貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(70)

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 何事も無くマリー達を無事に送り出した後。

 我が家の一室――鉄格子が嵌められた小さな窓があるだけの薄暗い堅牢な石造りの部屋にはカールによって刈り取られた『草』が放り込まれていた。死体も並んでいる。
 この部屋には兄さんも僕も昔怒られた時に閉じ込められた事がある。祖父や父によれば、不正を犯した使用人を一時閉じ込めておくのにも使ったらしい。今は家具やがらくたを置いたりするだけの部屋だったけど……まさかこんな用途で使う事になるなんて。
 カール曰く、捕まえるのも面倒だし逃げられても困るので、相手が複数人居る場合はいつも一人だけを吹矢で生かしておくとの事。
 部屋には事前に香が焚かれ、その煙を吸った男達は倒れていた。
 既に武装は解除されている。彼らの持ち物は全て検分が終わっていた。ただ、依頼人が分かるような書付等は一切無く、手掛かりは皆無である。
 ルフナー子爵家の男達が見守る中、鶏蛇竜コカトリスのカールは一人を揺さぶり起こす。そして尋問が始まった。

 「しっかりして、大丈夫ー? 安心して、僕は味方だよー」

 「う、うぅ……」

 「残念ながら君の任務は失敗だよー、僕がちゃあんと引き継ぐから、間違えないように内容を確認させてくれないかなー? 誰をどうすればいいのー?」

 「あ、ああ……キャン、ディ、伯爵の……マリアージュ、姫を。攫う、ようにと……」

 「うん、僕が聞いていたのと間違いないねー。で、誰の所に連れて行けばいいのかなー?」

 「……ム、ムーランス伯爵の屋敷へ……」

 「ありがとー。さあ、楽になるお薬だよー。これを飲んでゆっくり休んでねー」

 カールが小瓶を自白した男の口元に当てる。それを嚥下した男は痙攣を始め、やがて泡を吹いて事切れた。

 「ムーランス伯爵かぁー。証拠ぐらい残してくれればいいのにー。さ、次!」

 その時、僕の肩にそっと手が置かれた。一瞬びくりと飛び上がりそうになる。

 「グレイ」

 「兄さん」

 アールの囁きの意味を悟って頷く。ムーランス伯爵という貴族には聞き覚えがあった。キャンディ伯爵家を特に敵視している人物で、サイモン様に気を付けるようにと言われた貴族の内の一人だ。
 その時は社交界で近づかないように気を付ける程度に思っていたけれど、こうして実際に曲者が送られてくると否が応でも実感が湧く。
 何となく、最初のデートの時を思い出す――もしかしたら、これまでも何度か狙われていたのかも知れない。僕が気付かなかっただけで。
 また、ムーランス伯爵の妻はドルトン侯爵家の傍流の娘だと聞いた事がある。

 「ドルトン侯爵家の姻戚、つまりは第二王子派」

 アン様がウィッタード公爵家に嫁入りした事、そしてメイソン事件。それで中立派だったキャンディ伯爵家が第一王子派寄りになったと思われたのかも知れない。
 しかしアナベラ様も一緒な筈なのに、マリーだけが狙われているのは。

 「……メイソン絡み、か?」

 考えて、いや、と思い直す。マリーを誘拐してメイソンと無理やり結婚させるなどサイモン様の逆鱗に触れるだろう。となれば。

 『王位がどちらに傾くかは、中立派の大貴族であるキャンディ伯爵家がどちらにつくか、も重要な要素になります。焦った王妃はサイモン殿を呼び出し、甥の事で自分からもお詫びをしたいので姫と会いたいと申し入れていましたが、サイモン殿はそれは既にドルトン侯爵家と話がついた事だと断っていました』

 アルバート殿下の声が脳裏に蘇る。そうだ、業を煮やした王妃が強硬手段に出たのかも知れない。攫わせた後、助け出すという態でマリーに恩を売り、第二王子殿下に口説かせる。
 そうであれば、成る程アルバート殿下の言う通り、悠長な状況ではないみたいだ。

 意識が朦朧としている様子の男達は、カールの優し気で巧みな囁きに次々と情報を漏らしていく。

 「生きてるー? 熊が暴走して僕と君以外全員死んじゃって、任務に失敗したんだよー」

 「す、すまねぇ……標的は…ルフナー、子爵家の、家族…」

 「うん。事が終わったら報酬は誰に貰えば良いんだったかなー? 君の分も貰ってきてあげるー」

 「金貸しの……コドラク…オロ…」

 「何だと!?」

 男の言葉に僕達の間に戦慄が走る。
 父ブルックの驚愕の声。アールが慌ててカールに駆け寄り何かを囁く。
 彼は頷くと、尋問を続けた。

 「コドラクねー。でもそれは偽名で本当は別の名前だよねー? カーフィ・モカ、で合ってたっけー?」

 「あ、ああ……。だが……呼び出す時は、その名を、使うなと……」

 「うんうん、分かってるってー。確認だよー」

 男の命が『楽になるお薬』によって散らされた頃にはもう、すっかり夕闇になってしまっていた。


***


 心許ない手燭の灯り。それを持つ使用人の顔は恐怖に歪み、泣きそうな顔をしている。
 暗闇に死んだばかりの魂が恨みを抱いて彷徨っているような気がする。足元から冷たい物が這い上がって来るような感覚。

 「すみません、でっかい麻袋無いですかー? 死体が固まる前に入れて口を縛っておこうと思うんですがー」

 そんな中、カールの嫌に明るい声が響いていた。蝋燭に照らされたその笑顔の中に冷酷さを見出してしまった僕は一瞬恐怖にぞわりと鳥肌が立ってしまう。前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンーー彼らもきっと、同じ物を持っているのだろう。

 「では、我々が」

 「あ、じゃあお願いしますねー。終わったらしっかり施錠の上、屋敷の見張りも厳重にお願いしますー。明日埋めに行きましょうー」

 とりあえず場所を変える事にした僕達は、我が家の護衛達に任せてその場を後にした。
 シャンデリアと燭台で明るい食堂で柔らかい椅子に座り、人心地付いた僕達。
 カールが思い出したとばかりにポンと手を打つ。

 「ああ、そうでしたー。カーフィ・モカって、確かマリー様がうっかり燃やした曲者の雇い主でしたよねー。先輩達が次は殺すって息巻いてましたー。外国に逃げたって聞いてましたけどー、国に帰って来てたんですねー」

 「ええ、カーフィ・モカは我が家とも因縁があって――」

 僕がコドラク・オロという名も含めてこれまでの経緯を説明をすると、彼は「あー、そういう事だったんですねー」と頷いている。「良かったですねー、偶然とは言え同一人物だと分かってー」

 「本当に神の采配じゃ。コドラク・オロがカーフィ・モカであることはこれではっきりしたのう」

 「ああ、奴はリプトン伯爵領にいる。ねぐらも既に突き止めているから後は――」

 「そうだね、お爺様、お父様。早速サイモン様にもお伝えしなきゃ」

 直ぐにでも、と思って立ち上がった僕。しかしカールに腕を軽く掴まれてしまう。

 「カール?」

 「あー、待ってくださいグレイ様ー。それは明日にしませんかー?」

 「何故? こういうのは急いだ方が良いのでは?」

 アールが首を傾げると、カールは「今朝捕まえたばかりですしー。今出るのは危険ですー」と言う。

 「失敗だと見て新たな手の者を送り込んで来てるかもしれないんで―。明るくなってから動いた方がいいですよー」

 成る程、その可能性があったか。
 影の者は同じ影の者の考えが良く分かる、という事なのだろう。
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