【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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仁と旭

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 小夜は佐藤を自分の部屋に上げ、台所から麦茶を持ってきた。グラスの中でカランカランと音を立てる氷の音が何とも夏らしい。いつもなら涼しさを感じる音なのに今は何だか寂しさを感じる。

「あ、すいません、気が利かなくて。」
「いいの。佐藤にはゆっくりしてってほしいし。」

小夜の言葉には罪悪感のほかにこれから佐藤が受ける罰への同情心もあった。

「…お嬢。あんまり自分を責めないでください。協力したのは俺の意志だし、お嬢がお嬢の気持ちに素直でいれることを俺が一番望んでるんですから。むしろ、俺がうまく立ち回れなくて、すみません!」

佐藤は小夜に目一杯、頭を下げた。小夜はやめてよと言いながら佐藤を宥めた。

「それでさ…宇津井屋のことについてって何だったの?」
「…。」

佐藤は少し咳払いをして襟を正した後にあの日、宇津井屋が潰れてしまった経緯について話し始めた。
 小夜がまだお腹にもいない頃、佐藤は今とは全く違った世界にいた。喧嘩に喧嘩を呼び、血を見ない日は無かった。やりきれない不満や怒りがヘドロのように体に巻きついて離れなかった。それを拭うかのように誰彼構わず殴り倒し、時間が余った日には女を抱き、酒に溺れた。そんなある日だった。いつもの風俗店にいた頃、店を買うと言った男が乗り込んできた。その男こそが旭だった。当時の旭はただの喧嘩屋だった。交渉相手は大体チンピラからヤクザの下っ端集団。頼まれたら何でもする。『拳の黒豹』という名が広まり始めていた時だった。当時の佐藤はそんなこととは知らずに旭に殴りかかった。結果は惨敗。旭の圧勝だった。

「じゃあ、佐藤は旭さんと付き合いが長いの?」
「はい。その後は色々コキ使わされて…。でも飯もくれたし、兄弟みたいにずっと一緒でした。何より俺にとっては喧嘩はできるし、あの時は一番最高の居場所だったんです。」

ーーー数年前ーーー

「旭さん、今度の交渉相手見つかりました?」

 旭と佐藤はいつものように寂れた公園にいた。塗装の剥がれたタコのオブジェが二人の会議場だった。二人の影は暑い西陽によって伸び続けている。佐藤は旭が頭を掻きながら悩んでいる後ろ姿を眺めていた。

「いやぁ、じんさ、今回の相手やばいかもしんない。」
「なんで?」
「自分の会社を荒らしにきた男を連れてきてほしいって言われたんだけどさ、」
「いつもの感じで連れて行けばいいじゃないですか。」
「それがその男ってのが、百目鬼組の人間らしいんだよ。」
「は!?無理に決まってますよ。俺ら死んじゃいますよ!!」
「だよな~…、でも断れないんだよな~…」
「そんなやばいやつが交渉相手なんですか?」
「割とデカい詐欺集団。…そのぉ、だいぶ前にパチンコに負けて喧嘩ふっかけて喝上げした相手がそこの一員らしくてさ…。あんまデカいとこを敵に回したくないんだよね。いくら強がっても俺ら二人だけじゃん?」
「何やってんすか…。」

この頃の旭は今よりも臆病な人間だった。その点、佐藤に関しては今よりタガの外れた人間だった。

「旭さん、ここが俺らの腕の見せ所ってことじゃないですか!」
「じん、お前なぁ…まあ、いっか。人一人連れ去るだけだし…。俺らってバレなきゃノープロブレム」
「ノー…何ですか。それ。」
「えっと、つまりあれだ。何とかなるってことだ。」
「じゃあ、決定すね!!」
「明日、ささっとやってラーメンでも食いに行くぞ。」
「やりーー!!」

 二人は次の日の夜、百目鬼組の、ある支部の前まで来ていた。念の為その日は身バレを防ぐために覆面を被っていった。二人の狙いである男はその支部の支部長だった。人がいなくなったことを確認した後、背後に回り込み気絶させ連れて行くという作戦だった。二人は交渉相手から借りた車をそばに留め、組の人間がパラパラと出て行った後、事務所に入り込んだ。先頭は佐藤。気を引きつけてから旭が実行に移す予定だった。
 佐藤が事務所に入り込んだ瞬間、想定外の出来事に佐藤は息を呑んだ。

     女がいた。

その女は目鼻立ちがはっきりしており華やかな女だった。何よりこんな状況で怯えるどころか凛として落ち着いている。佐藤はその気迫に、美しさに心の中の何かを動かされた。
 その隙に支部長は銃口を佐藤に向けながら、飛びかかってきた。

「じん!!!」

旭の声に佐藤はすぐさま体を動かしたが、その後に耳元で鳴った銃声に腰を抜かしてしまった。初めて自分に向けられた銃だった。それは旭も同じだった。旭は佐藤のことを見ながら泣きそうな目をしていた。支部長は床に倒れた佐藤の顔蹴り上げ、すぐさま旭にも銃口を向けた。佐藤はズレた覆面を外し、支部長の銃を持っている手に覆いかぶさった。

「逃げろ!!」

佐藤の声で旭は抜かした腰を何とか持ち上げ、よろめきながらもその場を離れた。

「何だよ!銃持ってるなんて聞いてねぇよ!」

旭は震えた声で自分を落ち着かせようとしながら、車に乗り込みできるだけ遠くを目指した。佐藤は旭が逃げたのを確認した後、支部長に殴りかかろうとしたが、支部長の反撃に意識を失った。
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