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三章 自警団と虹の石

6話 魔物を操る男

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 それから数日間、ニールたちは倒した魔物の体を必ず調べるようにした。虹石こうせきと思われる石が見つかる時もあったが全て黒くなっており、鍛治師のゴルドンが言っていた「生きている」虹石を手に入れることはできなかった。
 虹石を体に持つ魔物が死ぬとその虹石も同時に死んでしまうのではないか、というのがゼレーナの見解だった。だとすれば生きている虹石を手に入れたい場合、魔物を生かしたまま取り出す必要がある。しかし虹石を持つ魔物は並のものより強いうえ、それが埋め込まれている場所も様々だ。危険を侵してまで生きている虹石を手に入れるのはあまりにも無謀だとニールは踏み切れなかった。
 更に幾日か経った時、自警団が拠点としている月の雫亭に、二人組の青年がニールを訪ねてやって来た。彼らが住むのは王都から馬車で半日ほどかかる場所にある村で、住人では到底敵わないような魔物が近くに現れたという。
 青年らは憔悴しょうすいしきった様子だった。騎士団が小さな村一つのために動くことが望めない状況の中、わらにもすがる思いで自警団を頼ってきたのだろう。

「俺たちにできる限りのことをするよ。皆、準備してくれ」

 ニールは仲間たちに声をかけた。場合によっては数日のあいだ王都を離れることになるかもしれないが、相手が強敵かもしれないことを考えると全員で万全を期して向かいたかった。王都やその近隣で何か起きた際には騎士たちが動いてくれるはずだ。
 支度を終え、王都の外に停められていた小さな馬車に自警団一行が次々と乗り込む。疲れた様子の青年たちに代わりギーランが御者を引き受けた。ニールも気を引き締め、仲間たちに続いて馬車の荷台に飛び乗った。

***

 夕方に差し掛かる頃になってたどり着いたのは、ニールの故郷によく似た小さな村だった。だがニールの育ったブラウ村とは異なり、遊び回る子供たちや畑仕事に精を出す大人の姿はない。七日ほど前に近くの森で大きな魔物を見かけるようになってから村民は皆、必要以上に外へ出ないようにする生活を余儀なくされているのだという。ニールたちを連れてきた青年たちの案内で村長の家へ向かうまでの間も、人の姿はまったく現われなかった。

「何とかしてあげたいね……」

 道すがらフランシエルが小さな声でニールにささやく。ニールは頷いてそれに応えた。
 その日は村長に挨拶をし、用意されていた部屋で各自早々と休むことになった。
 寝台に潜りこんだニールの脳裏に、仲間たちの総力をもってしても魔物を倒せなかった時の光景が浮かぶ。大怪我を負ったギーランの姿がニールの心に不安の種を撒く。あの時は強力な助けがあったが、今回はそれは望めない。
 しかしこの村の人々にとって、ニールたちは最後の希望だ。騎士隊長の一人であるユーリウスへも、力を持たない人々のために戦い続けると誓った。
 仲間たちも皆、ニールを信頼してついてきている。弱気になっている場合ではない。ニールは恐怖を胸の奥にしまいこみ、目を閉じて眠ろうと努めた。

***

 翌日、ニールたちはくだんの魔物を探すため村を発った。それの姿が見つかったという森の中で弱い魔物と何度か出くわしたが、目立った問題もなく片付いた。
 森の奥まで来たところで、周囲に目を光らせながら歩いていたイオがふと足を止めた。

「……何かいた」

 静かに、と手で一行に合図を送り、イオが先立って進み始める。ニールたちもその後を追った。
 木立の中に小さく人影が浮かび上がる。外套がいとうに身を包んだ、おそらくは男だ。
 近くにあった茂みの裏に隠れ、一行はその人影を観察した。エンディが被っているフードの縁を軽く持ち上げ、ひそひそ声で呟く。

「村の人かな……?」
 
 この森に魔物が潜んでいることは村人たちにとっては周知の事実だ。よほどの命知らずでない限り単身で踏み込むことはしないだろう。
 違うと思う、と言いかけてニールは言葉を切った。

「ん……?」

 数ヶ月前の出来事だが、ニールはよく似た男を見かけていた。王都の地下水路に魔物が棲み着いているという噂を聞いて調査に乗り出した時のことだ。一人きりで地下水路にたたずんでいた男は、ニールたちの姿を見るなり逃げるように去っていった。

