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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
忠告。
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「アン姉、」
会いたくないからもうお暇するわ、と囁くと、アン姉は頷いた。
「一先ず別室にお通しして頂戴。すぐにご挨拶に参りますわ」
「かしこまりました」
使用人の足音が遠ざかっていく。私は立ち上がるとサリーナを伴ってアン姉に続き応接室を出た。
「じゃあまたね、アン姉」
「気を付けて」
私は逃げるように公爵家の玄関へと向かい――
「おや、奇遇ですねマリアージュ姫。来客とは貴女の事でしたか」
――かけたところでアルバート殿下に声を掛けられてしまった。
内心舌打ちをする。
というか、何でここに居やがるのか。大人しく義兄と一緒に居ろよ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アルバート殿下はにこりとムカつくぐらいの綺麗な笑みを浮かべ紳士の礼を取った。
「お会いするのは園遊会以来ですね。あの時は御婦人方のお蔭で話しかける隙が無くて残念に思っていたのです。折角お会いできた事ですし、ご一緒にお茶でも如何ですか?」
「これは殿下。いえ、もう帰る所ですのでお気遣いなく」
グレイも居ないしお茶するなんて冗談じゃない。私はあからさまな作り笑いをして淑女の礼を取ると踵を返す。
「相変わらずつれないですね」
わざとらしい溜息と共に追いかけて来た言葉。
何とでも言え、と私は歩き出す。
「ちょっと待って下さい」
数歩歩いたところで引き留められた。流石に無視する訳にはいかないので仕方なく立ち止まって振り向く。
「何か?」
「先日、弟との文通をあっさり承諾したと聞きました。キャンディ伯爵家はやはり中立派から第二王子派になったという事でしょうか?」
耳の早い事である。何を訊くのかと思えば。
「まあ、うちは中立派ですわ。何を仰るの?」
「中立派というのならば私と話をするぐらい構わないでしょう。そうそう、王妃は弟と貴女が文通を始めたのだと噂を流し始めておりまして」
だからお茶にも応じろって事なのだろうか。だけど私にアルバート殿下と慣れ合う気は一切無い。勿論ジェレミー殿下にも。
「……姉は第一王子派であるザインお義兄様に嫁ぎましたし、私如きの噂ではそうそう政局は揺るがないと思いますが」
そう返せば、アルバート殿下は良いのですか? と片眉を上げた。
「政局は揺るがなくとも貴女は困りますよね? 文通は針の一穴――それがどんどん広がってくればジェレミーとの婚姻、という流れになって来るでしょう。そこまで来れば流石に政局も変わり私も困るんですよ。それに、貴女はグレイ殿との婚姻を望まれているのでしょう?」
「……」
私は黙る。第二王子の手紙を受け取った時から確かにそんな予想はしていた。じわじわと包囲するように既成事実を作られそうだと。
「そうなればグレイ殿の身も危険に晒される――ですので、暫くの間国外に出るなり身を隠した方が良いかと思いますよ」
「わかりました。お話はそれだけですの?」
「まだありますが、今日はやめておきましょう。グレイ殿も同席していませんしね」
「ご忠告、痛み入りますわ。ではこれで」
しかし第一王子にしたって自分の利益になる事しか言わないだろうし、これまでの事からいまいち信用性に欠ける。
帰ったら要相談だな、と私は今度こそ踵を返した。
***
天高く馬肥ゆる秋――馬の脚共も少々太ったのだろうか?
晴れ渡る空の下、客人の馬車が到着する。
園遊会の時とはまた違って落ち着いた色合いのドレスを身に纏った三夫人達がメイドの助けを借りて次々に降りて来た。
玄関で待っていた私と目が合うと、ピュシス夫人は明るい表情で微笑んだ。
「まあ、お久しぶりねぇマリーちゃん。本日はお招き頂きましてありがとうございますわぁ!」
「私も夕べはなかなか眠れませんでしたわ。楽しみで楽しみで」
「キャンディ伯爵家のお料理とお菓子はどれも美味しいと評判ざます。私も今日は楽しみざましたわ」
――キャンキャンッ!
エピテュミア夫人とホルメー夫人の挨拶に続き、屁っこき要員のガスィーちゃんも元気いっぱいだ!
