貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(45)

　「……という事が分かりました。それで、イエイツ修道士はこれを上の権力を持つ方々に知らせて何とかするべきだと考えているんです。人一人の手に負えないと。マリーの事をどうしても教えられないのかって何度か訊かれましたし。今は何とかやってくるであろう被害を少なくする備えが出来ないかと過去の記録を調べるのだと」

　キャンディ伯爵家の喫茶室。
　僕はマリーとサイモン様、二人の兄君、マリーの祖父ジャルダン様に最初から話をしていた。この事はキャンディ伯爵家の男達全員が知っておくべきだとサイモン様は思われたらしいけど……きっと心労を分担したいに違いないと僕は思う。
　マリーは対策について思いつく事を列挙していた。よくそんなにポンポンと知恵が出て来るものだ。やはり食料保存が一番大事だと考えているようで、それは僕も同意見である。
　上つ方々に話を上げて、国や教会で事に当たるのならば、一番の問題はサイモン様の言われる通り、話の出所だ。マリーを権謀渦巻く世界に出す訳にはいかない。本人も嫌そうな表情だ。
　マリーは人を増やして更に調査をする事で時間稼ぎをし、その間に出所をでっち上げられればと案を出した。いつもとは違い、子供のような言動に僕は目を丸くする。
　トーマス様が呆れたように僕が居る事を忘れているだろうと言い、そこで彼女は我に返ったのだろう。しまった、という表情を浮かべてこちらを見た。

　へぇ……まだ本性を隠してたんだ。

　取り繕わない彼女でも十分魅力的だ。僕の前では家族に対するのと同じように接して欲しい。多少面白くない気持ちを晴らすように散々マリーの頬っぺたを突いて散々揶揄った。いつぞやされたことの仕返しも兼ねて。


＊＊＊


　『例の事、精査して裏付けを取る事になった。そちらは引き続き頼む。　Ｇ』

　キャンディ伯爵家から帰った翌日、僕は書付をイエイツ修道士宛で送った。

　昨日の話し合いの結果は結局、上へ報告するにしても人を増やして更に綿密な調査をしないと、という事に落ち着いたのだ。調査は主に王城の図書館にも入れるキャンディ伯爵家が担当する。時間稼ぎをしている間に話の出所を何とか足の付かないようにするそうだ。
　ルフナー子爵家はその結果次第で食料保存方法の開発等に携わる事となるだろう。保存方法と言えば乾燥させたり瓶詰にしたりするのが一般的だけど、マリーは『缶詰』という、金属の容器に密封するやり方があると言っていた。
　やり方は簡単に教えて貰った事だし、どうせ作る事になるのなら、早めでも鍛冶職人に頼んでみても良いかも知れない。どれだけ保存が効くのかも試してみなければいけない事だし。

　鍛冶職人を訪ねたり、株式の発行や商会の仕事で忙しくしていると、時は瞬く間に過ぎていく。あっという間にマリーに蓮を見せる約束の日になった。



　その日の早朝。

　まだ空が暗い内から起き出すと、僕は着替えて彼女を迎える準備をしていた。
　何でも、蓮の花は朝に音を立てて開くのだそうで。

　出迎えに付き添ってくれている母レピーシェに訊いてみると、「マリーちゃんは良く知ってるわね」と。確かにそうらしい。どんな音がするんだろうか。

　家の前で待っていると、約束の時刻よりはやや早い頃だろうか。キャンディ伯爵家の立派な馬車がやってきた。
　馬車を降りてくるマリーは、濃淡様々なピンクで彩られたドレスを身に纏っている。高価な薄衣を重ねて作られたそれは、まるで蓮の花のようで。

　今日もマリーは可愛い。

　彼女は如才なく母に目を留めると、淑女の礼を取った。早朝の訪問の詫びと挨拶、蓮のお礼を述べている。
　これから朝食に取り掛かる母と別れると、僕はマリーをエスコートし、庭へと足を運んだ。蓮の咲いている池まで来ると、マリーはわあと声を上げた。
　蓮は彼女の思う植物で間違いないとの事。良かったと思う。
　根っこが食べられると確認したところで、今にも開きそうな蕾を見つけた僕達は、静かに開花を待つ事になった。

　僕は耳を澄ませながらも、蓮の蕾ではなくマリーを見ていた。
　じっと蕾に注視している美貌の横顔。夏仕様の薄く露出の多いドレス、眩しいほどに白く滑らかな胸元に流れる蜜色の緩やかに巻いた一筋の髪。その様子は酷く煽情的で――今この場には二人しかいない、と脳裏で欲望が囁く。
　彼女を抱きしめて不埒な事をしたくなって、僕は今はダメだとぐっと拳を握って堪えた。静かなあまり、僕の心臓の音が彼女に聞こえてしまわないかとさえ思う。

　不意に、パッと音がした。見ると、あの蕾が花開いている。
　無邪気に感動して喜んでいるマリー。きっと彼女は僕の中に渦巻く汚い劣情なんか知る由も無いだろうな。