殺さないだけ感謝しろ!

小判鮫

文字の大きさ
20 / 30

良心のセーフティ

しおりを挟む
知ってしまった。知らない世界を二人で見ようとしたそこで、俺の知らないご主人様を知ってしまった。俺は彼にポテトを投げつけて、逃げるように離席した。

「イル、どうしたの?待って!」

足早に店から出て、俺達のボロアパートとは反対方向。知らない道をただ黙って突き進んでいく。そんな早足で歩く俺を彼は駆け足で追いかけてくる。

「イル、待ってって言ってるじゃん!」

ついには彼に捕まってしまった。彼が俺の手首を力強く握っている。

「もう良いよ。こんな茶番劇、もうやめよう?」

彼はプロファイリングされた俺の資料を見て、俺が何を求めているかを学んで、まるで理想のご主人様かのように演じていたんだ。俺はそんな彼に弄ばれていたんだ。

「どういうこと?何が茶番劇なの?」

そんな惚けたような反応に嫌気がさす。

「お前は、セックスしてくれない以外は俺の理想のご主人様だ。そりゃそうだろなぁ、そう見えるように演技してるんだもん」

俺はおちょくるように彼の顎先を人差し指で撫でた。

「演技なんかじゃない!!僕は本当にイルのことを……」

その上目遣いの潤んだ瞳に、つい騙されそうになってしまう。そんな甘い自分は殺して、

「あぁ、それもマニュアル通りの言葉だろ?」

ってばっさりと貶した。

「イル、少しは僕の話も聞いてくれ」

と懇願されたが、傲慢な俺は聞く耳なんて最初から持ち合わせていない。

「ご主人様ってさあ、俺の命を握って逃げられなくさせてるけど、背中が怖いからずっとホルスター付けてるよね。それってさ、信用してないって証拠だよね」

と冗談で彼の拳銃に手を伸ばすと、彼は一歩下がってその手を躱す。

「そんなことない!じゃなきゃ、一緒に寝たりなんかしないだろ?」

彼は震える声で嘘を繕ってる。その言葉は、薄っぺらい。

「俺、気づいちゃったんだ。寝ているご主人様の横顔を見て。きっと、ご主人様の心臓が止まった時、俺の心臓も止まるって」

図星を突かれたように、彼はしばらく黙っていた。俺はそんな彼を見て、やっぱりな、とほくそ笑んだ。

「……でも、僕はイルのことを愛している。一緒に死んでもいいと思えるくらいに」

一見、綺麗に聴こえるその言葉に、俺は騙されないように斜に構えて、斜めからナイフで切り込む。

「ただこの世界にご主人様も絶望してるだけだろ?」

きっと、彼も俺と同じで、死にたくはないけれど、この世界で生きていたくもないんだ。それくらい、命の価値が軽いんだ。

「いいや、イルが生きているこの世界は美しいよ」

そう嘘ついて、俺を懐柔するかのように抱き締めてこようとするから、その胸を押して突き飛ばした。

「美しくなんかない!!こんな腐った世界では、汚れたものが正義なんだよ!!!」

人間を殺すようになってから、ふと死体の横で煙草を吹かしながら考えることは、いつもこれだった。殺人、セックス、酒、煙草、自傷。全部、俺自身を汚す行為だ。だけど、それらだけが俺をこの世界で生きやすくしてくれる。

「僕はずっと、孤独なんだ……」

彼は俺の小指を軽く掴んで、また俺の知らない自身の話をし始めた。

「僕は幼い頃、両親を事故で亡くしたんだ。トラックドライバーの飲酒運転が原因だった。その時、僕は初めて両親と遊園地へと行った帰りだったんだ。夢のような時間の後に、一生涯、脳裏に焼き付いて離れない悪夢を見させられた。あれがただの悪夢だったら、どれほど良かっただろうね。血塗れになった両親が最期の力を振り絞って、僕に『愛してる』って言ってくれたこと、今でも鮮明に覚えている」

伏し目がちに声を震わせながら語る彼の目から、涙がキラリと零れた。

「レイラ、無理に話さなくていいよ」

俺は突き飛ばして拒否しておきながら、そんな弱々しい彼をどうにかして抱き締めたくなってしまった。でも、この身体は硬直したように動かない。

「そのトラックドライバーね、懲役12年になったんだ。僕の両親を殺したそいつは、今もこの世界でのうのうと生きている。sh*t、ふざけんなっ!!僕はこんなにも醜くてどす黒い殺意を抱えて生きているのに、あいつは……僕の両親の顔すらも、きっと覚えていない……」

歯軋りをしながら、腹の底に抱えた感情を吐き出した彼の嘆きが、俺に何十発もの銃弾をくらわせたように俺の心をオーバーキルしていた。だって、俺はその加害者側なんだもん。

「俺がそいつを殺せば、ご主人様は俺のことを愛してくれる?」

たぶんこれが、彼の優しさの裏にある欲望だ。

「……イルに、そんなことはさせられない」

理性で欲望を抑え込んでいる人間の顔をしていた。

「俺は、欲望に流されることが、そんなに悪いこととは思わない」

そう俺の主観的な意見を述べて、彼の頭を撫でると彼は情けなさそうに笑った。

「……ふふっ、僕はダメだなあ。どんなに優秀な武器を手に入れても、僕の良心のセーフティがそれを邪魔する。殺したい奴なんか、たくさんいるんだけどね!」

そう自暴自棄になりながら笑う彼が、とっても痛々しかった。

「殺したくなったらいつでもいってね」

そんな慰めの言葉をかけることしかできなかった。

「けれど、イルだけだよ。こんなありのままの僕を見ても、引かないでいてくれるのは」

「俺はご主人様の犬だから」

それに俺が逃げたら、彼はスイッチ一つで俺を殺すだろうから。

「あぁ、本当に愛らしい犬だね!僕はイルと一緒だと、孤独じゃなくなる気がするんだ」

いつものようにわしゃわしゃと俺の髪の毛を撫でて、テンション高く俺を可愛がる彼は、きっと人間関係を築くのが下手くそなんだろう。そんなところも、可愛くていじらしい。

「それは、俺が『イル・ディラスト』だからだね」

誇らしげにそう名乗った。俺は愛のある死神であり、カミナリレイラの飼い犬だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

コーヒーとチョコレート

ユーリ
BL
死神のジェットはとある理由からかわいい悪魔を買った。しかし、その悪魔は仲間たちに声を奪われて自分の名前以外喋れなくて…。 「お前が好きだ。俺に愛される自信を持て」突然変異で生まれた死神×買われた悪魔「好きってなんだろう…」悪魔としての能力も低く空も飛べない自信を失った悪魔は死神に愛される??

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...