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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

おとぎの国のお姫様はいつだって歌が大好き。

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 サリーナにアン姉の侍女と共に給仕を頼む。お菓子とお茶が運ばれて来る事には、アン姉はまだ涙を流していたが、少し落ち着きを取り戻していた。

 「ごめんなさいね、マリー。心配を掛けたわね」

 「良いの。だって悪いのはクジャク野郎だもの。ところで、あいつはアン姉にも挙動不審になるの?」

 こくりと頷かれた。マジか。

 「婚約者なのに?」

 「お会いして間もない頃はもっと酷かったわ。目を合わせて下さらないのは勿論、話し掛けてもどこか上の空で要領を得なくて……」

 「あ、やっぱりアン姉にもそんな感じだったんだ」

 「少しずつそれも無くなって行って、話しかけて下さったり、贈り物をして下さったりするようになって……それで少しは気持ちを通わせて下さっていると思っていたのに……」

 アン姉は、また涙が込み上げて来たのかハンカチで目頭を押さえる。そしてぐすぐすと鼻を鳴らしながら私の手を握った。

 「マリー、あなたは私の分も幸せになってね……」

 あかん。アン姉、完全に諦めモードになってる。

 私は何とかして彼女を奮い立たせようとグルグルと考えた。

 そうだ、こんな時こそ!

 「アン姉、こういう時は歌よ。歌を歌ってスカッとするのが一番! マリーがお手本を見せてあげる!」

 言って、私はすくっと立ち上がった。いつぞやの、夢でイントロだけ聞いて終わった曲。今のアン姉が歌うのにぴったりの内容だった。
 あの方の曲をいつかこの世界に広めようと、こちらの言葉で曲に合うように少しばかり翻訳していたのを思い起こす。

 「では、マリー歌います! デケデケデケデケ……」

 アカペラなので口でイントロビートを刻む。穏やかな歌い方じゃダメだ。もっと、魂を震わせるような、原曲に出来るだけ忠実なそれでないと!

 私は息を吸い込み、腹に力を入れた。

 「『本能のみで生き理性を忘れる

 帰る場所があってもあちらこちらの

 花々をふらふら飛び回る蝶の如くゥ~

 欲望と愛の区別が付かない

 正にお前は畜生道ォォ~!』」

 くっ、十四の小娘の声ではあの方の地獄の帝王の様な声が出ない。それでも頑張る、アン姉の為に!
 アン姉の目が丸くなった。呆気に取られたようにポカーンとこちらを見つめている。アン姉の侍女は説明を求めるようにサリーナを見るが、彼女は平常運転で能面のような顔を保ち続けていた。

 「『生まれついてのろくでなしィ~♪

 生まれついての豚野郎ォ~♪

 生まれついてのケダモノォ~♪

 生まれついての畜生道ォ~♪』」

 呆けたアン姉に構わず、サビをシャウトするように歌う。
 ガチでメタル再現である。
 元から単純な曲なので、サビなら即興で歌える筈。

 「さあ、アン姉もご一緒に! あのクジャク野郎を蹴り倒して唾吐きかける気持ちで叫ぶのよ!」

 「ええっ!?」

 「マリーに続いて! 『生まれついてのろくでなしィ~♪』」

 「う、『生まれついてのろくでなしィ~♪』」

 「声が小さい、もっと大きく! 全ての感情を解き放つのよ、アン姉! 『生まれついての豚野郎ォ~♪』」

 「そ、そんな。『生まれついての豚野郎ォ~♪』」

 「その調子よ! 恥もかなぐりすてて、もっと大きく叫んで! 『生まれついての獣ォ~♪』!」

 「『生まれついての獣ォ~♪』!」

 最初は小さな声で恥ずかしそうにしていたアン姉だったが、だんだん慣れてきたのか、声が大きくなっていった。私もノッてきてコルナサインを繰り出し始める。

 「『生まれついての畜生道ォ~♪』、はい!」

 「『生まれついての畜生道ォ~♪』!!」

 「じゃあもう一回! 『生まれついてのろくでなしィ~♪』!」

 「『生まれついてのろくでな』っ!!」

 アン姉がはっとしたように歌を止める。どうしたのかと思うと口をパクパクさせながら私の後ろを指さしている。

 「えっ、何!?」

 振り向くと、喫茶室の扉が開いていて、グレイが気まずそうにこちらを見ていた。

 「何か……ごめん」

 パタン、と扉が閉められた。

 「ぎゃああ――! ちょっと待って待ってグレイー!」

 慌てて扉を開けて彼を引き止めたのは言うまでもない。


***


 「気が狂ったように見えたのはわかってる。でも悲しい時、辛い時、鬱屈した時。人は思い切り歌ったり踊ったりして感情を解放しないといけないものなのよグレイ。そう、心を守るために」

 「う、うん……そう言う事にしておくよ」

 そんな屁理屈を並べ立て、私はグレイに無理矢理納得させた。返答の仕方がちょっと気になるが、これ以上この件に関して深追いするのは危険だ。
 それよりも、と話題を変える。

 「もうグレイも知ってるかも知れないけど、アン姉の婚約者のザイン・ウィッタードがね、」

 事情を説明すると、グレイは成る程、と頷いた。

 「兄さんからも、その……良くない場所に通っているらしい事は聞いてる。更に詳しく聞き取り調査をしたんだけど、どうも枕を共にしている様子では無かったそうなんだ」

 「それ、本当なの?」

 「はい、アン様。高貴な客が枕を共にしなかったとすれば、そのような女性達はその分自分の価値が下がると思い、口が固くなるそうです。兄の代わりに謝罪致します。調査に手間取ってしまい、不安にさせて本当に申し訳ありませんでした」

 「でも待って。クジャク野郎は何の為にそんな事を?」

 「さあ、そこまでは分からない。ただ、あのメイソンの通う場所と一緒というのが気になっているけれど……」

 「うーん……メイソンの事を調べてるのかしら」

 調べているとしたら、奴に命令出来る身分の人間はアルバート第一王子殿下しか思いつかない。ギャヴィンとやりあった一件もあるし、深く探られたくないところだ。
 グレイも同じことを考えたのだろう。

 「それも含めて調査したんだけど、メイソンの事を調べているようでは無かったそうだよ」

 他の客の事について訊くことも無ければ、リプトン伯爵家の名を出す事も無かったそうだ。つまり、完全にザインはプライベートで娼館に行ってるって事になる。
 それなのに、とっかえひっかえしているという美しい娼婦とは寝ていない? 訳が分からない。

 「あああ、これならやっぱり家に呼びつけて吊るし上げる方が手っ取り早くない?」

 「待って、マリー。私、アルバート殿下にお手紙を書いてみようと思うの。ザイン様は殿下の側近なのだし、それとなく訊き出して頂けないかしらって……」

 「アン姉がそう言うなら……」

 アン姉はグレイに礼を言うと、手紙を書く為に喫茶室を出て行った。
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