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馬鹿でもわかるだろ
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薬物中毒者を乗せて、パトカーは拘置所まで走る。俺は好きなラッパーの凄さを彼にも知って欲しくて、カーステレオから流していた。
「まじイカすだろ?この早口ラップ、尋常じゃねぇわ」
「凄いね。イルはこういうのが好きなんだ」
下ネタと煽りが存分に入った巧妙なリリックに脳が痺れる。きっと彼はこの一部しか良さがわかってない。
「リリックを考察すると、さらにやべぇんだよ」
天才的な言葉遊びに、何度感動したことか。
「へぇ、イルは知性に魅力を感じるんだね」
そう言われると言い当てられたようにドキッとした。と同時に、理想のご主人様がバージョンアップしてさらに理想のご主人様になりそうでワクワクした。
「でも、ご主人様は俺よりもジョークが下手くそだもんね」
と馬鹿にしたように揶揄うと、
「じゃあ、イルのその減らず口をオークションに出してみよう。もしかしたら高値で売れるかもしれない」
というジョークで返され、口元を片手で覆われた。
「嫌だ!売らないで!!」
その口元を塞ぐ手から必死に逃れて、そのジョークに乗っかりながらそう騒いで戯れていると、
「ふふっ、僕だけのイルを他人に譲るわけがないだろう?」
なんて俺が欲しい言葉を心の準備なしに投げかけてくるから、その言葉がダイレクトに俺の心にぶつかる。
「そーゆーところ、ご主人様の狡いところだよ」
俺だけが動揺してるみたいでむしゃくしゃして、彼の手を恋人繋ぎで握って、その手の甲にキスをした。
「手離して。事故っちゃうよ」
彼は俺のキスなんか気にも留めてないようで、片手でハンドル操作をしながら困ったように微笑んでいる。
「良いよ。このまま事故っちゃえば」
俺は握っている手にさらに力を込めて、ぎゅっと、彼の手と一体になりそうなくらい、目一杯に力を込めた。
「痛いっ!イル、本当にやめて?」
彼は眉をひそめて、本気で困った顔を見せた。俺はシートベルトを外して、そんな彼の頬にキスをした。
「ご主人様、もっと俺のことを見て」
そう悪戯っぽく言うと、彼はハンドルを切って路上駐車すると、苛立ちをぶつけるようにハザードランプを強く押した。そしてシートベルトを外すと、俺は彼に両肩を持たれて、襲うように舌を絡めたキスをされた。舌を絡めていると気持ち良さでふわふわしてきて、唇を離した時には俺は放心状態でぼーっとしていた。
「これで馬鹿でもわかるだろ」
そう冷徹でいつもより低い声が俺の真っ白な脳に突き刺さる。……俺みたいな馬鹿でも、愛されてるってわかっちゃった。俺はそのキスで黙らせられて、その後はずっと助手席で、さっきのキスの感覚を反芻しては悦に浸っていた。
「こんなふざけた奴らが警察だとはな……」
そんな声が後ろから聞こえて、吃驚して振り返ると、すっかり彼との会話に夢中で忘れていたが、薬物中毒者の男を乗せていることに改めて気が付いた。その男は、俺らのキスの一部始終を見ていたようで、俺は何とも恥ずかしい気分になった。
「言っておくが、俺は警察じゃない。警官の犬だ」
そう後部座席に振り返って、誇るようにその男の言い草に指摘した。
「お前、警察犬なの?あはっ、ワンワン!そんなにお鼻が利くんですかぁ?」
俺を馬鹿にしたように弄ってくるその男をぶん殴りたかったが、パーテーションが邪魔で殴れない。
「警察犬でもない。俺は、レイラという警官のただの犬だ」
そう堂々と主張して、話にならないと前を向くと、また後ろから、
「気持ち悪いねぇ。そうやって洗脳されて支配されて利用されてるだけなのに、ワンちゃんは純粋だねぇ」
というねちっこい声が聞こえてくる。俺は胃がムカムカしてきて、
「愛されたことない奴に何がわかる!??」
とその男に対して怒鳴ってしまった。彼から優しくしろって言われてたのに。
「愛されたことないのはお前だろ?」
その言葉は俺の弱点を的確に捉えていて、思いっきりぶっ刺してきた。俺は呼吸を乱して、安心感を得たくて、助手席で小さく丸まった。薬物中毒者が言っている戯言が、本当に思えて吐き気がする。
「イル、大丈夫だよ。安心して」
彼は信号待ちで背中をさすってくれた。その優しさですら今は疑ってしまう。疑いたくないのに。愛されてるって思いたいのに。
拘置所に着いた。彼は俺に毛布をかけてくれて、「ここでゆっくり休んでて」と言ってくれた。
「じゃあね、ワンちゃん。せいぜい愛されるよう頑張りなね」
その薬物中毒者はそんな軽い言葉を残し、彼に引っ張られて、車から降りた。ふらふらと歩くその男は彼に真っ直ぐ歩くように指図されていた。
「やっぱり、俺はただの犬なのかも……」
俺は小さくなる彼とその薬物中毒者の背中を見て、独り言を虚しく呟いた。今まで、冗談っぽく「ご主人様」や「犬」という言葉を使ってきた俺は、何処かで俺自身が愛されていると錯覚していたんだろうな。思い返せば、彼が俺に向ける愛情は、人間が飼い犬に向ける愛情と同じなんだ。いっつも俺が一方的に恋愛感情をぶつけているみたい。だけど、そんな彼の愛情も心地が良くて、それに俺は甘えてしまって、今ではそれが悪いことなのか、いまいちよくわからない。俺は彼と一緒にいられればそれで良いと思えてるから。
