貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

某一流狙撃手「報酬は俺のスイス銀行口座に振り込んでくれ」。

 グレイが私の腕を軽く叩いた。

 「僕達も行こう。彼の話は僕も聞いてみたい」

 きっと何らかの勘が働いたのだろう。私は分かったわと頷く。

 「あっ、待ってくださいー、僕もお供しますのでー!」

 どこからかカールが慌てて駆け寄って来て合流。私達はその場に居た全員で連れ立って父サイモンの執務室へと向かったのだった。


***


 「アルトガルよ、久しいな。息災であったか」

 「お蔭様にて。実は、少し面白い話を耳にしたもので遠路はるばる罷り越しました。
 結論から申しましょう。アレマニア帝国が聖女様を手中に収めんと動き始めておりますぞ」

 「ふん、やはりか」

 私達は顔を見合わせる。正に今しがた話していた事だった。

 「ここのところ、アレマニアの者と思われる間者が増えていた。全て片付けたがな」

 「えっ、そうなの!?」

 「マリー様、ご安心を」
 「取るに足らぬ小物ばかりでございます」

 ヨハンとシュテファンが口々に言い募る。カールがピースサインをした。

 「ははは、二人の言う通りです。貴家が一筋縄ではいかぬと見た帝国側は、困り果てて雪山に人手を出せとせっついて来ておりまして。もっともこちらも命は惜しい故、何のかんのと理由を付けてお断りしておりますが」

 「どういう事?」

 「マリー様、雪山の民は隠密騎士の我らと同じような存在にございます。屈強な猛者揃いであり、その戦闘能力には目を瞠るものがあるかと」

 「同じような存在?」

 という事は彼らも騎士なのだろうか? と首を傾げると、アルトガルが引き取った。

 「左様、雪山の民――正式には山岳国家ヘルヴェティアの民は、高山の同胞とは違い主を持ちませぬ故、主に傭兵業で糊口をしのいでおります」

 「ああ、成る程」

 私は合点する。スイスと同じように、国土の大半が山岳であるならば、農業や産業発展が厳しい。故に『血の輸出』と言われる傭兵業が盛んになるという訳だ。

 現代では傭兵業は余り盛んでは無く、観光業や時計を代表とする精密機械、某漫画で鹿児島県民っぽい一流狙撃手スナイパーが報酬の振込先として語られるスイス銀行――って待てよ?

 立地的に、雪山って金融業に向いているよね?
 防衛の面も攻めるに難しい峻厳な山岳。傭兵業で屈強な雪山の民!

 こ、これは……いずれ国際銀行を置くのに相応しいのでは!?

 両手を組んでにっこり微笑み、ワクワクしている私。

 「その顔は……またぞろ碌でもない事を考えているな?」

 うるさいよ、ダディ。ほら、グレイやサリーナもそんな目で私を見ないっ!

 アルトガルは微笑みながら「神霊からなにか啓示でも降りましたかな?」等と意味不明な事を言っており、それを馬の脚共がジト目で睨んでいた。カールは呆れ顔で馬の脚共を見ている。

 「ゴホン、それで。マリーをアレマニア帝国が狙っているという話だが」

 「サイモンさ――いえ、義父とう様。実は、その件についてですが……」

 未だダディの事を義父ちちと呼び慣れない様子のグレイ。
 ダディの鋭い視線を受けて慌てて言い直しながら、寛容派と不寛容派における教会内部及びサングマ教皇と神聖アレマニア皇帝の確執を話していく。
 そして近々選挙が行われる事、そこから新聞を読んで推測を交えた懸念を語った。

 アルトガルが感心したように「ほう」と声を上げる。

 「流石は聖女様の御夫君、名誉枢機卿ダージリン伯爵でいらっしゃる。我輩がお話ししようとした事情も概ねそのようなものでございます。そこまでお分かりならば話が早い」

 そうしてアルトガルは話し始めた。

 現アレマニア皇帝の名はルードルフ・フォン・ズィルバーブルク。戴冠役を務めたのは前教皇。
 そして有力な次期皇帝と目されているのはその息子で第一皇子アーダム。御年十七歳らしい。

 アレマニア帝国は皇帝を選挙で選ぶと言っても実質買収合戦だそうだ。
 何時の時代も政治は金である。

 本来なら、名ばかり選挙――余程の事が無ければ皇帝の支持基盤のある第一皇子有利であり、世襲同然で次期皇帝が決まる筈だった。しかしその余程の事が起こってしまった。

 「聖地でアブラーモ大司教が聖女様に無礼を働き、懲罰房に入れられたという知らせは神聖アレマニア帝国を揺るがす程の衝撃をもって伝わりました。
 というのもアブラーモ大司教の弟である大司教デブランツが選帝侯の一人でしてな」

 主に寛容派の諸侯から糾弾された大司教デブランツはその地位を危うくしたらしい。
 そこで大司教デブランツは対立を利用して不寛容派――前教皇派をまとめ上げ、「現教皇サングマは正当な教皇にはあらず、故に聖女も偽物である。大司教アブラーモを聖地から奪還して教皇位に据え、我らの正当性を主張すべし」と主張したらしいのだが。

 地揺れの予言が成就した知らせが届いた事で流れが変わった。
 不寛容派から人心が離れて大司教デブランツは支持を失い、次期皇帝も寛容派の人物を選ぶべし、という声が強くなり始めたそうだ。

 「そこで白羽の矢が立った人物が――マリー様が聖地にて保護されたという少年がおりますな。確か、名はヴェスカル」

 ヴェスカル?

 ――確か、あの子のフルネームは。

 心臓がドクリ、とした。
 嫌な予感がひしひしと足元からせり上がって来るような気持ちになる。

 「……まさか」

 「左様。寛容派諸侯は、聖女様の覚えめでたきヴェスカル・フォン・ズィルバーブルク第二皇子殿下を次期皇帝に担ぎ出すつもりですぞ」

 重々しく頷きながら淡々と語ったアルトガル。私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
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