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前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファン。
角馬達が翼を得るまで。【7】
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「――勝者、ヨハン!」
「くっ、後少しだったものを!」
審判が下され、喉元に剣先を突き付けられたシュテファンが悔しがる。
修行時でさえシュテファンは自分に僅差でずっと及ばなかった。
占いの予言にあった騎士の頂点に立つのは自分なのだ、とヨハンは内心得意になっていた。
そう、御前試合はヨハンとシュテファンがそれぞれ優勝と準優勝を勝ち取る結果に終わっていた。
「シーヨク庄のヴァルカーの子よ、見事」「流石は期待の星」等と殿や若君達よりお褒めのお言葉を賜る。
ちなみに蛇ノ庄のヘルムは最下位。下剤の効果は短時間でどうにもならなかったようだ。
試合が終わった後、見習い達は屋敷の中を案内された。勿論足音や物音を消す習熟度も見られている。
それが終わってやっと就寝を許された。朝は早いそうで、表向きの庭師の仕事が始まる。数刻しか眠る事が出来ない。
それでも訓練の賜物とはよく言ったもので、彼らは予定時刻よりかなり早く起き出した。
顔を洗うべく厨房に近い場所に掘られている井戸まで向かう。
と。
――あれは。
昨日見かけたマリアージュ様が居た。
供も連れずに寝衣を着たまま、貴族の娘が持つに見合わない粗末な袋を持っている。小さな姫君は周囲を窺うようにきょろきょろとした後に外へ出て、どこかへと歩いて行った。
護衛らしき不自然な影が茂みに紛れているのを見つけ、ヨハンとシュテファンはそっと声を掛ける。
「おはようございます。こんな朝早く、姫様はいずこへ?」
どう考えても不審過ぎた。
マリアージュ姫の警護に当たっていた先輩――鹿ノ庄のヘルフリッツ・ドゥームニと名乗った。二つ名は大鹿のヘルフリッツ――は、姿を見せて決まり悪そうに溜息を吐く。
「見習いか……池に行かれるのだ」
「池に?」
「……気になるなら共に来るが良い。見れば分かる」
どうにも歯切れが悪い。興味をかきたてられた兄弟はヘルフリッツと共に尾行する事にした。
池に辿り着いたマリアージュ様は粗末な袋を広げており、その周囲に水鳥達が集まって来ている。
「成る程、鳥に餌をあげていらっしゃるという事ですか」
「動物がお好きなのですね」
二人が納得しかけた所で――
「お恵みですわぁ、愚民共ぉぉぉ――! 私の前に平伏すのよぉぉ――!」
――ええ!?
マリアージュ様が叫びながら手に持ったそれを投げつけると、水鳥達はギャアギャアと騒ぎながら我先に争って殺到した。
「こ、これは……」
「ぐ、愚民共と聞こえましたが……」
到底伯爵令嬢のいう言葉ではない。
空耳か、聞き間違いかと思ってヘルフリッツを見ると、気まずそうに目を逸らされる。
「……俺に訊くな。後、これは言うまでも無いが当家の秘密事項だ。外に漏れぬようにとお達しが出ているからそのつもりで」
――見てはいけないものを見てしまった。
ヨハンとシュテファンはこれ以上突っ込んでは行けないと思い、そそくさと井戸へと戻る事にした。
顔を洗っていると、そこへ先程のマリアージュ様が現れる。
「こんな朝早く。それに見ない顔だ。お前達は新人?」
声を掛けられた。令嬢らしからぬ言葉遣いだが、使用人にも気さくなお人柄のようだ。
先程の光景を思い出して内心少し動揺するも、主家の姫の事。彼らは顔に出す事無く畏まる。
「おはようございます。マリアージュ様とお見受け致します。先日より庭師見習いとして勤めさせて頂いております、ヨハンと申します」
「同じく庭師見習いとなりましたヨハンの弟、シュテファンと申します」
顔を見せるように言われたので二人は顔を上げる。
こまっしゃくれているが、マリアージュ様はくりくりとした目の美しい顔立ちの姫君だった。
殿譲りなのだろう、朝日に照らされた蜜色の髪と瞳が眩しく黄金に輝いている。
「ヨハンとシュテファン――兄弟か。道理で似ていると思った」
