【完】クレオメの時間〜花屋と極道〜

ムラサキ

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 夏夜が妊娠をした。その頃、百目鬼組にはある噂が流れていた。規模の大きい詐欺集団が百目鬼組のシマで活動しているというものだった。加えて、喧嘩もするらしくかなりタチが悪いと評判だった。他の地域で活動しながら勢力を拡大しており、そのやり口は汚く、同業の人間からも嫌われるほどだった。

「佐藤。お父さんから本邸に来いって言われたから準備しておいて。」

 お腹を大きくした夏夜は別邸の掃除をしていた佐藤にゆっくりとした歩幅で近づいていた。

「ダメですよ。夏夜さん、動いちゃ。」
「良いのよ。むしろ少しは動かないと。赤ちゃんのためにもね。」
「そんなもんなんですか…。それより総裁の呼び出しって?」
「うーん、なんでも旧友が会いに来るらしくて紹介したいらしいわよ。家族ぐるみの付き合いがしたいらしくてね。」

 その次の日、夏夜と成亮と佐藤は本邸に向かった。本邸に着いた時にはすでに先客が着いていたようで、夏夜と成亮を降ろした後に車を停め、少し遅れて佐藤は大広間に入った。

「失礼します。」

 佐藤が障子を開けた先には清兵衛、夏夜、成亮がおり、その向かいには年のいった男と若い男、隣には夏夜と同じくらいお腹を膨らませた女がいた。佐藤はその光景に背筋が凍った。その男は旭だった。

「あ、佐藤。早く入って。」

夏夜は嬉しそうに佐藤を大広間に呼んだ。佐藤は動揺を悟られぬように旭から目を逸らしながら大広間に入った。

「敬三おじさん。これが新しく入った佐藤 仁っていいます。」
「お初にお目にかかります。夏夜さんの用心棒させてもらっています。」

佐藤は習ったように敬三と呼ばれる人間に頭を下げた。

「おー、良い若者ですね。体も大きいしね。ねぇ、清さん。」
「おお、そういってくれるのか。いやー、ついこの間もやしが入ってきたと思っていたが、いつの間にかでかくなりやがった。若いってのはいいな。はっはっはっ。」

敬三と呼ばれる人間は旭の父親だった。とても柔らかく優しく笑う人間だった。清兵衛と違って体は小さく細かった。ついこの間まで百目鬼組の組員でいたが、体を壊し、引退した。その後は病院での療養生活を過ごしていた。

「ささ、成亮くんと佐藤くんは初めてだろうから改めて紹介させてもらうよ。これは俺の愚息で旭だ。…随分昔に何一つ言わず家を出てっていったんですが、この前、何もなかったかのようにひょこっと帰ってきやがって。しかも、子供と大きいお腹の嫁さんまで連れてきちまって。ほんと困ったもんですよ。」

敬三は言葉とは裏腹に嬉しくてしょうがないという様子だった。それもそうだ。肉親が出ていった後の負担に加えて体を壊し生い先短い不安に駆られた時に息子だけでなく、その嫁と孫まで見ることができたのだから。敬三が紹介を終えると旭はゆっくりと頭を下げ、嫁も同じように頭を下げた。夏夜と成亮も応えるように頭を下げていたが、清兵衛は少し硬い表情で旭をじっと見ていた。

「それでね、百目鬼組の皆さんに、特に清さん、あんたに頼まれて欲しいことがあるんだ。」
「なんだ。」
「俺の、この愚息を、組員に迎え入れて欲しいんだ。」
「…。」
「俺はもう長くない。なのに、こいつと来たら何もやらずにのらりくらり…。挙句の果てには家族まで作りやがって…。しかし、こいつの嫁と息子たちには苦労させたくねぇ。俺の最後のできることなんか清さんに頼ることしかねぇんだ。二世代で世話になんかなって情けねぇ。だが背に腹はかえられなんいんだ。分かってくれ。頼む。」

敬三は清兵衛に頭を下げようとしていた。しかし、清兵衛はそれを黙って止めた。しばらく旭を見つめてから口を開いた。

「お前、家を出てる間何やってた。」
「色々やって金稼ぎをしていましたが、最終的には喧嘩屋をやっていました。」
「大体何年ぐらいだ。」
「五年ほど。」
「一人でか?」
「基本は一人でした。…途中、二人でやっていました。」
「そいつはどうした?」

