殺さないだけ感謝しろ!

小判鮫

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食事は一緒にするのが一番

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俺はずっと、愛されたいんだ。俺を見て欲しい、俺に構って欲しい、俺を見捨てないで。俺を大事にして欲しい。けれど、こんな腐った世界でそれを得るためには対価が必要で、俺にとってはセックスというのが、その対価にあたるものだった。俺自身、セックスするのは特段、嫌でもなかった。単純明快で愛がわかりやすいものだから。だけど、所詮人間。どーせ飽きて捨てられるのがオチだった。それならいっそ、愛し合っている内に終わった方が良い。そんな考えに変わってから、行為中に首を絞める力が強くなっていった。

「ご主人様に俺が与えられる対価って一体、何なんだろうか?」

料理……?食器洗い……?掃除……?いくつか思い付いたが、どれもセックスよりも良い対価のように思えなかった。

──このままじゃ、捨てられるんじゃないか?

彼は俺のことを見捨てないと約束してくれたが、所詮、そんな彼も人間なんだ。裏切る可能性がある。実際に、彼は本当の顔を俺に見せてはくれない。理想のご主人様のフリをしているんだ。そう考えれば考えるほど不安に襲われて、料理を作りすぎてしまった。

「イル、ただいま。うわっ……今日は一段と豪華だね!」

テーブルいっぱいに皿が乗せられている。オードブル、スープ、魚料理に肉料理。デザートまで作って、一気に出されたフルコースのようだ。

「ご主人様に美味しいのいっぱい食べて欲しくて……」

「ありがとう、イル。一緒に食べよう」

この感謝の言葉に依存しているみたいに、俺はこの言葉を聞くと不安が紛れる気がする。

「今日の料理、何だか物足りないね」

料理自体はそこそこ美味しいけれど、ご主人様が「美味しい!」と感激して褒めてくれるレベルかと言われればそうじゃなかった。

「そう?すごく美味しいけど……」

彼は不思議そうに首を傾げながら、優しい言葉をかけてくれる。

「作り直そっか」

と俺は椅子から立ち上がって、彼の目の前にある皿を取った。彼はそれを咄嗟に掴んで、俺が持っていくのを阻止した。

「ダメ、持っていかないで」

「何で?美味しくないじゃん」

俺は今すぐにでもその料理を捨てたかった。こんなものを彼に食べさせてしまった自分にイラついていた。

「ちゃんと食べた?すっごく美味しいよ??」

彼は俺の行動を宥めるように、眉をひそめてそう言った。

「そう言ってるだけだよ、ご主人様は。心ではそう思ってないくせに」

そう決め付けたように彼に言うと、彼は眉間に皺を寄せて、スプーンをバッと手に取ると、

「あーん」

とその料理をすくって俺に食べさせようとしてきた。こんな怒気のこもった「あーん」は初めて聞いた。

「嫌だよ、不味いから食べたくない」

とそっぽ向いて突っぱねていると、彼は俺にスプーンを向けるのをやめて、俺が手に持っている皿から、行儀悪くかき込むように料理をガツガツ食べ始めた。

「ダメ!こらっ、食べないで!!」

なんて叱っても、彼は食べるのをやめない。皿の上の料理を全てを口に含んで、ハムスターみたいな頬になっていた。

「んっ、美味しい!」

料理をごくんと飲み込んだ後にそう言って、幸せそうな笑顔を見せられた。

「……ずる」

俺はその笑顔に弱い。彼が食べ終えた皿を軽く洗って、食洗機へと入れた。

「イルの分、まだ残ってるよ」

彼は食事する手を止めて、俺がダイニングテーブルへと戻ることを待っている。

「俺はいいよ。いらない」

そう冷淡に言うと、彼はカトラリーを皿の上に八の字に置いて、皿を洗う濡れた俺の手を上から握った。

「ううん、ダメ。僕がイルと一緒に食べたいの」

「コマンド?」

「そうだよ、イル。僕と一緒に食事をしろ」

彼はそう楽しそうに命令した。彼がそれを望むのなら、俺はそれに従うまで。俺は席について食事を再開した。

「……この料理、美味しい?」

俺は怪訝そうにそれを聞いた。彼が楽しそうに食事をしていたから。

「とっても美味しいよ!ほら、あーん」

と彼はスプーンを向けた。彼の手から料理を口にすると、料理の美味しさとは別に満たされる何かがあった。

「ふふっ、レイラと食事すると楽しいかも……」

俺がそう言うと、彼は少し目を見開いてから、心底、嬉しそうに笑った。

「だから食事は一緒にするのが一番なんだ」

その笑顔を肴に、また料理を口にすると、何だかさっきよりも美味しく感じた。
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