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山猫のサリーナ。
山猫娘の見る夢は。【25】
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夜の帳が下り、篝火が焚かれた中。
隠密騎士の訓練に再び顔を出したサリーナに、隠密騎士達は動揺を見せた。
騒めく男達に構わず、その中へと歩いて行く。
「諦めが悪いな――性懲りも無くまた来たのか」
魔猿のジークラスが呆れたように言う声が聞こえた。ちらりとそちらを見てみると、猛牛のウルリアンの心配そうな眼差しと目がかち合う。
軽く会釈をすると、彼らは驚いたように瞠目していた。
「サリーナ、お前……」
叔父である三頭獣のレオポールが恐る恐る近付いて来た。白獅子のオーギーもそれに続く。
「な、何度言ったら分かるんだ山猫娘。女は隠密騎士にはなれな――」
「――それは理解しているし、もう隠密騎士になろうとは思っていないわオーギー兄様。
ただ、訓練に参加するお許しは頂いたままだから参加するの。腕を鈍らせたくないだけ」
サリーナは立ち止まると、戸惑う叔父と従兄弟を真っ直ぐに見据えて機先を制し、きっぱりと断りを入れる。
先日の意趣返しとばかりにサリーナはにこりと笑顔を見せてから彼らの方を向いて手を振った。
「ヨハン、シュテファン――訓練の相手をお願いするわ! マリー様をお守りする際の連携についても訓練しておきたいので! そしてカール! 蛇ノ庄の体術を教えてくれないかしら?」
そう叫ぶと、他の男達がぎょっとしたような表情になった。
サリーナのお願いにシーヨク兄弟とカールは周りを気にした様子も無く、ニヤリと笑いながら手を振り返している。
「――了承した、こちらへ来るが良い」
「今日から宜しく頼む」
「構わないよー、サリーナなら上手く使いこなせそうだしねー」
全員の視線を一身に浴びつつサリーナは彼らの下へと歩いて行く。
隼のジルベリクは片眉を上げたものの、黙って成り行きを見ていた。
白獅子のオーギーが困惑したように「これは一体どういう事だ?」と疑問を口にする。
それに答えたのはヨハンとシュテファンだった。
「ふふふ。白獅子よ、獅子ノ庄の山猫はいつまでもお前の知る子猫のままでは無い。喜ばしい事に主を得たのだ。
サリーナにしか出来ぬ事、己が行く道を見つけた。それは運命に抗う道でも無く、かと言って従う道でも無く、またそのいずれでもある」
「うむ、主に認められた今――彼女はここに居る誰の評価も許しも必要とせぬようになった。ただ為すべき事をする、それだけだ」
シーヨク兄弟の言葉に、獅子ノ庄の二人は首を傾げる。
「主……?」
「もしかして……マリアージュ様、か?」
レオポールの疑問にヨハンが「然り」と答える。
その時丁度彼らに合流したサリーナはそちらを振り返った。
「レオポール叔父様、オーギー兄様。『隠密騎士であれ侍女であれ、主家にお仕えするという事には変わりが無い』――お屋敷に来る前、お母様がそう言ったの。
思い返せばその通りだったわ。私は、『隠密騎士でなければ認められない』という呪縛のような思い込みに囚われていたの」
そう、あれは呪縛だった。
「――でも、今は違う。自分がこうありたいという事は誰かに認めて評価して貰わないといけないような性質のものじゃ無いってマリー様に言われて気付いたの――本当は、私は自由で何にでもなれるって事に。
マリー様は私が望むなら、他の誰が認めずとも私が認め、許すと仰って下さったわ。
その時初めて、私はこれまでの全てが報われたと思えたの。
マリー様に心から仕え、お守りするという新たな目標や、思いを同じくする仲間が出来た。だから私は私の得意な事や出来る事を精一杯やるつもりよ。
私は、マリー様をお守りする為の腕を磨く――その為だけにこの場に戻って来たの」
何時の間にか静まり返っていた中でのサリーナの独白に、レオポールは一瞬虚を突かれたような表情になった。
やがて、その顔はくしゃりと歪められる。
「そう、そうか……良かったな、サリーナ。あの小さかった山猫が、いつの間にか立派な雌獅子になっていたか。先日は……酷い事を言って済まなかった」
「あの時は悪かった……」
レオポールは瞳を潤ませ、オーギーも肩を落として何かを堪えるように俯いている。
――そんな様子を見てしまったら怒るに怒れないじゃない。
サリーナは苦笑いを浮かべた。
「……二人共、私に『隠密騎士』になる事を諦めさせるつもりだったんでしょう?」
冷静になって考えると、そうとしか思えなかった。
答え合わせをするつもりで問いかけると、オーギーはあっさりと頷いた。
「ああ。あそこで完全に諦めて貰わなければいずれもっと辛い事になると思ったのだ。それならばいっそ、身内である俺達が、と」
――やっぱり。
サリーナは溜息を吐き、肩を竦める。
「正直、あの時は裏切られた事にとっても傷ついたわ。
でも、あの事があったからこそ今の私があるようなものだから、許すわ。ただし二度目は無いわよ?」
おどけたように言うと、オーギーは「ああ、勿論だ」と微笑み、叔父レオポールは感極まったようにサリーナを抱きしめた。
