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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
夏のボーナス。
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あれから。
私の祖母ラトゥとグレイの祖母パレディーテがラベンダー修道院へ花見がてら旧交を温めたり。姉二人がダブルデートを楽しんだり、両親と弟妹がピクニックに出掛けたり。
皆が楽しそうにしている中、私はばあやの扱きにひいこらである。しかしぎっくり腰にさせた手前、強くは出れない。心では涙を流し、時にはメリーの慰めに癒されつつ、大人しく頑張って淑女教育をおさらいしていた。毎朝の習慣については「嫁がれるまでですからね!」と黙認して貰っている。
グレイは数日に一度会いに来てくれるが、以前言っていた通り、株式云々で忙しくなったようだ。バス方式による辻馬車の運行を手始めにするそうなので、それ関連か。暫くデートは難しいかも。彼によると、例の小説の売れ行きは好調らしい。実際、義兄アールとアナベラ姉は社交界に出掛ける頻度が明らかに増えている。
私もグレイ経由でファンレターを幾つも受け取っていた。ちなみに著者名は『ローズマリー』となっている。流石に『反逆の雌豚』では駄目だとグレイに叱られてしまったのだ。私的には全然オッケーなのに。仕方なく好きな薔薇と愛称を組み合わせて、『ローズマリー』としたのだ。ハーブの名前でもある事だし、違和感は無いだろう。念の為、返事はサリーナに代筆させている。
曰く、
――手に汗握る展開で、ドキドキしました。オール様が素敵。赤毛の男性も悪くないかも知れませんわ。
――今まで自分の髪の色が嫌いだったのですが、そう悪いものでもないと思い始めています。
等々、どうやら社交界では赤毛ブームが始まっているらしい。ラベンダーも売れているとか。「刈り取るのが無駄にならなくて良かった」とは、満面の笑みを浮かべたグレイの言。彼自身、赤毛に対する風当たりが弱まっているのを実感しているとの事。
大半は物語を純粋に楽しんだ女性からのものだが、男女問わずちらほらと赤毛の方からのお礼の内容も。前世でも日本のアニメの赤毛キャラに救われたっていう外国の方も居たらしいし、書いて良かったと思う。
***
誓約書の日から数えて二十六日目。とうとうメイソンからの金が途絶えた。「主人が是非マリアージュ様に一目なりともお会いしたいと申されております!」等と使者が食い下がったり、昨日などは本人がやってきたりもしたが、「誓約が果たされるまで絶対にお会いしたくありません」の一点張りで全部父や兄達に追い返して貰っていた。
夏真っ盛りともなると、室内で窓を開け放っていても暑い。アナベラ姉が気だるそうに扇を仰ぐ。
「案外もちませんでしたわね」
「リプトン伯爵家は没落寸前でしたもの。ドルトン侯爵家からの援助はきっと無かったのでしょうね」
アン姉も暑さの所為か力無く言う。「ああ、それよりも水浴びがしたいわ」
アナベラ姉がそれに同意したところで私は俯いた。私自身、暑さを感じているが、それ以上に手に入れた金額に元気を貰っていたのである。
「酷いわ……今日を入れて後七十五日も残っておりますのに。メイソン様のお言葉は薄っぺらく、全くの虚偽だったのよ」
まあ初めから分かってたけど、と内心ちろりと舌を出す。
よよよ、と泣き真似をすると、メイソン由来の私宛の手紙や金等の管理を父から丸投げされていたトーマス兄が「嘘臭い…」と呆れ声で呟いた。
「一応言っておくが、現時点で累計金額は王国銅貨で三千三百五十五万四千四百三十一枚。大金貨三十三枚と少しだ。空恐ろしい……」
この調子でいくと九十九日目にはどうなる事か、と身を震わせる兄。祖母ラトゥがクスクスと笑った。
「あらあら、随分儲けたのねぇ、マリーちゃん」
「うふふ、嫌だわお婆様人聞きの悪い」
泣き真似を止めて笑い返す。カレル兄が何やらテーブルに書く真似をしていた。
「今日は前日の倍――という事は、昨日の枚数からすると累計に近い金額だ。更にその次はまた倍。そう考えると流石に払えなかったのだろう」
その言葉には全く同意だ。つまり、誓約はここいらで打ち止めという事になる。
私は父に視線を向けた。
「お父様、このお金返さなくても良いですわよね? 何と言っても誓約書に書いてあるのですから」
父は眉を顰めたものの、しぶしぶと頷いた。
「しかしこの金額はお前の小遣いにしては多すぎるのだが。何に使うんだ?」
「何にって……皆にプレゼントを買ったり、グレイと美味しい物を食べたり、遊びに行ったり。それでも沢山余るなら、残りは……うーん、そうだわ! グレイに任せて資産運用しましょう!」
私はポンと掌を叩いた。祖父ジャルダンがホッホっと「マリーはしっかりしているな。良いお嫁さんになるぞ」と笑う。