「おば様達、ようこそキャンディ伯爵家へ!」
「ようこそおいで下さいました!」
弟妹達がそれぞれ可愛らしい礼を取る。襟の会なので、イサークもメリーも小ぶりのものを装着している。ちょっと居心地悪そうにしているけど、グレイも彼のお爺様のものを借りて来ているのだ。
「本日はお天気にも恵まれ、何よりでした。園遊会以来ですね」
グレイが紳士の礼を取ると、私も続いて淑女の礼をした。
「ようこそお越し頂きました、ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。お茶やお菓子にも趣向を凝らして準備しております。楽しんでいって下さいましね!」
そう、今日は待ちに待った襟友のお茶会の日。
私は三夫人を菊の間へと案内した。秋の庭に面した部屋で、色とりどりの菊花が丁度見頃を迎えている。
梨とレモンの木もあり、食べ頃の実が生っているので収穫を楽しんで貰う予定である。
会いたくないからもうお暇するわ、と囁くと、アン姉は頷いた。
「一先ず別室にお通しして頂戴。すぐにご挨拶に参りますわ」
「かしこまりました」
使用人の足音が遠ざかっていく。私は立ち上がるとサリーナを伴ってアン姉に続き応接室を出た。
「じゃあまたね、アン姉」
「気を付けて」
私は逃げるように公爵家の玄関へと向かい――
「おや、奇遇ですねマリアージュ姫。来客とは貴女の事でしたか」
――かけたところでアルバート殿下に声を掛けられてしまった。
内心舌打ちをする。
というか、何でここに居やがるのか。大人しく義兄と一緒に居ろよ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アルバート殿下はにこりとムカつくぐらいの綺麗な笑みを浮かべ紳士の礼を取った。
「お会いするのは園遊会以来ですね。あの時は御婦人方のお蔭で話しかける隙が無くて残念に思っていたのです。折角お会いできた事ですし、ご一緒にお茶でも如何ですか?」
「これは殿下。いえ、もう帰る所ですのでお気遣いなく」
グレイも居ないしお茶するなんて冗談じゃない。私はあからさまな作り笑いをして淑女の礼を取ると踵を返す。
「相変わらずつれないですね」
わざとらしい溜息と共に追いかけて来た言葉。
何とでも言え、と私は歩き出す。
「ちょっと待って下さい」
数歩歩いたところで引き留められた。流石に無視する訳にはいかないので仕方なく立ち止まって振り向く。
「何か?」
「先日、弟との文通をあっさり承諾したと聞きました。キャンディ伯爵家はやはり中立派から第二王子派になったという事でしょうか?」
耳の早い事である。何を訊くのかと思えば。
「まあ、うちは中立派ですわ。何を仰るの?」
「中立派というのならば私と話をするぐらい構わないでしょう。そうそう、王妃は弟と貴女が文通を始めたのだと噂を流し始めておりまして」
だからお茶にも応じろって事なのだろうか。だけど私にアルバート殿下と慣れ合う気は一切無い。勿論ジェレミー殿下にも。
「……姉は第一王子派であるザインお義兄様に嫁ぎましたし、私如きの噂ではそうそう政局は揺るがないと思いますが」
そう返せば、アルバート殿下は良いのですか? と片眉を上げた。
「政局は揺るがなくとも貴女は困りますよね? 文通は針の一穴――それがどんどん広がってくればジェレミーとの婚姻、という流れになって来るでしょう。そこまで来れば流石に政局も変わり私も困るんですよ。それに、貴女はグレイ殿との婚姻を望まれているのでしょう?」
「……」
私は黙る。第二王子の手紙を受け取った時から確かにそんな予想はしていた。じわじわと包囲するように既成事実を作られそうだと。
「そうなればグレイ殿の身も危険に晒される――ですので、暫くの間国外に出るなり身を隠した方が良いかと思いますよ」
「わかりました。お話はそれだけですの?」
「まだありますが、今日はやめておきましょう。グレイ殿も同席していませんしね」
「ご忠告、痛み入りますわ。ではこれで」
しかし第一王子にしたって自分の利益になる事しか言わないだろうし、これまでの事からいまいち信用性に欠ける。
帰ったら要相談だな、と私は今度こそ踵を返した。
***
天高く馬肥ゆる秋――馬の脚共も少々太ったのだろうか?
晴れ渡る空の下、客人の馬車が到着する。
園遊会の時とはまた違って落ち着いた色合いのドレスを身に纏った三夫人達がメイドの助けを借りて次々に降りて来た。
玄関で待っていた私と目が合うと、ピュシス夫人は明るい表情で微笑んだ。
「まあ、お久しぶりねぇマリーちゃん。本日はお招き頂きましてありがとうございますわぁ!」
「私も夕べはなかなか眠れませんでしたわ。楽しみで楽しみで」
「キャンディ伯爵家のお料理とお菓子はどれも美味しいと評判ざます。私も今日は楽しみざましたわ」
――キャンキャンッ!
エピテュミア夫人とホルメー夫人の挨拶に続き、屁っこき要員のガスィーちゃんも元気いっぱいだ!
「おば様達、ようこそキャンディ伯爵家へ!」
「ようこそおいで下さいました!」
弟妹達がそれぞれ可愛らしい礼を取る。襟の会なので、イサークもメリーも小ぶりのものを装着している。ちょっと居心地悪そうにしているけど、グレイも彼のお爺様のものを借りて来ているのだ。
「本日はお天気にも恵まれ、何よりでした。園遊会以来ですね」
グレイが紳士の礼を取ると、私も続いて淑女の礼をした。
「ようこそお越し頂きました、ピュシス夫人、エピテュミア夫人、ホルメー夫人。お茶やお菓子にも趣向を凝らして準備しております。楽しんでいって下さいましね!」
そう、今日は待ちに待った襟友のお茶会の日。
私は三夫人を菊の間へと案内した。秋の庭に面した部屋で、色とりどりの菊花が丁度見頃を迎えている。
梨とレモンの木もあり、食べ頃の実が生っているので収穫を楽しんで貰う予定である。
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