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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
輝ける銀――領都アルジャヴリヨン。
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あれから何事もなく辿り着いた宿場町メイユで一泊した後、街道の分かれ道を西へ。
行く先に見える山々は中央高地から連なる山脈の一部。谷間を貫く街道をひた走る。
山間の関所を通過すると、そこはもうキャンディ伯爵領。
街道の先には同じマントを羽織った騎馬集団。烏達が騒いでいるが、護衛の面々は慌てた様子もない。
烏達に精神感応で大丈夫なようだと伝えて静かにさせた。
馬車が近付くと、彼らの内数人が持つ旗に赤き盾に梟の紋章。連絡が先に行っていたのだろう、騎士団が出迎えてくれていたのだった。
「大殿、殿、ご家族皆様方も。お帰りなさいませ。我ら家臣一同、ご帰還を心より喜んでおります。これより我らが随行致しましょうぞ」
「ガエターヴよ、皆も出迎え感謝する。宜しく頼むぞ」
「「「ははっ!」」」
馬車の窓を覗くと、軽装の騎士達が下馬した状態で騎士の礼を取っているのが見える。父サイモンが声をかけると、騎士全員がそれに応えた。
まるで物語の一場面みたいだと思っていると、背後から覗き込んでくるグレイの気配。
「マリー、彼らは?」
「キャンディ伯爵家の家臣、白銀騎士団よ。一際立派な騎士服を着て、先頭で口上を述べているのが騎士団長だったと思う。名前は確か、ガエターヴ・モンブルヌ。騎士爵ね」
記憶が正しければ、という但し書きが付くが。何せ王都の屋敷でニート生活していた私である。領地に来たのは幼少期位。
外の騎士達は素早く乗馬すると、程無くして馬車が再び動き出した。
「騎士達の護衛だなんて壮観だね。あれ? じゃあ隠密騎士達は?」
「グレイ様、キャンディ伯爵領の騎士には二種類ございます。対外的にキャンディ伯爵家家臣と知られているのは彼ら平地の騎士達で構成されている騎士団。
私共山の民からなる隠密騎士達は決して知られてはなりませんので普段は表には出ず、影に徹しております」
首を傾げるグレイに、それまで黙っていたサリーナが説明してくれた。隠密騎士達は庭師や侍女といった形で仕えており、里に居る者達も牧畜や放牧、鉱夫等を生業としているように見せかけているとの事。
「まあ、そうだったのね。でも、隠密騎士達から不満とか出たりしないの?」
「ご心配には及びませんわ。代わりにあの者達よりも優遇されておりますので」
影に徹しなければならない上、隠密騎士達はその責務から普通の騎士以上にそれはそれは厳しい訓練を課せられるとサリーナは誇らし気に語った。
それ故に、隠密騎士の持つ権限や給料等の待遇はかなり良いらしい。銀山の管理でも潤っているし、結構裕福なのだとか。
うむ…隠密騎士はエリート特殊部隊という訳か。
「……サリーナ、隠密騎士は彼らよりも強いのかい?」
グレイの問いかけにサリーナが不敵に目を煌めかせた。
「そうですね……武器は自由で何でもありの条件ならば、私でもガエターヴ卿に勝てると思います」
「ひえっ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げるグレイ。私もマジかと驚く。
サリーナはそんな私達を見て、悪戯成功とばかりに珍しくクスクスと笑っていたのだった。
***
騎士団が両脇を固める形で私達の馬車は進み行く。関所を過ぎれば、平野が一気に広がった。
街から街へ、騎士団が手配した宿や寄子貴族の館に宿泊しながら南下すること数日。
山の方に見えてきたのは扇状地沿いに広がる領都アルジャヴリヨン。『輝ける銀』という意味があり、銀鉱山の恩恵で賑わっている大きな都市である。
長閑な田園風景を過ぎると、馬車は新市街へと入った。
私が領都に来たのは何年ぶりだろうか。大通りに立ち並ぶ建物に新鮮さを感じる。もしかしたら新しく出来たのかも知れない。
めいめい帽子を取ったり頭を垂れたりしている領民達を横目に進んでいくと、見えてきたのは城壁と堅牢な門。
「街中なのに城壁があるんだね」
「元々、戦乱の時代は街は城壁の内側に収まっていたんですって。平和な時代が続いたから城壁を越えて街が発展しちゃったの。城壁の外側は新市街、内側は旧市街と呼ばれているわ」
「思った以上に大きい街なんだね、驚いた」
確かにナヴィガポールと比べたらこちらの方が規模が大きい。
それだけ銀鉱山が人を集め雇用を作り出しているということだろうなと思う。
城壁の門を過ぎて旧市街に入ると、既視感のある風景だと感じられた。こちらは特に変わりないのだろう。
馬車は進み、旧市街を抜けた先にある九十九折りの緩やかな坂を上って行く。
やがて領主の館を囲んでいる、動乱の歴史を経て来たであろう石造りの城壁が見えてきた。
日本の城でいう、狭間や石落としといった構造が見られる。キャンディ伯爵家の初代から今日まで、一度も攻め落とされた事がないそうだ。
「――開門!」
騎士団長の声が聞こえ、格子門が軋みを立てながら上がっていく。
そこを潜った先に領主の館があった。その佇まいを見れば、城と呼んだ方が相応しいかも知れない。
山々を背にした扇の要に相当する場所にあるそこは少し高台になっていて見晴らしが良く、建物の一番高い場所からは街の全景と平地の遠くまで見渡せるようになっている。
背後の山々は隠密騎士達の縄張りであり、南の山々を越えればジュリヴァの港。防衛的によく考えられていると思う。