「まじイカすだろ?この早口ラップ、尋常じゃねぇわ」
「凄いね。イルはこういうのが好きなんだ」
下ネタと煽りが存分に入った巧妙なリリックに脳が痺れる。きっと彼はこの一部しか良さがわかってない。
「リリックを考察すると、さらにやべぇんだよ」
天才的な言葉遊びに、何度感動したことか。
「へぇ、イルは知性に魅力を感じるんだね」
そう言われると言い当てられたようにドキッとした。と同時に、理想のご主人様がバージョンアップしてさらに理想のご主人様になりそうでワクワクした。
「でも、ご主人様は俺よりもジョークが下手くそだもんね」
と馬鹿にしたように揶揄うと、
「じゃあ、イルのその減らず口をオークションに出してみよう。もしかしたら高値で売れるかもしれない」
というジョークで返され、口元を片手で覆われた。
「嫌だ!売らないで!!」
その口元を塞ぐ手から必死に逃れて、そのジョークに乗っかりながらそう騒いで戯れていると、
「ふふっ、僕だけのイルを他人に譲るわけがないだろう?」
なんて俺が欲しい言葉を心の準備なしに投げかけてくるから、その言葉がダイレクトに俺の心にぶつかる。
「そーゆーところ、ご主人様の狡いところだよ」
俺だけが動揺してるみたいでむしゃくしゃして、彼の手を恋人繋ぎで握って、その手の甲にキスをした。
「手離して。事故っちゃうよ」
彼は俺のキスなんか気にも留めてないようで、片手でハンドル操作をしながら困ったように微笑んでいる。
「良いよ。このまま事故っちゃえば」
俺は握っている手にさらに力を込めて、ぎゅっと、彼の手と一体になりそうなくらい、目一杯に力を込めた。
「痛いっ!イル、本当にやめて?」
彼は眉をひそめて、本気で困った顔を見せた。俺はシートベルトを外して、そんな彼の頬にキスをした。
「ご主人様、もっと俺のことを見て」
そう悪戯っぽく言うと、彼はハンドルを切って路上駐車すると、苛立ちをぶつけるようにハザードランプを強く押した。そしてシートベルトを外すと、俺は彼に両肩を持たれて、襲うように舌を絡めたキスをされた。舌を絡めていると気持ち良さでふわふわしてきて、唇を離した時には俺は放心状態でぼーっとしていた。
「これで馬鹿でもわかるだろ」
そう冷徹でいつもより低い声が俺の真っ白な脳に突き刺さる。……俺みたいな馬鹿でも、愛されてるってわかっちゃった。俺はそのキスで黙らせられて、その後はずっと助手席で、さっきのキスの感覚を反芻しては悦に浸っていた。
「こんなふざけた奴らが警察だとはな……」
そんな声が後ろから聞こえて、吃驚して振り返ると、すっかり彼との会話に夢中で忘れていたが、薬物中毒者の男を乗せていることに改めて気が付いた。その男は、俺らのキスの一部始終を見ていたようで、俺は何とも恥ずかしい気分になった。
「言っておくが、俺は警察じゃない。警官の犬だ」
そう後部座席に振り返って、誇るようにその男の言い草に指摘した。
「お前、警察犬なの?あはっ、ワンワン!そんなにお鼻が利くんですかぁ?」
俺を馬鹿にしたように弄ってくるその男をぶん殴りたかったが、パーテーションが邪魔で殴れない。
「警察犬でもない。俺は、レイラという警官のただの犬だ」
そう堂々と主張して、話にならないと前を向くと、また後ろから、
「気持ち悪いねぇ。そうやって洗脳されて支配されて利用されてるだけなのに、ワンちゃんは純粋だねぇ」
というねちっこい声が聞こえてくる。俺は胃がムカムカしてきて、
「愛されたことない奴に何がわかる!??」
とその男に対して怒鳴ってしまった。彼から優しくしろって言われてたのに。
「愛されたことないのはお前だろ?」
その言葉は俺の弱点を的確に捉えていて、思いっきりぶっ刺してきた。俺は呼吸を乱して、安心感を得たくて、助手席で小さく丸まった。薬物中毒者が言っている戯言が、本当に思えて吐き気がする。
「イル、大丈夫だよ。安心して」
彼は信号待ちで背中をさすってくれた。その優しさですら今は疑ってしまう。疑いたくないのに。愛されてるって思いたいのに。
拘置所に着いた。彼は俺に毛布をかけてくれて、「ここでゆっくり休んでて」と言ってくれた。
「じゃあね、ワンちゃん。せいぜい愛されるよう頑張りなね」
その薬物中毒者はそんな軽い言葉を残し、彼に引っ張られて、車から降りた。ふらふらと歩くその男は彼に真っ直ぐ歩くように指図されていた。
「やっぱり、俺はただの犬なのかも……」
俺は小さくなる彼とその薬物中毒者の背中を見て、独り言を虚しく呟いた。今まで、冗談っぽく「ご主人様」や「犬」という言葉を使ってきた俺は、何処かで俺自身が愛されていると錯覚していたんだろうな。思い返せば、彼が俺に向ける愛情は、人間が飼い犬に向ける愛情と同じなんだ。いっつも俺が一方的に恋愛感情をぶつけているみたい。だけど、そんな彼の愛情も心地が良くて、それに俺は甘えてしまって、今ではそれが悪いことなのか、いまいちよくわからない。俺は彼と一緒にいられればそれで良いと思えてるから。
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