードルに対して不安と恐怖を訴えているようだ。
「開けてみますか?」
「……うん」
まず袋を開けるところからだった。手が滑ってグサッと刺さらないか心配だと言われて、ついつい笑顔がこぼれた。袋を開けてあげて、針の先端が俺の方に向くように渡した。生唾を飲み込む彼を、俺は固唾を飲んで見守る。
「一緒に開けてくれません?」
苦笑しながら、縋るように言われた。シュミレーションを何度もして、いまひとつ勇気が出ない様子がまざまざと見える。
「わかりました。それじゃあ、せーのでいきましょう。せーのっ」
プスッ、耳から血が流れ出てくる。その血液が潤滑油となって、ニードルの通りをよくしてくれる。最後まで抜け切った瞬間、緊張の糸が解けるような脱力感と達成感と多幸感に満たされる。
「ああっ、もう一回」
手も声も震わせながら、彼が刺せなかったもどかしさでいっぱいになって、そのくすぐったさで笑っている。
「終わる頃には、俺の耳が穴だらけになっちゃいそうですね」
「酷いことゆう。ほんとに、次、これで開けますから」
とちょっと拗ねてから、シュミレーションを繰り返して、こんなの簡単だという余裕そうな表情をみせ、肩を回した。
「じゃあ、三秒カウントダウンでいいですか?」
「はい」
三、二、一……プスッ。
刺す時に両目を瞑って、痛みに耐えるリュウくんが見えた。ああ、刺せたんだ。俺は慣れた手つきで耳から全部ニードルを押し出して、リングピアスを入れる。リュウくんが耳にニードルが刺さったままで助けを求めてきた。半泣き状態で、刺した時の痛みと、耳にずっと刺さったままになりそうという恐怖が、入り交じっている感じだ。
「ちょーっと、痛いの我慢しててくださいね」
と注射する看護師のように、ゆっくりと押し出した。目を瞑ったまま、口をもごもご動かして、痛いと言いたげにしている。
「終わった?」
と大きなキョロっとした目をこちらに向ける。リュウくんって、こんな顔だったっけ?と思いながらも、まともに人の顔を見れない自分を恥じた。
「終わりましたよ、よく頑張りました」
子供の頃の遠い記憶の台詞。看護師さんにこんなことを言ってもらって、頭を撫でて貰えたことを思い出していた。そのときの俺は、その後に泣かなかったことを母親に自慢したんだ。
「見て、お揃いっすね」
と左耳のピアスを鏡で確認した後に、ニカッとした笑顔を見せられる。三百円もしないで買えるピアスをお揃いと言われても、同じピアスをしている人はこの世にごまんといると思ってしまい、
「お揃いにするんなら、もうちょっと良いピアスにするべきでしたね」
と口を滑らしたんだろう。彼の顔から笑顔が消える。
「いやそれは無理」
と即答。
「楽しいのに」
俺が呟くようにそう言って、二個目を開けると
「痛いのだけじゃないんですか?」
と質問してきた。自傷行為への嫌悪の色を見せずに、単なる質問として聞いている感じが俺としては好ましかった。
「ぼんやりとして、ごちゃごちゃと考えるのをやめられます」
「それって、今この瞬間を生きる、ってことですか?」
将来のことも考えずに遊び呆ける若者の図が頭に浮かぶ。「人生は一度きり」なんてのを合言葉のようにモットーとしているような。
「いや、俺の場合、ただ夢見心地でいたいだけですね。クズ人間だから、何でもできるような、愉快な気分になるんです」
一瞬だけでも、現実世界から飛んでいたい。ただそれだけ。将来の不安と自己嫌悪で押し潰されそうだから、思考停止させたいだけなんだ。でもまあ、似ているんだろうな、思考停止した馬鹿という点で。
「それ、やめてくださいよ。自分のことを卑下するの。こっちまで病んじゃいそう」
冷淡に話した彼と、恍惚としている俺との間にある、かなりの温度差による空気層の壁を感じた。
「ごめんなさい」
プライドも何もない人間の土下座。プライドをへし折るための行為のはずだから、俺のこれには価値がない。
「顔を上げてください。僕は貴方の言論の自由を奪いたいわけじゃないんですよ。でも、テンテンさんと僕との交友関係を続ける上で、お互いの倫理観や道徳観を擦り合わせていかないとじゃないですか。なので、僕が許せないことを言っておくと、貴方が傷付くことですから、気をつけて、ということです」
「丁寧に説明してくれるんですね」
「誤解されてすれ違うのは、嫌ですからね」
と彼は言って、個包装されたニードルを手に取った。舐めるようにじっくりと見つめて、ニードルに対して不安と恐怖を訴えているようだ。
「開けてみますか?」
「……うん」
まず袋を開けるところからだった。手が滑ってグサッと刺さらないか心配だと言われて、ついつい笑顔がこぼれた。袋を開けてあげて、針の先端が俺の方に向くように渡した。生唾を飲み込む彼を、俺は固唾を飲んで見守る。
「一緒に開けてくれません?」