マリアージュ様は二人をしげしげと見比べた後、納得した顔をする。そして小首を傾げた。
「ところで、他の庭師達の名前を聞いた時も思ったんだけど。お前達も純粋なトラス王国人の名前ではないみたいだけど、何かあるのか?」
「……はい、山の民でございますれば」
「ふぅん」
箱入りの御令嬢の筈なのに、下々の名に違和感を感じる注意深さ。
言語も違ったりするのか、と問われたのである種の感動すら覚えながら頷いておく。
ガリア北方にある雪山の民と遥か昔に分かたれた民である事を説明すると、そうだったのか、と納得したように頷かれた。
「新人の内は兎に角仕事に慣れるのみ。うちの庭は広過ぎるから、適度に息抜きしながら頑張って欲しい」
ではな、とその場を後にするマリアージュ様。
「兄者、マリアージュ様は」
「ああ、変わり者というよりも、非凡な物をお持ちのようだ」
少なくとも、ただの少女ではない。
***
庭師としての仕事を教わる建前で敷地内を歩き回りながら地形や警備状況を把握して行く。
その日の表向きの仕事はそれで終わり。後は夜からのお勤めだ。
昼食を取った後、与えられた部屋で仮眠を取る。
起こされて夕食を食べ終えると、隼のジルベリクが交流も兼ねてちょっとした遊びをする、と宣言した。
「私が進行を取り仕切ろう。これは遊びであるが、訓練でもある。真剣にやるように」
言われたのは『人狼遊戯』というものだった。
『閉鎖的な村に紛れ込んだ怪物である人狼を炙り出す』という内容で、遊び手は人狼側と村人側の陣営に分かれ、会話を以って自陣営の勝利を目指すというもの。
「一日経つ毎に、疑わしき人物が投票で一人ずつ処刑されていく。この遊びは敵地潜入、もしくは侵入者を炙り出す思考を鍛えるのにどうかと殿より相談されたものであり、試験的にやってみる事にしたのだ」
遊びと言うには何とも血生臭い内容だ。しかし隠密騎士達は見習いも含め、興味津々な様子を隠せない。
ルールが説明され、くじ引きで役割が割り振られた後――遊びは始まった。
「くっ、後少しだったものを!」
審判が下され、喉元に剣先を突き付けられたシュテファンが悔しがる。
修行時でさえシュテファンは自分に僅差でずっと及ばなかった。
占いの予言にあった騎士の頂点に立つのは自分なのだ、とヨハンは内心得意になっていた。
そう、御前試合はヨハンとシュテファンがそれぞれ優勝と準優勝を勝ち取る結果に終わっていた。
「シーヨク庄のヴァルカーの子よ、見事」「流石は期待の星」等と殿や若君達よりお褒めのお言葉を賜る。
ちなみに蛇ノ庄のヘルムは最下位。下剤の効果は短時間でどうにもならなかったようだ。
試合が終わった後、見習い達は屋敷の中を案内された。勿論足音や物音を消す習熟度も見られている。
それが終わってやっと就寝を許された。朝は早いそうで、表向きの庭師の仕事が始まる。数刻しか眠る事が出来ない。
それでも訓練の賜物とはよく言ったもので、彼らは予定時刻よりかなり早く起き出した。
顔を洗うべく厨房に近い場所に掘られている井戸まで向かう。
と。
――あれは。
昨日見かけたマリアージュ様が居た。
供も連れずに寝衣を着たまま、貴族の娘が持つに見合わない粗末な袋を持っている。小さな姫君は周囲を窺うようにきょろきょろとした後に外へ出て、どこかへと歩いて行った。
護衛らしき不自然な影が茂みに紛れているのを見つけ、ヨハンとシュテファンはそっと声を掛ける。
「おはようございます。こんな朝早く、姫様はいずこへ?」
どう考えても不審過ぎた。
マリアージュ姫の警護に当たっていた先輩――鹿ノ庄のヘルフリッツ・ドゥームニと名乗った。二つ名は大鹿のヘルフリッツ――は、姿を見せて決まり悪そうに溜息を吐く。
「見習いか……池に行かれるのだ」
「池に?」
「……気になるなら共に来るが良い。見れば分かる」
どうにも歯切れが悪い。興味をかきたてられた兄弟はヘルフリッツと共に尾行する事にした。
池に辿り着いたマリアージュ様は粗末な袋を広げており、その周囲に水鳥達が集まって来ている。
「成る程、鳥に餌をあげていらっしゃるという事ですか」
「動物がお好きなのですね」
二人が納得しかけた所で――
「お恵みですわぁ、愚民共ぉぉぉ――! 私の前に平伏すのよぉぉ――!」
――ええ!?