「「「お帰りなさいませ」」」
屋敷のエントランスで馬車を降りると、使用人達がずらりと並んで出迎えてくれていた。
行く先に見える山々は中央高地から連なる山脈の一部。谷間を貫く街道をひた走る。
山間の関所を通過すると、そこはもうキャンディ伯爵領。
街道の先には同じマントを羽織った騎馬集団。烏達が騒いでいるが、護衛の面々は慌てた様子もない。
烏達に精神感応で大丈夫なようだと伝えて静かにさせた。
馬車が近付くと、彼らの内数人が持つ旗に赤き盾に梟の紋章。連絡が先に行っていたのだろう、騎士団が出迎えてくれていたのだった。
「大殿、殿、ご家族皆様方も。お帰りなさいませ。我ら家臣一同、ご帰還を心より喜んでおります。これより我らが随行致しましょうぞ」
「ガエターヴよ、皆も出迎え感謝する。宜しく頼むぞ」
「「「ははっ!」」」
馬車の窓を覗くと、軽装の騎士達が下馬した状態で騎士の礼を取っているのが見える。父サイモンが声をかけると、騎士全員がそれに応えた。
まるで物語の一場面みたいだと思っていると、背後から覗き込んでくるグレイの気配。
「マリー、彼らは?」
「キャンディ伯爵家の家臣、白銀騎士団よ。一際立派な騎士服を着て、先頭で口上を述べているのが騎士団長だったと思う。名前は確か、ガエターヴ・モンブルヌ。騎士爵ね」
記憶が正しければ、という但し書きが付くが。何せ王都の屋敷でニート生活していた私である。領地に来たのは幼少期位。
外の騎士達は素早く乗馬すると、程無くして馬車が再び動き出した。
「騎士達の護衛だなんて壮観だね。あれ? じゃあ隠密騎士達は?」
「グレイ様、キャンディ伯爵領の騎士には二種類ございます。対外的にキャンディ伯爵家家臣と知られているのは彼ら平地の騎士達で構成されている騎士団。
私共山の民からなる隠密騎士達は決して知られてはなりませんので普段は表には出ず、影に徹しております」
首を傾げるグレイに、それまで黙っていたサリーナが説明してくれた。隠密騎士達は庭師や侍女といった形で仕えており、里に居る者達も牧畜や放牧、鉱夫等を生業としているように見せかけているとの事。
「まあ、そうだったのね。でも、隠密騎士達から不満とか出たりしないの?」
「ご心配には及びませんわ。代わりにあの者達よりも優遇されておりますので」
影に徹しなければならない上、隠密騎士達はその責務から普通の騎士以上にそれはそれは厳しい訓練を課せられるとサリーナは誇らし気に語った。
それ故に、隠密騎士の持つ権限や給料等の待遇はかなり良いらしい。銀山の管理でも潤っているし、結構裕福なのだとか。
うむ…隠密騎士はエリート特殊部隊という訳か。
「……サリーナ、隠密騎士は彼らよりも強いのかい?」
グレイの問いかけにサリーナが不敵に目を煌めかせた。
「そうですね……武器は自由で何でもありの条件ならば、私でもガエターヴ卿に勝てると思います」
「ひえっ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げるグレイ。私もマジかと驚く。
サリーナはそんな私達を見て、悪戯成功とばかりに珍しくクスクスと笑っていたのだった。
***
騎士団が両脇を固める形で私達の馬車は進み行く。関所を過ぎれば、平野が一気に広がった。
街から街へ、騎士団が手配した宿や寄子貴族の館に宿泊しながら南下すること数日。
山の方に見えてきたのは扇状地沿いに広がる領都アルジャヴリヨン。『輝ける銀』という意味があり、銀鉱山の恩恵で賑わっている大きな都市である。
長閑な田園風景を過ぎると、馬車は新市街へと入った。
私が領都に来たのは何年ぶりだろうか。大通りに立ち並ぶ建物に新鮮さを感じる。もしかしたら新しく出来たのかも知れない。
めいめい帽子を取ったり頭を垂れたりしている領民達を横目に進んでいくと、見えてきたのは城壁と堅牢な門。
「街中なのに城壁があるんだね」
「元々、戦乱の時代は街は城壁の内側に収まっていたんですって。平和な時代が続いたから城壁を越えて街が発展しちゃったの。城壁の外側は新市街、内側は旧市街と呼ばれているわ」
「思った以上に大きい街なんだね、驚いた」
確かにナヴィガポールと比べたらこちらの方が規模が大きい。
それだけ銀鉱山が人を集め雇用を作り出しているということだろうなと思う。
城壁の門を過ぎて旧市街に入ると、既視感のある風景だと感じられた。こちらは特に変わりないのだろう。
馬車は進み、旧市街を抜けた先にある九十九折りの緩やかな坂を上って行く。
やがて領主の館を囲んでいる、動乱の歴史を経て来たであろう石造りの城壁が見えてきた。
日本の城でいう、狭間や石落としといった構造が見られる。キャンディ伯爵家の初代から今日まで、一度も攻め落とされた事がないそうだ。
「――開門!」
騎士団長の声が聞こえ、格子門が軋みを立てながら上がっていく。
そこを潜った先に領主の館があった。その佇まいを見れば、城と呼んだ方が相応しいかも知れない。
山々を背にした扇の要に相当する場所にあるそこは少し高台になっていて見晴らしが良く、建物の一番高い場所からは街の全景と平地の遠くまで見渡せるようになっている。
背後の山々は隠密騎士達の縄張りであり、南の山々を越えればジュリヴァの港。防衛的によく考えられていると思う。
「「「お帰りなさいませ」」」
屋敷のエントランスで馬車を降りると、使用人達がずらりと並んで出迎えてくれていた。
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