苦笑しながら、縋るように言われた。シュミレーションを何度もして、いまひとつ勇気が出ない様子がまざまざと見える。
「わかりました。それじゃあ、せーのでいきましょう。せーのっ」
プスッ、耳から血が流れ出てくる。その血液が潤滑油となって、ニードルの通りをよくしてくれる。最後まで抜け切った瞬間、緊張の糸が解けるような脱力感と達成感と多幸感に満たされる。
「ああっ、もう一回」
手も声も震わせながら、彼が刺せなかったもどかしさでいっぱいになって、そのくすぐったさで笑っている。
「終わる頃には、俺の耳が穴だらけになっちゃいそうですね」
「酷いことゆう。ほんとに、次、これで開けますから」
とちょっと拗ねてから、シュミレーションを繰り返して、こんなの簡単だという余裕そうな表情をみせ、肩を回した。
「じゃあ、三秒カウントダウンでいいですか?」
「はい」
三、二、一……プスッ。
刺す時に両目を瞑って、痛みに耐えるリュウくんが見えた。ああ、刺せたんだ。俺は慣れた手つきで耳から全部ニードルを押し出して、リングピアスを入れる。リュウくんが耳にニードルが刺さったままで助けを求めてきた。半泣き状態で、刺した時の痛みと、耳にずっと刺さったままになりそうという恐怖が、入り交じっている感じだ。
「ちょーっと、痛いの我慢しててくださいね」
と注射する看護師のように、ゆっくりと押し出した。目を瞑ったまま、口をもごもご動かして、痛いと言いたげにしている。
「終わった?」
と大きなキョロっとした目をこちらに向ける。リュウくんって、こんな顔だったっけ?と思いながらも、まともに人の顔を見れない自分を恥じた。
「終わりましたよ、よく頑張りました」
子供の頃の遠い記憶の台詞。看護師さんにこんなことを言ってもらって、頭を撫でて貰えたことを思い出していた。そのときの俺は、その後に泣かなかったことを母親に自慢したんだ。
「見て、お揃いっすね」
と左耳のピアスを鏡で確認した後に、ニカッとした笑顔を見せられる。三百円もしないで買えるピアスをお揃いと言われても、同じピアスをしている人はこの世にごまんといると思ってしまい、
「お揃いにするんなら、もうちょっと良いピアスにするべきでしたね」
と口を滑らしたんだろう。彼の顔から笑顔が消える。
3
あなたにおすすめの小説
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜
立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が
ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時
いつの間にかクラスメイトたちの
配信する動画に映りこんでいて
「誰このエンジェル?」と周りで
話題になっていた。
そして優心は
一方的に嫌っている
永瀬翔(ながせかける)を
含むグループとなぜか一緒に
動画配信をすることに。
✩.*˚
「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」
「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」
そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。
見た目エンジェル
強気受け
羽月優心(はづきゆうしん)
高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。
×
イケメンスパダリ地方アイドル
溺愛攻め
永瀬翔(ながせかける)
優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。
恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸
***
お読みくださりありがとうございます
可愛い両片思いのお話です✨
表紙イラストは
ミカスケさまのフリーイラストを
お借りいたしました
✨更新追ってくださりありがとうございました
クリスマス完結間に合いました🎅🎄
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
月曜9時の恋人 ――上司と部下のリモート勤務録
斎宮たまき/斎宮環
BL
「おはようございます」から始まる恋がある。
在宅勤務の上司と部下、画面越しに重なっていく生活音と沈黙。
誰もいない夜、切り忘れたマイクから漏れた吐息が、心の距離を壊していく。
社会的距離が恋の導火線になる――
静かな温度で燃える、現代オフィスBLの新形。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる