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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

聖女の仮面を被るのよ!

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 「ええっ……!?」

 突然の事に絶句していると、ダニエリク司教の背後に肩を落としたグレイが力無く笑っているのが見えた。その隣には頬をポリポリと掻いて困ったような笑みのカールの姿。
 そこへ、

 「! 良い考えです!」
 「早速殿にも掛け合いましょうぞ!」

 近くの茂みの中から弾んだ声で飛び出してくる馬の脚共。

 「なっ、お前達!?」

 いつの間にそんな所へ忍んでいたのか。
 いや、それよりも。今、馬の脚共は司祭の事を伯父って呼ばなかったか?

 そう訊くと、前脚ヨハンがはいと頷いた。

 「実は伯父者は生来体が弱く。訓練はしたものの、到底隠密騎士としての働きは期待できないだろうと家督相続を父者に任せ、出家なされたのです」

 「ふふふ、結果的にこれで良うございました。私はこの方が性に合っておりましたゆえ」

 ダニエリク司教は気にした様子もなく、悪戯っぽくウインクする。
 ……道理でどことなく共通するものを感じると思った。よく見ると似ている顔立ちだし、お前ら身内だったんかい!
 ショックに立ちすくんでいると。

 「マリー、ヨハンとシュテファンの姓はシーヨクだよ?」

 グレイに呆れられて思い出した。
 そう言えば領地の地図を見た時、『シーヨク庄』って地名を見たんだったっけ。
 姓が何であれ、庭師であろうが隠密騎士だろうが私にとって馬の脚は馬の脚である。それ以上でもそれ以下でもない――隠密騎士だからって言っても、いつもと変わらず接していたし。
 アレマニアとかアレマニアとか、キワモノ皇子に気を取られていたから名乗られたかも知れないけどド忘れしてた。


***


 「「「聖女様万歳!」」」

 領都アルジャヴリヨンの中心にある大通り。
 その両側は見物客達でごった返し、一目このパレードを見ようと埋め尽くされていた。全く暇人が多いものである。

 「「「キャンディ伯爵家万歳!」」」

 大通りを行く聖女行列の中心、領民達の聖女と領主一族を讃える声が飛び交う中。
 聖女の衣装に身を包んだ私は努めて笑顔を作り、日本の皇室さながらに領民達へお手振りしながら前へ進んでいた。
 リディクトに乗っている隣のグレイが心配そうに見つめてくるのも恨めしい。私もそっちが良かった。
 この仮装行列が終われば私は解放される――それだけを思ってやり過すしかない。

 「マリアージュ姫様、万歳!」
 「キャーッ、聖女様ァ!」
 「マリアージュ姫様、こっち向いてー!」

 はいはい、お手振り。マリーちゃんは悪い聖女じゃないよ?
 それにしても顔が引きるな。このアルカイックスマイルのまま元に戻らなくなったらどうしよう。
 叫び声を聞く限り、仕込みでなければ領民達は私に好印象を持ってくれているようだ。何せキーマン商会協賛の下、焼き菓子を作らせて子供達に配りまくったからな。
 ちなみに大人達にはパレードが終われば酒と御馳走が振る舞われる。私の提案で、材料費だけは我が家持ち。街の区画毎におかみさん達が集まって予算内で好きに炊き出しをするという町内会形式である。
 いい匂いがすると思ったら遠目に露店らしきものが。正にお祭り騒ぎだ。
 笑顔とお手振りがだんだん自動化してきたので、気晴らしに精神感応を使ってみた。賛辞以外の領民達の言葉に耳を澄ませる。

 「ねぇ、ママ。聖女様の乗っているあの変なお馬は……」
 「しっ、指を差しちゃいけません! あれはああいうものなのよ。聖女様は太陽神の娘であらせられるから天馬にお乗りになっているの」

 ふぐぅ……子供の純粋な疑問がハートにダイレクトに突き刺さった。そして、ママ。子供の夢を壊さず上手く答えたな。

 我慢よ、マリー。貴女は女優、何にでもなれるわ。聖女の仮面を被るのよ!

 自分に言い聞かせつつ一瞬止まりかけたお手振りを再開し、唇を僅かに噛んで羞恥を我慢する。
 大丈夫、オーケー。ここはホームグラウンドの領地。
 それに知り合いや友達もあまり居ないし、私自身は既にダージリン伯爵夫人。
 市街地でお忍びする事もそうそうない。一時の恥ぐらいは掻き捨てられる!


***


 何故私が我慢してまでこんな晒し者になっているかというと。

 キャンディ伯爵家と領地の教会の威光を知らしめるのと箔付け、そしてエトムント枢機卿を相応しい待遇で迎えに行くためという大人の事情があったからである。
 後は馬の脚共に親孝行をさせてやるため。普段私の世話をさせてしまっているので、嫌とは言えなかった。

 先日…馬の脚共と彼らの伯父であるダニエリク司教が盛り上がって父に直談判し、枢機卿の出迎えに合わせて聖女のお披露目パレードをする事が決まってしまった。
 馬の脚共の故郷であるシーヨク庄は、馬ノ庄とも呼ばれている。ここの敷地内を潤す泉に近い場所にあり、良質な馬を産出しているそうだ。
 パレード催行が決まってからというもの、司教と馬の脚共はそれはもうはっちゃけていた。
 シーヨク庄の奴ら(←もうこれでいい)は産地出身である事から馬には拘りがあるらしく、聖女のイメージ的に白馬は譲れないとの事。
 ダニエリク司教は屋敷に来る直前、白馬は居るかとシーヨク庄の当主である弟宛に急ぎ手紙を出したという。
 しかしその返事は手紙では来なかった。何と次の日には馬ノ庄当主本人馬の脚共の父親が直接屋敷へとやってきたのである。
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