「あの人……」

 ニールが呟いた瞬間、男の向こう側に生えている木々が揺れ、四つ脚のものがゆらりと現れた。魔物だ。遠目からでも、口から伸びた鋭い牙が目立つ。村長から聞いた魔物の特徴そのままだった。
 喉から飛び出かけた声をニールは飲み込んだ。同じく驚いて叫ぼうとしたのだろうアロンの口をイオが塞いでいる。
 魔物が目の前にいるにも関わらず、男はその場に立ったままだった。魔物もまた、男に襲いかかろうとせず大人しく留まっている。まるで飼いならされた無害な獣のようだった。
 どうしようとフランシエルが目だけでニールに問うてくる。ニール自身もどうするべきか判断がつかなかった。あの男が何者なのか、魔物をどのようにして服従させているのか全く見当がつかない。
 ふと魔物が顔を上げ、何かを警戒するような素振りを見せ始めた。それに気づいた男も辺りを見回す。感づかれたかと、ニールたちの間に緊張が走った。
 男が魔物の体に触れる。すると魔物は体を震わせ、地面を蹴って勢いよく走り出した――ニールたちが隠れている場所を目がけて。
 ゼレーナが立ち上がり、魔物の顔に電撃を浴びせた。不意をつかれた魔物が大きな頭をぶんぶんと左右に振る。魔法を操る者がいきなり現れたことに驚いたのか、男は外套を翻して森の奥へと一目散に走り出した。

「足に自信がある人で追ってください!」

 魔法球を掲げ、空中に炎をめらめらと燃え上がらせながらゼレーナが声を張り上げる。隠れることを余儀なくされて痺れをきらしていたギーランが、戦斧せんぷを両手で握り真っすぐに魔物へ向かっていった。アロンがクロスボウに矢をつがえた。

「イオ、フラン! 俺たちで追うぞ!」

 ニールが呼びかけると、二人は頷いて魔物の脇を走り抜けた。襲いかかって来た魔物は残る仲間に任せ、ニールも逃げて行った男を追って駆け出した。
 間もなく周りに生える木々がまばらになり、やがて景色が平原へと変わった。逃げ続ける男は時折ニールたちの方を振り返りながらも攻勢に転じようという様子は見せない。ひとまとめにして垂らされた亜麻色の髪が風になびいている。
 一番身軽なイオが、男との距離を徐々に詰めていく。イオは彼から目を離さないまま懐を探り、取り出した尖った釘を男の後頭部へ目がけて放った。間一髪で男は避け、釘は彼の耳の横を突っ切っていった。
 狙いは外れたが隙が生まれた。イオは一気に男に走り寄り、腰の双剣を抜いて振りかざした。三日月のように曲がった刃は男が突き出した剣に阻まれた。刃の民の勢いをも止める速さだ。
 イオが作り出した流れに乗り、追いついたニールが男に斬りかかる。男は剣を横にいでそれをいなした。決して若くない男だが、戦い慣れた動きだった。ひるんだニールの隣でフランシエルが地面を蹴り、グレイブを男に突き立てる。それを阻止したのは男ではない別の何かだった。しなやかな体の巨大なひょうのような魔物が、男とニールたちの間に割って入り黒い体毛を逆立てる。その額で一瞬、何かが光ったのをニールの目が捉えた。
 豹の魔物は男を守るようにニールたちに牙をむく。先ほども魔物をけしかけてきたこの男は、それらを従える力を本当に持っているのだろうか。
 
「あんたは何者だ! 何が目的なんだ!」

 剣を構えたまま、ニールは男に向けて声を張り上げた。男の唇がわずかに動く。言葉は聞き取れなかったが、ニールの問いへの答えではないようだった。
 魔物と同時に動いたのはイオだった。果敢に立ち向かい魔物の眉間を剣の柄で殴りつける。ニールは逡巡しゅんじゅんの後、イオに加勢した。魔物のあごは森の中で出会ったそれに比べると小さいが、それでも噛みつかれれば容易く骨を砕くだろう。

「フラン!」

 ニールの呼びかけに込められた意味を悟り、フランシエルが得物を携えて男に挑む。
 森の中で別の魔物と交戦している仲間たちが追ってきてくれるまで何とか時間を稼ぐ――しかし豹の魔物は恐ろしく素早かった。素早く動くことにかけては自警団一のイオですら翻弄する速度で動き、爪で切り裂こうとしてくる。
 ニールとイオ、どちらもが魔物に決定打を与えられないままじりじりと体力を削られる中、突如として甲高い指笛の音が響いた。豹の魔物の丸い耳がぴくりと動き、ニールとイオへ襲いかかるのをやめて軽く跳躍すると男の方へ降り立った。
 追撃しようと構えたニールとイオは揃ってその場に固まった。再び魔物にかばわれるようにして立つ男、その左腕には――武器を取り落とし、ぐったりとするフランシエルを抱えていた。

「フラン!」

 ニールの声に彼女は何の反応も示さない。すっかり魔物に気を取られ、彼女の状況を確かめられていなかった。男の方が実力が上だったようだ。

「やめろ、フランを離すんだ!」

 一歩踏み出したニールに対し、男は黙ったまま空いている手に持った剣をフランシエルの喉元に当てた。ニールたちが余計な動きをすれば彼女の命はない。イオが小さくうめいた。
 豹の魔物が姿勢を低くする。男はニールから目を逸らさず、またフランシエルに剣を突きつけたまま魔物の背にゆっくりとまたがった。
 男の唇が小さく動き言葉を紡ぐ。魔物は男とフランシエルを乗せ、ニールとイオを置いて風のように走り去った。
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