そう。富める者は資産を寝かさず、転がして増やすものである。私も特に買い物とかも行かないし、欲しい物もない。グレイとの楽しみに使った残りは投資に回すことに決めた。
私の祖母ラトゥとグレイの祖母パレディーテがラベンダー修道院へ花見がてら旧交を温めたり。姉二人がダブルデートを楽しんだり、両親と弟妹がピクニックに出掛けたり。
皆が楽しそうにしている中、私はばあやの扱きにひいこらである。しかしぎっくり腰にさせた手前、強くは出れない。心では涙を流し、時にはメリーの慰めに癒されつつ、大人しく頑張って淑女教育をおさらいしていた。毎朝の習慣については「嫁がれるまでですからね!」と黙認して貰っている。
グレイは数日に一度会いに来てくれるが、以前言っていた通り、株式云々で忙しくなったようだ。バス方式による辻馬車の運行を手始めにするそうなので、それ関連か。暫くデートは難しいかも。彼によると、例の小説の売れ行きは好調らしい。実際、義兄アールとアナベラ姉は社交界に出掛ける頻度が明らかに増えている。
私もグレイ経由でファンレターを幾つも受け取っていた。ちなみに著者名は『ローズマリー』となっている。流石に『反逆の雌豚』では駄目だとグレイに叱られてしまったのだ。私的には全然オッケーなのに。仕方なく好きな薔薇と愛称を組み合わせて、『ローズマリー』としたのだ。ハーブの名前でもある事だし、違和感は無いだろう。念の為、返事はサリーナに代筆させている。
曰く、
――手に汗握る展開で、ドキドキしました。オール様が素敵。赤毛の男性も悪くないかも知れませんわ。
――今まで自分の髪の色が嫌いだったのですが、そう悪いものでもないと思い始めています。
等々、どうやら社交界では赤毛ブームが始まっているらしい。ラベンダーも売れているとか。「刈り取るのが無駄にならなくて良かった」とは、満面の笑みを浮かべたグレイの言。彼自身、赤毛に対する風当たりが弱まっているのを実感しているとの事。
大半は物語を純粋に楽しんだ女性からのものだが、男女問わずちらほらと赤毛の方からのお礼の内容も。前世でも日本のアニメの赤毛キャラに救われたっていう外国の方も居たらしいし、書いて良かったと思う。
***
誓約書の日から数えて二十六日目。とうとうメイソンからの金が途絶えた。「主人が是非マリアージュ様に一目なりともお会いしたいと申されております!」等と使者が食い下がったり、昨日などは本人がやってきたりもしたが、「誓約が果たされるまで絶対にお会いしたくありません」の一点張りで全部父や兄達に追い返して貰っていた。
夏真っ盛りともなると、室内で窓を開け放っていても暑い。アナベラ姉が気だるそうに扇を仰ぐ。
「案外もちませんでしたわね」
「リプトン伯爵家は没落寸前でしたもの。ドルトン侯爵家からの援助はきっと無かったのでしょうね」
アン姉も暑さの所為か力無く言う。「ああ、それよりも水浴びがしたいわ」
アナベラ姉がそれに同意したところで私は俯いた。私自身、暑さを感じているが、それ以上に手に入れた金額に元気を貰っていたのである。
「酷いわ……今日を入れて後七十五日も残っておりますのに。メイソン様のお言葉は薄っぺらく、全くの虚偽だったのよ」
まあ初めから分かってたけど、と内心ちろりと舌を出す。
よよよ、と泣き真似をすると、メイソン由来の私宛の手紙や金等の管理を父から丸投げされていたトーマス兄が「嘘臭い…」と呆れ声で呟いた。
「一応言っておくが、現時点で累計金額は王国銅貨で三千三百五十五万四千四百三十一枚。大金貨三十三枚と少しだ。空恐ろしい……」
この調子でいくと九十九日目にはどうなる事か、と身を震わせる兄。祖母ラトゥがクスクスと笑った。
「あらあら、随分儲けたのねぇ、マリーちゃん」
「うふふ、嫌だわお婆様人聞きの悪い」
泣き真似を止めて笑い返す。カレル兄が何やらテーブルに書く真似をしていた。
「今日は前日の倍――という事は、昨日の枚数からすると累計に近い金額だ。更にその次はまた倍。そう考えると流石に払えなかったのだろう」
その言葉には全く同意だ。つまり、誓約はここいらで打ち止めという事になる。
私は父に視線を向けた。
「お父様、このお金返さなくても良いですわよね? 何と言っても誓約書に書いてあるのですから」
父は眉を顰めたものの、しぶしぶと頷いた。
「しかしこの金額はお前の小遣いにしては多すぎるのだが。何に使うんだ?」
「何にって……皆にプレゼントを買ったり、グレイと美味しい物を食べたり、遊びに行ったり。それでも沢山余るなら、残りは……うーん、そうだわ! グレイに任せて資産運用しましょう!」
私はポンと掌を叩いた。祖父ジャルダンがホッホっと「マリーはしっかりしているな。良いお嫁さんになるぞ」と笑う。
そう。富める者は資産を寝かさず、転がして増やすものである。私も特に買い物とかも行かないし、欲しい物もない。グレイとの楽しみに使った残りは投資に回すことに決めた。
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