マリアージュ様が叫びながら手に持ったそれを投げつけると、水鳥達はギャアギャアと騒ぎながら我先に争って殺到した。
「こ、これは……」
「ぐ、愚民共と聞こえましたが……」
到底伯爵令嬢のいう言葉ではない。
空耳か、聞き間違いかと思ってヘルフリッツを見ると、気まずそうに目を逸らされる。
「……俺に訊くな。後、これは言うまでも無いが当家の秘密事項だ。外に漏れぬようにとお達しが出ているからそのつもりで」
――見てはいけないものを見てしまった。
ヨハンとシュテファンはこれ以上突っ込んでは行けないと思い、そそくさと井戸へと戻る事にした。
顔を洗っていると、そこへ先程のマリアージュ様が現れる。
「こんな朝早く。それに見ない顔だ。お前達は新人?」
声を掛けられた。令嬢らしからぬ言葉遣いだが、使用人にも気さくなお人柄のようだ。
先程の光景を思い出して内心少し動揺するも、主家の姫の事。彼らは顔に出す事無く畏まる。
「おはようございます。マリアージュ様とお見受け致します。先日より庭師見習いとして勤めさせて頂いております、ヨハンと申します」
「同じく庭師見習いとなりましたヨハンの弟、シュテファンと申します」
顔を見せるように言われたので二人は顔を上げる。
こまっしゃくれているが、マリアージュ様はくりくりとした目の美しい顔立ちの姫君だった。
殿譲りなのだろう、朝日に照らされた蜜色の髪と瞳が眩しく黄金に輝いている。
「ヨハンとシュテファン――兄弟か。道理で似ていると思った」
マリアージュ様は二人をしげしげと見比べた後、納得した顔をする。そして小首を傾げた。
「ところで、他の庭師達の名前を聞いた時も思ったんだけど。お前達も純粋なトラス王国人の名前ではないみたいだけど、何かあるのか?」
「……はい、山の民でございますれば」
「ふぅん」
箱入りの御令嬢の筈なのに、下々の名に違和感を感じる注意深さ。
言語も違ったりするのか、と問われたのである種の感動すら覚えながら頷いておく。
ガリア北方にある雪山の民と遥か昔に分かたれた民である事を説明すると、そうだったのか、と納得したように頷かれた。
「新人の内は兎に角仕事に慣れるのみ。うちの庭は広過ぎるから、適度に息抜きしながら頑張って欲しい」
ではな、とその場を後にするマリアージュ様。
「兄者、マリアージュ様は」
「ああ、変わり者というよりも、非凡な物をお持ちのようだ」
少なくとも、ただの少女ではない。
***
庭師としての仕事を教わる建前で敷地内を歩き回りながら地形や警備状況を把握して行く。
その日の表向きの仕事はそれで終わり。後は夜からのお勤めだ。
昼食を取った後、与えられた部屋で仮眠を取る。
起こされて夕食を食べ終えると、隼のジルベリクが交流も兼ねてちょっとした遊びをする、と宣言した。
「私が進行を取り仕切ろう。これは遊びであるが、訓練でもある。真剣にやるように」
言われたのは『人狼遊戯』というものだった。
『閉鎖的な村に紛れ込んだ怪物である人狼を炙り出す』という内容で、遊び手は人狼側と村人側の陣営に分かれ、会話を以って自陣営の勝利を目指すというもの。
「一日経つ毎に、疑わしき人物が投票で一人ずつ処刑されていく。この遊びは敵地潜入、もしくは侵入者を炙り出す思考を鍛えるのにどうかと殿より相談されたものであり、試験的にやってみる事にしたのだ」
遊びと言うには何とも血生臭い内容だ。しかし隠密騎士達は見習いも含め、興味津々な様子を隠せない。
ルールが説明され、くじ引きで役割が割り振られた後――遊びは始まった。
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