その質問に佐藤は冷や汗と脂汗をかいた。旭が何と答えるのか。佐藤は手に汗を握り聞いていた。

「死にました。」
「そうか。」

旭は佐藤のことを気遣ってか、もしくは何か企みがあってか何も言わずに終えた。

「敬三はこう言って下手に出ているが、別にただの良心で敬三を助けた訳じゃねぇ。俺らの組に従事してくれたからの信頼関係だ。実際、敬三がいなけりゃ、俺は死んでいたかもしれねぇんだ。お前が旧友の人間だからといって特別扱いはしねぇ。昔みたいな子供扱いもしねぇ。分かってて組員になるって言ってんだな?」
「はい。今の俺には力がないです。家族を守るだけの力がありません。親父の命を救ってくれた百目鬼組ありきで生まれた命です。ここで俺は生まれ変わりたいと思ってます。」
「…まあ、見ものだな…。そしたら早速明日からだ。敬三、使いもんにならないなら遠慮しねぇからな。」
「…ありがとな。清さん。」
 
 その話以後は家族の話や昔話をして酒を酌み交わした。佐藤は用心棒のため酒を飲まず、終わるまで近くの縁側でゆっくりしていた。夏夜と、旭の嫁の那月とが楽しそうに話している声が聞こえてくる。成亮が清兵衛と敬三に堅気の世界について質問責めに遭っているのがかすかにわかる。こんな時間がずっと続いていけばと佐藤は月を仰いだ。

「よう、仁くん。」

佐藤は軽く声をかけてきた旭に動揺しなかった。この人なら確実に話しかけてくると分かっていたからだ。

「ひさぶりですね。旭さん。」
「随分、立派になったな。殺されたと思ってたよ。」

旭はゆっくりと佐藤の横に腰をかけた。

「旭さんこそ、よく生き延びれましたね。」
「つめてーな、おい。」
「…本気で心配してたんすよ。」

その言葉に堪えるように旭は笑った。佐藤は相変わらずの能天気さにため息をついた。

「なんで俺のこと言わなかったんですか?」
「なになに、言って欲しかったの?」
「絶対やめてください。」
「だよね。だと思って言わなかった。それに俺にとっても都合悪いしな。
「というと?」
「実は、あの後かなり頑張って儲け話ができたんだ。百目鬼組なんて屁でも無い。」

佐藤はその言葉に血が引ける感覚がした。この男は先ほど忠誠を誓うようなことを言っていた。まさか騙そうとしているのか。本能は明らかに分かっていたが、どうしてもそれを否定したい自分がいることで混乱していた。

「なあ、仁。また俺と組まないか?ここよりもっと金が入るんだぜ。」
「何言ってんだ。あんた…。じゃあ、なんでここに来たんだよ。」
「…なんで引いてんだよ。そりゃ使えるもんは使っとかないとな。」

佐藤にとっては旭は兄貴分で、くそみたいな生活から連れ出してくれた恩人だった。なけなしの金で買った酒で兄弟の盃を交わしたこともあった。だが百目鬼組も同じようなものだ。それ以上かもしれない。佐藤は今の旭が自分の知らない人間になってしまったんだとその時区切りをつけた。

「無理です。」

旭はその返事を聞くと恐ろしいほどに顔色が変わった。佐藤はそれが分かったため目を見ることができなかった。

「なんだよ。変わったな、お前。弱み握られたくらいで。」
「何も握られて無いっすよ…」
「…じゃあ、なんで断るんだよ。」
「…。」
「…ふっ、まさかっ、お前っ、夏夜さんに惚れたとか?」

旭はバカにしたような笑いをした。佐藤はそれに何も反応しなかった。

「結局はガキってことか。お前も女で揺らぐくらい簡単な男なんだな。残念だ、残念だ。」

旭は振り絞ったような声で佐藤を罵倒した。その声は確かに震えていた。ひとしきり笑ったふりをした後、旭は佐藤の襟を掴んだ。佐藤が見た旭はなんだか泣きそうな顔をしていた。

「百目鬼に近づいたのは、お前のこと迎えに行くってのも目的にあったんだぞ…!」

旭は静かに、しかし力強く佐藤に本心をぶつけた。佐藤は旭の腕に手を置いた。

「俺は旭さんを兄貴だと思って来ました。今もです。ただここからはもう俺らの選んだ道は違う。俺は死ぬまであの人のそばに、百目鬼にいるつもりです。」
「くっ…くそっ!」
「でも、あなたのことを売るような真似もできない。今日のことは聞かなかったことにします。」

しばらくすると旭は静かに笑いながら佐藤から手を引いた。

「甘いな~、ジンくんは…。」

旭は立ち上がると佐藤を見下ろした。その目には悲しみも躊躇いもない。ヤクザの目だった。

「じゃあな、弟。」

そう冷たく言い放つと旭は大広間に帰っていった。
 二人の道が大きく違えた瞬間でもあり、運命の歯車が回り始めた瞬間でもあった。
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