貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(81)

 ナヴィガポールに到着した後。
 領主館で代官のレイモンと挨拶を済ませる。ここで数日陸路の疲れを癒すので、荷解きも必要だ。その間、僕は交易所に顔を出す事にした。マリー達もついて来るというのでレイモンも案内を申し出てくれる。

 交易所の責任者であるランベール・ジレスに会って挨拶をし、変わりない事を確認。領主館から直接やって来た事を知ったランベールは、さりげなく「珍しいワインがあるのですが」と見晴らしの良い屋上に席を設けてくれた。

 ガリア南部で作られたワインは昨年よりも出来が良い。マリーやカレル様も気に入ったようなので仕入れて間違いないだろう。

 その晩は領主館で海鮮料理を振舞われた。昔から妹のように思っている再従妹またいとこのジュデットとも再会する。
 まだまだ子供だと思っていたけれど、洗練された王都の貴族の姫君であるマリーを見て、少し緊張しながらもちゃんと挨拶をしていた。それからは大人ぶって彼女に色々と料理を勧めていたので、微笑ましく思う。

 うっかり海沿いの人間しか食べない生魚の身を使った和え物を勧めていた時は流石に心配になったが、マリーは特に忌避感を感じなかったらしく、美味しいと喜んで食べている。ホッとすると同時に、マリーの事だからきっとこの料理も知っていたのだろうなと思った。

 明日の予定をレイモンが訊くと、マリーは教会と市場に行くつもりだと答える。するとジュデットが珍しい魚料理を出す店を知っている、と案内を申し出た。

 もしかして、ジュデットは初めての人なら大抵驚く生の魚料理にマリーが驚かなかったから悔しく思ったのでは。昔から負けず嫌いで悪戯好きの子だったから。
 だけど、何でも知っているようなマリーが相手じゃ……何だか嫌な予感しかしないんだけど。

 この時直感的に抱いた一抹の不安は、ばっちりと的中する事になる。


 「でもよ、度胸試しって言っても対抗があった方が盛り上がるよなぁ?」

 「良い事思いついたぜ、グレイ坊ちゃんだよ。丁度婚約者のお姫様ひいさまも居るんなら、ここはいっちょ男を見せてやれ!」


 僕自身にとばっちりが来ると言う、最悪な形で!



***



 糞、この酔っ払い共め……。どうしてこうなった。


 ジュデット一人じゃ不安があるという事でレイモンがリノを派遣してくれて、市場を見回り港ではリノの父親である船長ファリエロに挨拶して――ガリア料理の店に入ったまでは良かった。

 ジュデットが注文を引き受けて、運ばれて来た料理はいきなりの珍味。海栗は近年一般的になってきたものだし、マリーも喜んで食べているからと思っていたけれど。
 今思えばここで下手にジュデットを叱って、嫌な雰囲気になるよりはと黙っていたのがいけなかったのだろう。いつの間にかリノの対抗馬として『海の男の度胸試し』に参加する羽目になってしまった。
 ここで断れば僕は船乗り達に舐められてしまい、今後の商売にも差し障って来るだろう。それに、婚約者であるマリーの手前、絶対に断れなかった。

 しかも……よりにもよって、持って来られたのは悪魔の魚と称される八本足。

 ぬちゃぬちゃといやらしく響く水音。気持ちの悪い外見に吐き気がする。それを口に入れなければならない事を恨めしく思いながらジュデットに視線をやると、蒼白な顔をして遠まきに八本足を見ていた。

 海栗ウニも頼んだのも度胸試しをしろと言い出したのも、ジュデットの癖に。

 自分だけ食べない、安全圏から高みの見物しているのには腹が立った。帰ったらレイモンに良くお話しておこう。

 一方マリーは僕の気も知らないで涎を垂らさんばかりに至近距離で八本足を見詰めている。ジュデットの悪戯は全くマリーには効いておらず、それどころか市場で探していた魚が見つかった、とお礼さえ言う始末。
 更には自分の分の八本足料理を作って欲しいと料理人に頼んでいる。リノが「マジかよ」と言った時、僕は全くの同感だった。
 マリーはあろうことか、八本足を持ち帰って夕食を作るつもりらしい……僕、突然の腹痛に見舞われようかな。

 やがて運ばれて来た八本足は、加熱調理されていて外見が多少マシになっていたものの。元の姿はアレなのには間違いない。

 悲壮な覚悟を決めて口に運ぼうとした時、マリーがぱくりと一足先に食べてしまった。度胸試しは先に口にした方が勝ちとなる。彼女は勝負に参加してないって言うけれど、料理を頼んだ時点で既に参加と認識されてしまっている。
 そう言うと、彼女は立ち上がって手を叩いて注目を集め、ルールを『完食する事』に変えてしまった。ついでとばかりに「あーん」と僕の口に八本足の肉片を放り込んで。

 うぅ、八本足でさえなければ嬉しかったのに。

 心の涙を流しながら、僕はリノに負けじと八本足を飲み込んだ。
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