目を白黒させるサリーナを見て、シーヨク兄弟やカールが笑い出す。
やがてそれはその場に居る男達皆に伝染していった。
隠密騎士の訓練に再び顔を出したサリーナに、隠密騎士達は動揺を見せた。
騒めく男達に構わず、その中へと歩いて行く。
「諦めが悪いな――性懲りも無くまた来たのか」
魔猿のジークラスが呆れたように言う声が聞こえた。ちらりとそちらを見てみると、猛牛のウルリアンの心配そうな眼差しと目がかち合う。
軽く会釈をすると、彼らは驚いたように瞠目していた。
「サリーナ、お前……」
叔父である三頭獣のレオポールが恐る恐る近付いて来た。白獅子のオーギーもそれに続く。
「な、何度言ったら分かるんだ山猫娘。女は隠密騎士にはなれな――」
「――それは理解しているし、もう隠密騎士になろうとは思っていないわオーギー兄様。
ただ、訓練に参加するお許しは頂いたままだから参加するの。腕を鈍らせたくないだけ」
サリーナは立ち止まると、戸惑う叔父と従兄弟を真っ直ぐに見据えて機先を制し、きっぱりと断りを入れる。
先日の意趣返しとばかりにサリーナはにこりと笑顔を見せてから彼らの方を向いて手を振った。
「ヨハン、シュテファン――訓練の相手をお願いするわ! マリー様をお守りする際の連携についても訓練しておきたいので! そしてカール! 蛇ノ庄の体術を教えてくれないかしら?」
そう叫ぶと、他の男達がぎょっとしたような表情になった。
サリーナのお願いにシーヨク兄弟とカールは周りを気にした様子も無く、ニヤリと笑いながら手を振り返している。
「――了承した、こちらへ来るが良い」
「今日から宜しく頼む」
「構わないよー、サリーナなら上手く使いこなせそうだしねー」
全員の視線を一身に浴びつつサリーナは彼らの下へと歩いて行く。
隼のジルベリクは片眉を上げたものの、黙って成り行きを見ていた。
白獅子のオーギーが困惑したように「これは一体どういう事だ?」と疑問を口にする。
それに答えたのはヨハンとシュテファンだった。
「ふふふ。白獅子よ、獅子ノ庄の山猫はいつまでもお前の知る子猫のままでは無い。喜ばしい事に主を得たのだ。
サリーナにしか出来ぬ事、己が行く道を見つけた。それは運命に抗う道でも無く、かと言って従う道でも無く、またそのいずれでもある」
「うむ、主に認められた今――彼女はここに居る誰の評価も許しも必要とせぬようになった。ただ為すべき事をする、それだけだ」
シーヨク兄弟の言葉に、獅子ノ庄の二人は首を傾げる。
「主……?」
「もしかして……マリアージュ様、か?」
レオポールの疑問にヨハンが「然り」と答える。
その時丁度彼らに合流したサリーナはそちらを振り返った。
「レオポール叔父様、オーギー兄様。『隠密騎士であれ侍女であれ、主家にお仕えするという事には変わりが無い』――お屋敷に来る前、お母様がそう言ったの。
思い返せばその通りだったわ。私は、『隠密騎士でなければ認められない』という呪縛のような思い込みに囚われていたの」
そう、あれは呪縛だった。
「――でも、今は違う。自分がこうありたいという事は誰かに認めて評価して貰わないといけないような性質のものじゃ無いってマリー様に言われて気付いたの――本当は、私は自由で何にでもなれるって事に。
マリー様は私が望むなら、他の誰が認めずとも私が認め、許すと仰って下さったわ。
その時初めて、私はこれまでの全てが報われたと思えたの。
マリー様に心から仕え、お守りするという新たな目標や、思いを同じくする仲間が出来た。だから私は私の得意な事や出来る事を精一杯やるつもりよ。
私は、マリー様をお守りする為の腕を磨く――その為だけにこの場に戻って来たの」
何時の間にか静まり返っていた中でのサリーナの独白に、レオポールは一瞬虚を突かれたような表情になった。
やがて、その顔はくしゃりと歪められる。
「そう、そうか……良かったな、サリーナ。あの小さかった山猫が、いつの間にか立派な雌獅子になっていたか。先日は……酷い事を言って済まなかった」
「あの時は悪かった……」
レオポールは瞳を潤ませ、オーギーも肩を落として何かを堪えるように俯いている。
――そんな様子を見てしまったら怒るに怒れないじゃない。
サリーナは苦笑いを浮かべた。
「……二人共、私に『隠密騎士』になる事を諦めさせるつもりだったんでしょう?」
冷静になって考えると、そうとしか思えなかった。
答え合わせをするつもりで問いかけると、オーギーはあっさりと頷いた。
「ああ。あそこで完全に諦めて貰わなければいずれもっと辛い事になると思ったのだ。それならばいっそ、身内である俺達が、と」
――やっぱり。
サリーナは溜息を吐き、肩を竦める。
「正直、あの時は裏切られた事にとっても傷ついたわ。
でも、あの事があったからこそ今の私があるようなものだから、許すわ。ただし二度目は無いわよ?」
おどけたように言うと、オーギーは「ああ、勿論だ」と微笑み、叔父レオポールは感極まったようにサリーナを抱きしめた。
目を白黒させるサリーナを見て、シーヨク兄弟やカールが笑い出す。
やがてそれはその場に居る男達皆に伝染していった。
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